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話題 野菜情報 2023年3月号

災害時の野菜摂取不足~どうすれば改められるか~

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甲南女子大学 名誉教授 奥田 和子
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1 はじめに

 阪神・淡路大震災(1995年1月)で一番食べたかったものは何か、料理名を一つ答えてもらいました。図1は1995年4月避難生活者270人に対する聞き取り調査の結果です(男107人、女163人、計270人、避難所9カ所(神戸市、芦屋市、西宮市)の回答)(1)
 1位は野菜類でした。野菜が不足していたせいでしょう。次いで魚類、米飯という答えでした。
 その後、全国で次々に災害が発生し、28年が経ちました。その間、野菜不足の事態は一向に改まることなく、同じような状況が繰り返されています。せっかく災害で命拾いしたにもかかわらず、食事のせいで体調を崩し、死亡するケースが多いのが現状です。これはぜひ避けたいものです。
 私たちは過去の災害の実態をしっかり学び、どうすれば「災害時でも日頃の健康状態を維持できるか」を実践することが重要であると考えます。

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2 災害時の野菜不足―避難所での配給食や備蓄がないため―

(1) 阪神・淡路大震災では、家庭、行政ともに備蓄がなかったため、避難所での食事は困難を極め、極端な野菜不足に陥りました。同上の避難所の食事調査で「配給食にどんな食品があったらいいと思いますか」と質問し、食品名で回答を求めました。「緑黄色野菜」が1位で5割を超え、「野菜」を合計するとほぼ全員でした(図2)(1-41頁)

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 もちろん、自分で備蓄をしていなかったことも問題です。実は筆者も被災者でしたが、全く備蓄をしていませんでした。当時、阪神間には地震はないという風評を信じて気楽にのんびりしていたからです。
 以下に、避難所の食事でどんな栄養素が取れたかという質問の結果を示しました(図3)。
 すると1位「でんぷん」、2位「脂肪」、3位「たんぱく質」で、「ビタミン」「ミネラル」は少ないという結果でした。
 
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 一般に、健康のバロメーターとして「快食」「快便」「快眠」といわれています。快便はどうでしょうか。避難所で便秘になった人の割合は約4割で、その訳を尋ねたところ「食べ物のせい」と回答した人が約半数、「トイレのせい」が約1割、「両方のせい」が2.5割でした。便秘の人には「お腹が空かない」と答えた人が多いことも分かりました。

(2) 2011年3月に発生した東日本大震災での食事はどうだったでしょう。
 被災地での食事は困難を極めました。その記録によると、便秘を訴えた人にサプリメントと野菜ジュースなどを配布した結果、便秘が格段に解消したという報告がされています(図4)(2)

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 同じく4月29日~5月1日の調査報告で避難所の給与食事の栄養量を栄養基準と比較した結果、「過剰」はたんぱく質と食塩、「やや過剰」はエネルギーと脂質、「不足」はビタミンC、食物繊維、レチノール(動物由来のビタミンA )でした(3)
 また、宮城県の報告では次の通りです(表1)。
 目標の栄養量に比べて特に不足しがちな栄養素はビタミン類で、中でもビタミンCが不足しています。

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(3) その後、熊本地震(2016年4月)が発生し、「今後の課題」として次のような報告がなされました。
 「自衛隊による炊き出し(白米)が複数避難所で行われたが(中略)、白米のみでは食せないという意見も多くあり、自衛隊による炊き出し(白米)を最大限活用するためには、漬物、海苔や副菜などの備えも必要と考えられた」
 この内容から、おかずがない状態で白飯が提供されたことが分かります(4)

3 なぜ野菜料理は災害時に後回しにされがちなのか

 最大の原因は、災害時にはガス、水道、電気が不通になるケースが多いためであり(以下の(1)(2))、そのほかに((3)~(7))のような原因があります。
(1) 野菜は洗う必要があるが、水がない。
(2) 野菜は煮炊きしないと食べられない品目が多いにもかかわらず、熱源が十分にない。
(3) 野菜は生や調理後も水分が多いので腐りやすく、衛生管理が行き届かない。
(4) 野菜は普段から新鮮さが重んじられるため、加工品(缶詰など)が少なく売れにくい。
(5) 普段から長期保存できる食品は漬物類、佃煮類、乾物などに限られている。
(6) 野菜の災害食の種類が少なく、普段店頭に並びにくい。
(7) 災害時には交通事情の悪化、流通機能の停滞により野菜が入手しにくくなり、価格が高騰し野菜不足に拍車がかかる。
(8) 自助、公助ともに備蓄が不十分であり、共助は炊き出しに野菜を多用する可能性が大きいが、コロナ禍中は炊き出し禁止の場合が多い。

 以上、野菜料理が災害時に少ない表面上の理由です。加えて、背後には日常からの大きな原因があります。それを次の項で述べます。

4 野菜摂取不足の背後にある根源的な理由 ―魚、肉は主菜で野菜は副菜という意識―

 「日本食品標準成分表」2020年版をめくると、食品数は全部で2487種類です。そのうち野菜の仲間は生鮮食料品の中で最も多いのです。これはわれわれの食事の野菜への依存度が高いことを意味し、健康のカギを握っているともいえます(図5)。しかしながら、野菜摂取を軽視している風潮があると感じます。

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5 かつて野菜はおかずの王様だった

 昔からの言い伝えによると、料理をする時の食べ物の選び方の極意は「野のもの、山のもの、海のもの、この3つを偏りなく取りそろえること」といいます。これは神事の供えものも同様で肉は禁止されていました。
●野のもの=野で育つ野菜のすべてを指します。さらに豆類(さやいんげん、えだまめ、さやえんどうなど)、いも類(ながいも、ばれいしょ、さといも、こんにゃくなど)も加えます。
●山のもの=山で育つものを指します。たけのこ、しいたけ、わらび、ぜんまいなどです。
●海のもの=魚貝類、海藻類などです。
 ここには肉・卵などが入っていませんが、昔からこれらは手に入りにくく、常時食べていなかったためです。野菜は身近な自家栽培などで入手できたし、ご飯のおかずとして最重要視されていました。

6 伝統的な和食の食卓での並べ方~野菜は主役でした~

 和食の基本は野菜料理が3品に魚料理が1品です。これは日本食の基本的な献立の組み方で、今日も和食の基本として続いています(図6)。ちなみに、15~17歳(最も野菜を摂取すべき量が多い年齢層)の1日の目標摂取量は、野菜350グラム、肉と魚は合計320グラムです。比率で示すと野菜1:肉と魚0.9になります。

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7 なぜ今日野菜は伝統的な日本食の王座を明け渡したのか

 第2次世界大戦後、日本は米国の肉食文化が取り入れられ、米国の食事様式である肉食が主役=主菜となりました。その結果、野菜料理は肉の陰に隠れ、主役の座を明け渡し、脇役=副菜と位置付けられました。
 そもそも食品は自然の恵みですから、主従関係で呼ぶことは好ましくありません。こうした意識は改めたいと願うものです。野菜こそが健康維持への寄与率が高いことを忘れてはなりません。
 そこで、筆者は主菜、副菜の用語を用いず、その代わりに野菜のおかず、魚、肉、卵のおかずと呼んでいます。この方が分かりやすいし適切です。
 和食が煮物鉢、和え物用小鉢など用途別に使い分けているのは、それぞれ固有の味や香りが交じり合わないため、冷たいものと熱いものが交じり合わないようにするための配慮です。災害時は健康被害が重くのしかかるので、野菜をおいしく食べる配慮が一段と強く求められています。

8 今後の意識と課題

(1) 野菜の健康への寄与効果を再認識する
・野菜には他の食品群にはない優れた効果があります。ビタミン類、ミネラルなどの微量栄養素が豊富に含まれており、これらは体調を整える働きをします。
・野菜は体液をアルカリ性にして、体内で雑菌が繁殖するのを防ぎ、免疫力を高めます。
・不溶性の食物繊維は主に野菜から摂取され、水溶性の食物繊維は主に海藻から摂取されます。食物繊維の摂取は空腹を抑え、整腸作用、コレステロールの低下作用などの他、生活習慣病を予防します。
(2) 支援物資は避難生活者のニーズの聞き取りなしで押し付ける「プッシュ型」でなく、相手のニーズに合わせた「プル型」にしたいものです。震災で野菜不足に悩まされた神戸市の支援は野菜不足を補う「プル型」でした。特に野菜の支援が強く望まれます(表2)。

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(3) 災害時に食べる食品で最も困るのは食の安全性の確認に手間取ることです。賞味期限の表示の文字を大きく、表示位置はパッと見てすぐ分かるよう、ある程度統一されることを望みます。
(4) 野菜の料理、とりわけ冬季は汁物、煮物などは温めて食べるとおいしく、食欲が増して免疫も高まります。
(5) 野菜の栄養素を無駄にせず、食物ロスを軽減する意味からも余分に皮をむかない料理の工夫が好ましい(だいこん、にんじんなど)。
(6) 災害時にはそのまますぐ食べられるカット野菜などが重宝されます。
(7) 保健機能食品(特定保健用食品(トクホ)、栄養機能食品、機能性表示食品)やサプリメントの助けにより、ビタミン、ミネラル、食物繊維など不足しがちな栄養を補強する。こうした支援もありがたい。
(8) 乾燥野菜なども炊き出しなどに適宜使用できます。

9 まとめ

 学校や地域などで災害学習をする場合、安全な場所に逃げることが中心のようですが、逃げた後に何をどのように食べるか、特に不足しがちな野菜のおかず学習をぜひ試みてほしいものです。過去の経験から問題点を見つけ、学習することが必要です。特に年少の頃から野菜の大切さを認識していただきたいと考えます。

奥田 和子(おくだ かずこ)
【略歴】
学術博士。専門は災害食危機管理学、食デザイン論。
福岡県生まれ。広島大学教育学部卒業後、甲南女子大学教授のほか、米国カリフォルニア大学バークレー校栄養学科客員研究員、英国ジョーンモアーズ大学食物栄養学科客員研究員などを歴任。
現在は甲南女子大学名誉教授のほか、日本災害食学会顧問、防災安全協会顧問、NPOボランティアネットワークNANDA理事を務める。

【参考文献】

(1)奥田和子 震災下の食―神戸からの提言 NHK出版 1996 
(2)公益社団法人 岩手県栄養士会 そのとき被災地は―栄養士が支えた命の食 下畑優子報告 55頁 2013
(3)宮城県健康推進課 宮城県避難所生活者の栄養状態 2011
(4)熊本県益城町 平成28年熊本地震 益城町震災記録誌 71頁 2020 
(5)医歯薬出版編 日本食品成分表2021八訂 2021
(6)奥田和子 和食ルネッサンス―「ご飯」で健康になろう 同時代社 65頁 2011  
(7)第一学習社 生活ハンドブック自然災害にこたえる 巻頭特集(1)―1奥田和子NHKウエブサイト備える防災 2016
(8)実教出版 オールガイド食品成分表 2021