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話題 野菜情報 2022年5月号

南極昭和基地での野菜事情~野菜のありがたさ~

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第57次日本南極地域観測隊 調理隊員(調理師) 渡貫 淳子
渡貫 淳子
 「キャベツの千切りが何よりのごちそう」という場所を知っていますか?日本から約1万4000キロメートル離れている南極・昭和基地。基地建設から60年以上が経過しているにもかかわらず、一番のごちそうとされているものはずっと変わっていません。日本ではとんかつや生姜焼きなど、メインの料理に添えられるものという印象のキャベツの千切りですが、南極では主役級の扱いになります。
 なぜ、キャベツの千切りがごちそうなのか?それは南極ゆえの事情にあります。南極地域観測隊は例年11月頃に日本を出発するのですが、その際に1年分の食料も一緒に運びます。人1人が1年間に消費する食料は約1トンといわれていることから、食料だけで30トン、さらに万が一に備えて予備の食料も追加で用意します。量としては充分なのですが、問題は年に1度しか食料を運べないことです。買い忘れたものがあっても、途中でなくなったものがあっても送るすべがないのです。
 もちろん野菜も例外なく、1年に1度しか運べないので、そのほとんどは冷凍野菜になります。冷凍技術の向上によりほとんどの野菜が冷凍で用意できましたし、皮を取り除いてあるので廃棄も出ません。カットもしてあるので調理時間の短縮にもなりましたし、ブランチング(加熱処理)してあるので色も鮮やかで見た目も遜色ありません(写真1)。

写真1 ありとあらゆる冷凍野菜

 でも可能な限り、生の野菜も食べたいとのことで、たまねぎ、ばれいしょ、にんじん、キャベツなど数種類を用意しました。前任者からの引き継ぎで、ばれいしょやたまねぎは国産の方が日持ちがよいという情報があり、日本から船に積み込みました。最終寄港地のオーストラリアでも仕入れることはできるのですが、水分量が多いためか腐りやすいというのです。
 その代わりキャベツやはくさいなどはオーストラリアで積み込み、少しでも腐りにくくするために、芯の部分に石灰を塗ってあるものを発注しました。
 またある隊員から、昭和基地の発電機の排熱で焼き芋ができないかという提案を受け、それなら生のさつまいもも発注しなければと業者に連絡をしたところ、意外な言葉が返ってきました。船舶の食料を取り扱っている経験から、さつまいもやかぼちゃなどは船の中で腐ってしまうというのです。理由は、糖度が高いものは船の振動で傷みやすく、たとえ持っていったとしても使い物にはならないとの話でした。日本では比較的、長期保存が可能だと思っていた私はどうしても諦めきれず、無理を言って5キログラムだけ用意をお願いしました。結果は・・・惨敗。昭和基地に到着して、さつまいもの段ボールを開封してみると、さつまいも全体が白いふわふわとしたカビに覆われていたのです。結局、南極で焼き芋を食べるどころか、さつまいもを無駄にしてしまい、経験者のアドバイスを聞き入れなかった反省だけが残りました。
 南極に持ち込んだ生野菜は冷蔵庫に搬入するのですが、1カ月くらいたつとごぼうはスが入り、3カ月くらい経過するとにんじんは葉が出始め、表皮がボコボコ波を打ったように変形し、ぬめりを感じるようになってきました。じゃがいもは芽が出てきたために優先的に消費しましたが、保存していたダンボールの隙間をきちんと目張りしていれば、もう少し良い状態で保存できたかもしれません。面白かったのはだいこんです。日本で冷蔵庫に入れっぱなしにしておくと、スが入ることは経験していました。それが南極ではスは入らず、全体的に水分が抜けて漬物用の干し大根のようになったのです。表皮はカビで黒ずんでしまったものの、皮を剥けばおいしく食べることができました。
 そして一番のごちそうであるキャベツはと言うと日本では想像できないくらい、長期保存できます。勿論、途中で芽が出てくるので見た目はよろしくありません(写真2)。時間の経過とともに水分も減っていき、食感も悪くなってきます。日本でなら間違いなく生ごみとして捨てられる、もしくはコンポスト(堆肥)行きの状態ではあるのですが、時には「キャベツオペレーション」と銘打ってみんなに声をかけ、出てきた芽を取り除いたり、傷んだ部分をはぎ取って新しい新聞紙に包み直して大切に保存するのです。その甲斐あってか、キャベツに関しては半年以上、生で口にすることができました。

写真2 数カ月経過したキャベツ

 キャベツ以上に保存ができた野菜も二種類ありました。一つは長いもです。出荷された荷姿のまま、おが屑に埋まった状態でダンボールに保存していた長いもは、1年後に開封しても見た目の変化は分からない程度な上、水分も残っていてシャクシャクとした食感もそのままでした。もう一つはたまねぎ。キャベツが無くなってしまい、オニオンスライスにして食べ続けた結果、途中で無くなってしまったのですが、この時ばかりは途方にくれたのを覚えています。日本ではたまねぎは常備している野菜の一つで、あるのが当たり前だと思っていました。それがある日を境に無くなってしまって、迎えの船が着くまでの数カ月間はたまねぎが全くないという状況に追い込まれて初めて、ありとあらゆる料理にたまねぎが使われていることに気付かされたのです。必ず入っているカレーや牛丼はもとより、スープやみそ汁の具にしたりと、困った時にもあると助かる食材がないという現実は、思った以上にプレッシャーになりました。
 現地で野菜を作れば、生野菜不足を解消できるかもしれませんが、そこにも制約があります。環境保護条約で土壌の持ち込みが禁止されているのです。さらには種子の持ち込みも禁止されています。ですが条件をクリアしてほそぼそとではありますが野菜を栽培しています。
 土壌の代わりに水耕栽培、種子は環境省に申請し、許可が下りたものだけ、かつ食用に限定されるものの、少量でも生野菜があることはありがたいことでした。
 最も栽培されたのは水だけで育てられるスプラウト類で、なかでも緑豆もやしは大量に育てました。バケツの底に多数の水抜きの穴を開け、一晩水に浸漬した緑豆に光を当てないように覆いをします。1日に数回、水分を与えながら1週間くらいが経つと、バケツの底を覆う程度だった緑豆はバケツいっぱいのもやしに成長してくれるのです。他にはカイワレ大根、ブロッコリー、アルファルファ、白ごま、面白いものですとひまわりのスプラウトも育てました。ひまわりは他の種子と違って外皮が固いので、食べる時には手作業で取り除かねばならず手間はかかりましたが、ごぼうのような土っぽい香りがし、太く大きく育つので食べ応えもありました。
 水菜などの葉物は水耕栽培で育てましたが、種まきから収穫までが3週間から4週間かかってしまいます。フィルム農法という、溶液の上に専用の透明フィルムを浮かべ、その上に種をまくといった栽培方法も取り入れ、少しでも収穫量を増やす試みも、限られたスペースでしか栽培できない昭和基地では、手間の割に思うような収穫を得られませんでした(写真3)。収穫した野菜は隊員30人(第57次越冬隊)で仲良く分けて食べるのですが、食べられるのは月に数回。また、全長が10センチメートルくらいの品種のきゅうりも育てたものの、食べられたのは1人当たり1本/年でした。

写真3 南極で収穫した野菜

 それでも生野菜を口にできるだけでも嬉しく、きゅうりをスライスで食べたほうがいいのか、歯ごたえを楽しむ為に1本のまま食べるべきかなど、野菜が話題の中心となることもありました。月に1度、開催される誕生日会ではいつもより少しだけ豪華な食事を用意するのですが、特大の銀のお皿にありったけの生野菜を盛り付けます。一応、ドレッシングも用意しているのですが、なぜか南極ではドレッシング類は使わずに、そのままで食べる人が多かったように思います。さらに生野菜は食べるだけではなく、意外な効果もありました。野菜を育てるグリーンルームと言われる部屋(写真4)で毎晩歯を磨く人や、部屋の中央に椅子を置いて何をするわけでもなく過ごす人が見受けられたのです。南極の景色は壮大で見ていて飽きることはありません。ですが、目に入る色は氷や雪の白と空の青、露岩の茶色といった感じで色の種類が極端に少ないのです。日本と違って花が咲く、緑が芽吹くといったことがない生活が続き、無意識に緑を求め心を落ち着かせる行動だったのかもしれません。

  昭和基地の野菜の収穫量
  (第57次隊2016/2-2016/12)

  緑豆もやし         約80kg
  ブロッコリースプラウト  約20kg
  ベビーリーフ        約7kg
  総量             約160kg

写真4 昭和基地・グリーンルーム内

 慢性的な生野菜不足を補うために、さまざまな冷凍野菜を駆使して食事を用意はするのですが、咀嚼(そしゃく)する感覚や香り、口の中の水分は生野菜のそれとは違うため、冷凍野菜を焼くなど調理方法に工夫をして冷凍ならではのおいしさを引き出すようにしました。
 そんな生活を続けて一年が経過するころ、迎えの船が新鮮な野菜を積んで昭和基地にやってくるのです。第一便と言われるヘリコプターには隊員の家族からの手紙や緊急を要する荷物が積まれており、その中にとても待ち望んだダンボールが2個ありました。中身はキャベツと生卵です。お昼ご飯に間に合わせようと急いでダンボールを受け取り、キャベツを千切りにするのですが、その姿を厨房まで見に来る人がいたり、食卓に並んだ生野菜を写真に収める人がいたりと、大騒ぎになります。南極に到着した時点で収穫から1カ月は経過してはいますが、それでも包丁を入れるたびに匂いたつキャベツは、越冬隊にとっては新鮮で春キャベツかのように柔らかく感じるのです。南極で数カ月、とんかつは食べられてもキャベツの千切りが添えられていなかったり、また親子丼や牛丼にたまねぎが入っていないのが、どれだけ味気ない食事なのかを経験しました。

写真 昭和基地の看板と(筆者)

 実際、日本で献立を立てようと材料を書き出してみると、野菜を使わずに料理を作るのは困難だと改めて気付きます。「健康の為に野菜を食べよう」とよく耳にしますが、実はそれ以前に無意識に体と心は野菜を求めているのです。だからこそ、南極では野菜が一番のご馳走であったのだと思います。
 日本では多種多彩な野菜が常に店頭に並んでいていつでも買えますが、それは農業に従事している方々が安定した野菜の供給の為に尽力してくださっているからに他なりません。いつでも野菜が食べられることは当たり前のことではないのです。

渡貫 淳子(わたぬき じゅんこ)
【略歴】
調理師
2015年12月から2017年3月 第57次日本南極地域観測隊の調理隊員として昭和基地で活動。
帰国後は食品メーカーの商品開発部員として勤務しながら、講演会や食品ロス削減イベントなどで食を提供。