野菜 野菜分野の各種業務の情報、情報誌「野菜情報」の記事、統計資料など

ホーム > 野菜 > 野菜の情報 > 直売所で余った野菜を電車で都市部へ直送 ~産官学連携でモーダルシフトと食品ロス削減へ~

話題 野菜情報 2023年6月号

直売所で余った野菜を電車で都市部へ直送 ~産官学連携でモーダルシフトと食品ロス削減へ~

印刷ページ
東松山市 環境産業部 商工観光課 副課長 小島 孝彦
顔写真

1 はじめに

 埼玉県のほぼ中央にある東松山市は、東京都心から約50キロメートルという立地条件と、恵まれた交通体系を背景に、首都圏近郊の住宅都市としての役割を担う一方、緑豊かな武蔵野の面影と美しい田園風景が今なお残るまちである。市内では、水田農業をはじめ、梨や栗などの果樹園芸、多種多様な野菜生産や畜産が盛んに行われ、農業が市民生活や地域経済の発展に大きく貢献してきた。
 耕地面積は田が724ヘクタール、畑が713ヘクタールの合計1437ヘクタールで、市域の約22%を占めており、市では、新規就農者や青年農業者が組織した「東松山農業者会NEXT」への支援や、新たな野菜産地づくりのための戦略作物(スイートコーン、はくさい、キャベツ、カリフラワーなど)の生産拡大に取り組んでいる。
 このように当市では、第五次東松山市総合計画の重点施策に農業・商工業などの「産業振興」を掲げている。その施策のうち「創業支援」については、創業支援センターを拠点に創業場所の提供や支援相談員による創業相談を行うとともに、平成28年6月には、埼玉りそな銀行をはじめ12社からの出資と市からの出捐(しゅつえん)(きん)により「東松山起業家サポートファンド」を創設した。市内に本社を置く創業初期の企業を中心に投資を行うことで、創業しやすい環境を整えている。

 そのような中、食品ロス削減アプリ「TABETE(タベテ)」を通じて、中食(持ち帰り)のお店や飲食店で発生する食品ロスの削減に取り組んでいる株式会社コークッキング(以下「コークッキング」という)は、令和2年7月に当ファンドの出資を受けた。
 一方で農業に関する課題もあった。市内にある農産物直売所は、県内でも指折りの販売額を誇っているが、直売所で売れ残ってしまった農産物は生産者が引き取るのが通例であり、まだ商品価値があってもその多くは廃棄されてしまう。生産者は売れ残ってしまった農産物を引き取りに行く時間と労力を要するだけでなく、丹精込めて作った農産物を自ら廃棄することは、精神的にも負担となっていた。
 そこで、市とコークッキングは農産物の食品ロス削減という共通課題のもと、他の関係団体とも協議、検討を重ねて「TABETEレスキュー直売所」を設置することになった。

2 TABETEレスキュー直売所の概要

 TABETEレスキュー直売所は、農業者支援と食品ロス削減を目的に、東松山市、コークッキング、東武鉄道株式会社(以下「東武鉄道」という)、埼玉中央農業協同組合(以下「JA埼玉中央」という)、大東文化大学、株式会社大塚応援カンパニー(以下「大塚応援カンパニー」という)の6者が連携する取り組みである。具体的には、東松山市を含む周辺5カ所の直売所で売れ残った農産物をコークッキングが買い取り、CO2排出量削減を図るため、東武東上線を活用して、市から1時間弱の都心ターミナル駅である池袋駅に運び、駅構内で大学生が再販する(別記)。
 これは、民間企業、JA、生産者、大学そして行政が課題解決に向け、連携して取り組んでいることが大きな特徴である。

 以下に、それぞれの役割を紹介する。
 JA埼玉中央は、この取り組みに賛同する生産者の取りまとめや、売れ残った農産物を森林公園駅まで運搬する役割を担う。
 鉄道輸送や販売スペースの貸し出しを担っている東武鉄道は、この取り組みのために「有料手回り品料金制度」を導入した。鉄道会社の運賃は法律で規定されるため、客車で一定以上のサイズの荷物を運ぶための制度がなく、これまでは客車への大型の荷物の持ち込みは禁止されていた。そこで東武鉄道では、社会貢献や地域活性化につながる特定の企業・団体などに限り、一般客車で荷物を運べるように本制度を創設した。農産物の輸送に車や専用貨物を用いるのではなく、一般客車を利用することで効率も良く、CO2排出量削減にもつながっている。
 コークッキングは、TABETEレスキュー直売所の全体の運営を、大東文化大学は、その運営に携わる大学生の募集および調整を担っている。大学では、食品ロス削減やSDGsに関心のある学生を募ることで、彼らの学びの場としても活用している。子ども食堂を運営する大塚応援カンパニーは、TABETEレスキュー直売所で余った農産物をお弁当の食材に活用し、ひとり親家庭の子どもたちに届けている。
 東松山市は、関係団体への協力依頼、協定書の締結のほか、方向性の確認や全体の調整などの連携調整を担っている(図)。

タイトル: p003
 
タイトル: p004

タイトル: p005

3 TABETEレスキュー直売所設置までの足取り

 令和2年7月、コークッキングが東松山起業家サポートファンドの出資を受け、東松山市とコークッキングによる官民連携事業を検討した際に「TABETEレスキュー直売所」の取り組みが発案された。
市では、実現の可能性を探るため、鉄道事業者である東武鉄道と農産物直売所を運営するJA埼玉中央に協力を依頼し、同年12月に東松山市、コークッキング、東武鉄道、JA埼玉中央の4者で協議を行った。その後、話し合いやシミュレーションにより課題の洗い出しを行い、第1回実証実験(3年3月18日~31日)を実施した。実証実験では、東松山農産物直売所1カ所から12コンテナ分の農産物を輸送したが、輸送量が少なく、収支がマイナスとなってしまった。
 そこで、第2回実証実験(3年6月21日~7月30日)では、東松山農産物直売所だけでなく、近隣の農産物直売所にも協力を依頼し、農産物直売所を5カ所(東松山市、滑川町、嵐山町、小川町、鳩山町)、輸送する農産物(写真7)も24コンテナに増やした結果、収支の安定を図ることができた。

 また、本件は「食品ロス削減」という社会的な課題解決に向けて取り組んでいるため、教育上の観点から学びの場としても有効であると考え、市内にある大東文化大学に協力を依頼し、食品ロス削減やSDGsに関心のある学生をスタッフとして迎え、販売体制の整備を図った。その後、3年8月2日に、5者が連携協定を締結し、同日から本格運用を開始した。
 TABETEレスキュー直売所では、その日の状況によりどうしても農産物が余ってしまうことがあったため、4年6月から、大塚応援カンパニーが運営する「OO(オー)C(シー)子ども食堂」に、販売し切れなかった農産物の寄付を試験的に開始した。同年9月15日に大塚応援カンパニーとの正式連携が決定し、TABETEレスキュー直売所は6者連携により、農産物の廃棄が一切出ない食品ロス削減の取り組みとして新たにスタートした。

タイトル: p006

4 TABETEレスキュー直売所の成果

 この取り組みによる農産物の買い取り個数は14万3748点にも上り、食品ロスの削減量は約43.1トンと試算(注1)する(令和5年4月末現在)。また、一般客車による輸送のため、CO2排出量削減にもつながっている。
 生産者からは、「丹精込めて作った野菜が捨てられずに食べてもらえて何よりも嬉しい」「売り上げが増えただけでなく、売れ残り品を回収に行く時間や費用が削減されて助かっている」「この素晴らしい取り組みに自分も関われて嬉しい」といった声が上がり、この取り組みに賛同し参加する生産者は当初5~6人だったが、現在では180人を超えている。
 また、購入者からも、「食品ロスの削減に関心があるため買いに来た」「スーパーでは買えない新鮮な野菜がお手頃価格で買える」「朝採れ野菜で新鮮でおいしいので毎回足を運んでいる」と好評で、TABETEレスキュー直売所がオープンする10分前になると少しずつお客様が増え始め、順番待ちの行列ができるなど大盛況である。

 参加する学生スタッフは、TABETEレスキュー直売所の企画、運営オペレーションの改善提案にとどまらず、売り上げ・利益などの管理や、売り上げ向上のための全体方針の策定などを担っており、学生による運営組織も立ち上がるなど、各自がキャリアデザインを考える貴重な機会にもなっている。農産物直売所で売れ残る農産物は日々変わるため、学生らは輸送する農産物や目玉商品などの最新情報をSNSで情報発信するとともに、のらぼう菜やとうがんなどの珍しい農産物については、調理方法や保存方法などを事前に調べてお客様に提供している。また、お客様に感謝の気持ちを伝えるために、本格運用開始から1周年を記念した「TABETEレスキュー直売所1周年記念イベント」の企画・実施のほか、運営改善のための購入者へのアンケート調査や生産者との交流会を開催するなど、「販売を通じて生産者の想いや苦労、食品ロス削減の重要性を伝えていきたい」と意欲的である。

 OOC子ども食堂では、TABETEレスキュー直売所で売れ残った農産物を、すべてお弁当の食材として活用し、平日は毎日50~80人前後のひとり親家庭の子どもたちへお弁当を無料で提供している。保護者からは、「新鮮な野菜で嬉しい」「体に良い感じがする」「食品ロス対策にもなる」との声があり、子どもたちからも「とてもおいしい」「もっと食べたい」と喜ばれている。
 このように、TABETEレスキュー直売所は関係者すべてにメリットがあり、食品ロス削減はもとより、生産者所得の向上、CO2排出量削減、ひとり親家庭への支援など、効果が多岐にわたる他には例を見ない取り組みとなっている。
 なお、持続可能な開発目標(SDGs)達成に向けた企業・団体等の優れた取り組みを表彰する「第6回ジャパンSDGsアワード(注2)」において、「SDGs推進副本部長(内閣官房長官)賞」を受賞している(写真8)。
 
注1:第1回実証実験から5年4月末までの累計農産物買い取り重量(買い取り1点あたり300グラムで概算)。
注2:SDGs達成に資する優れた取り組みを行っている企業・団体などを、SDGs推進本部として表彰するもので、NGO・NPO、有識者、民間セクター、国際機関などの広範な関係者が集まるSDGs推進円卓会議構成員から成る選考委員会の意見を踏まえて決定される。

 

写真8 総理大臣官邸において行われた「第6回ジャパンSDGsアワード」表彰式の様子
出典:首相官邸ホームページ
https://www.kantei.go.jp/jp/101_kishida/actions/202303/17sdgs_award.html(2023/5/15アクセス)

5 今後の取り組みについて

 TABETEレスキュー直売所は、2度にわたる実証実験を経て、令和3年8月に本格運用を開始した。その後も関係団体による定例会を開催している。農産物が少なくなる端境期への対応、販売方法の改善、電子決済の導入など取り組み内容を改善し、持続可能性を高めながら、収益性の向上も図っている。特にTABETEレスキュー直売所で売れ残ったり、電車の遅延などにより販売できなかったりした農産物の活用は大きな課題であったが、4年9月から前述の子ども食堂との連携により改善が図られている。
 現在、5カ所ある農産物直売所では、いずれも土日の売れ残りが少なく、また、それぞれ定休日も異なるため、TABETEレスキュー直売所の営業日は、月・水・金曜日の3日間としているが、それ以外の曜日の売れ残りへの対応についても検討している。
 今後も連携する6者での定例会(写真9)において、課題の抽出と改善を図り、継続的に食品ロス削減に取り組んでいく予定である。

タイトル: p008

 なお、購入者に対して行ったアンケートでは、半数以上が「東松山市の名前は知っているが行ったことがない」と回答している。そこで、JA埼玉中央による農産物情報や、大東文化大学の学生によるリポートのほか、地元の観光ガイドクラブなどが連携して作成した観光情報紙「四季だより」をTABETEレスキュー直売所で配布し、東松山市の観光スポットや旬の情報などのPRも行っている。
 TABETEレスキュー直売所を通じて食品ロス削減を実現するとともに、多くのお客様と生産者がつながることで、東松山市への愛着を感じていただき、来訪者が増えることも期待している。
 
小島 孝彦(こじま たかひこ)
東松山市 環境産業部 商工観光課 副課長

【略歴】
平成12年4月 東松山市役所 入庁
同年より環境経済部環境保全課、市民生活部市民課、環境産業部環境保全課、政策財政部課税課、政策財政部政策推進課を経て、令和2年度より現職。