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話題 野菜情報 2022年2月号

日本初の「いちご学科」の創設 栃木県農業大学校 ~100年先もいちご王国であり続けるために~

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栃木県 農政部経営技術課 担い手育成担当 主任 菅谷 和音
栃木県農業大学校 園芸・研修担当 主任教授 大橋 隆

1 いちご王国・栃木を支えるのは「人」

  本県におけるいちご生産は、収穫量、作付面積などにおいて全国1位であり、特に収穫量は昭和43年(1968年)から53年連続で日本一を維持する、まさに「いちご王国」である。
 これは、豊富な水資源や平坦で肥沃な大地、冬の日照時間の長さなど、いちご生産に適した環境を背景に、生産者、農業団体、行政が一丸となって、栽培技術の進化や品種改良、さらには流通、販売対策を講じてきた成果である。 
 中でも生産者は、さまざまな技術を駆使して古くから出荷の前進化に取り組むなど、いちご王国・栃木の飛躍に多大なる貢献をしてきた。
 生産者のたゆまぬ努力に刺激を受け、品種開発や栽培技術などの試験研究もさらに加速し、誕生した新品種や新技術が意欲的な生産者の元に速やかに普及する。そのような好循環が本県のいちご生産を支えている。

2 農業大学校に「いちご学科」を創設

 栃木県農業大学校は、新たに就農しようとする青年、その他本県の農業を担うべき者に対し、実践的な教育・研修を行い、優れた農業経営者を育成する目的で設置された、本県の中核的な農業教育機関である。今年で創立116周年を迎え、優れた農業経営者や、地域のリーダーを数多く輩出してきた。
 かつて、農業大学校の入学者は農家子弟がその多くを占め、親元で就農する「農家後継者」向けのカリキュラムがメインであった。しかし、近年では非農家出身の入学者が増加しており、教育課程の刷新が求められていた。
 そこで、教育内容の高度化(高度かつ実践的な技術の習得および経営管理能力の高度化)を中心に、「新規就農者の確保・育成」という大命題を踏まえて、「円滑な就農」の視点を取り入れた新たな構想について検討した。
 その結果たどり着いたのが、「優れた技術と高い経営管理能力を身につけ、卒業後、非農家出身者でも円滑に自営就農できる教育課程」の策定であった。その具体的な取り組みが、本県の農産物において最大の強みであり、かつ新規就農者に人気の高い「いちご」をモデルとした「いちご学科」の創設である。

3 いちご学科の教育理念と教育の柱

 今後、本県のいちご生産を中長期的な視点で考えた場合、生産者の減少に伴う1経営体当たりの経営規模拡大は必至と推測される。また、少子高齢化や人口減少、さらにはグローバル化、気候変動など、農業を巡る国内外の情勢は目まぐるしく変化しており、それらへの対応も求められている。
 その中で、生産者は高い栽培管理技術に加え、優れた経営感覚を身につけ、家族経営からより企業的な経営へとシフトしていく必要がある。
 そこで、いちご学科の目的として「農業経営者」の育成を目指すことを強く打ち出した。学生募集のポスターは、その思いを全面に描く、インパクトのあるデザインとした(図)。

図 いちご学科 学生募集ポスター

 一方で、卒業後スムーズに就農・定着し、いちご経営者としての一歩を踏み出すには、知識・技術の習得だけではなく、就農希望地の産地や地域と連携し、着実に農業経営を始める準備を進めていくことが必要である。
 そのため、技術力が高く、地域での信頼が厚い農業経営者が実践的な技術の習得から農地や施設の確保を支援し、地域への橋渡しをする「とちぎ農業マイスター」制度を活用しながら、在学中から就農希望地との結びつきを強化することも、いちご学科の特徴の一つである。

4 意欲ある人材を優れた農業者へ

 いちご学科の目標は、本県に就農し、いちご経営で生計を立てることに留まらない。将来的には、いちご経営のトップランナーとして、本県のいちご生産のみならず、農村地域の発展と活性化に貢献できる人材の育成を目指している。
 学生として求める人材は、栃木県内でいちご経営者として独立自営就農を熱望し、卒業後農業者としての活躍が見込まれる者であれば、出身地や農家・非農家の別、いちご栽培、経営に関する知識の有無は問わない。

5 農業者・経営者として必要な知識・技能をバランス良く習得するカリキュラム

 いちご学科では、課題解決に向けて自ら考え、行動できるいちご経営者を育成するため、「実践的教育」を教育の基本方針としており、必修科目の総履修時間2595時間の61%に当たる1530時間を実習科目に割いている。実習科目の履修目的はいちご栽培や栽培施設に関する知識・技能の習得である。しかしながら、経営者として独立するには、資金調達や投資、人材マネジメント、リーダーシップの発揮などさまざまなスキルを備えることが必要であることから、これらに関する科目も複数設け、栽培面、経営面、それぞれのスキルをバランス良く習得できる24科目のカリキュラムを運営している。

6 専門家・実践者に学び、現場で実践し自ら考えるカリキュラム

(1)1年次
ア 生産現場で学ぶ「産地調査」「経営事例研究」「いちご経営実践論」
産地調査では県内各地のJAやいちご生産組織を訪問し、いちご産地の現状をつぶさに把握する。経営事例研究では、経営開始後数年の新規就農者を訪問し、就農に向けたロードマップを把握する。いちご経営実践論(写真1)では、県内トップレベルのいちご経営者を訪問し、経営理念と経営目標を実現するための取り組みを聞き取り、経営者としての意識醸成を図る。

写真1 イチゴ経営実践論を学んでいる様子
 

イ 専門家に学ぶ「とちぎのいちご各論」「リーダーシップ論」
 とちぎのいちご各論(写真2)では、いちご栽培の基礎となる生理生態の他、本県のいちご生産の歴史や主力品種の特徴、いちご生産振興に係る施策に関する知識などを習得する。リーダーシップ論では、個人経営者として必要な心構えや従業員とのパートナーシップのあり方、マネジメントに関する知識を習得する。
 

写真2 とちぎのイチゴ各論におけるグループワーク
 

ウ 実践で学ぶ「専門実習」「先進的経営体実習」
 専門実習(写真3)では、学内の実習農場において年間を通じていちごを栽培し、栽培管理の流れや作業の手順と手法、栽培施設の維持管理、作業機械の操作の基礎を実践方式で習得する。先進的経営体実習では県内トップクラスのいちご経営者の農場で夏季10日間、冬季10日間の実習を行い、生産現場における農作業や農家生活のあり方を把握する。

写真3 専門実習の様子
 

(2)2年次

ア 専門家に学ぶ「いちごビジネス特論」
 いちごビジネス特論では、経理の基本となる農業簿記はもとより、経営改善の着眼点と具体的な取組方法、販路の獲得手法、生産物の付加価値化などに関する知識を習得する。
イ 自ら考える「いちごゼミ」「就農準備演習」
 いちごゼミでは、収穫量の最大化、生産物の品質管理、作業者の安全管理などをテーマとし、これらを実現するための方策を学生自らが調査・検討することで、課題解決能力の向上を図る。就農準備演習では、学生各々が就農5年後の目標と目標達成に向けた栽培体系、資金調達、設備投資、人員確保などに関する具体的な計画を策定し、就農に備える。
ウ いちご王国を代表する経営者に学ぶ「現地実習」
 現地実習では、学生それぞれが県内トップクラスのいちご経営者の農場で年間を通じて週当たり3日間の実習を行い、栽培管理作業のノウハウや篤農家技術、雇用管理手法などを実践形式で習得する。

7 「いちご王国・栃木」の元気を倍増

 現在、いちご学科には第一期生(令和3年度入学生。写真4)8人が在学している。農家・非農家の内訳は農家5人、非農家3人、うち、3人はいちご経営者の子弟で、他5人は新規栽培を目指している。年齢も10~40代と幅広く、同じ志を持つ者同士、互いを認め合い、切磋琢磨しあう姿が日に日に色濃くなり、経営者を目指す意識はさらに高まって見える。
 入学後半年を過ぎ、学生らの就農準備に向けた取り組みも本格化してくる。彼らを大学校から就農予定地へ橋渡ししていくためには、行政機関、農業団体、いちご経営者組織、地域就農支援組織などとの連携が欠かせない。「いちご王国・栃木」の強みを生かし、関係者が一体となり、将来の王国を支える人材を確保・育成する仕組みを確立することにより、栃木県の元気を倍増していくことこそが、本校の目指す最終目標である。

写真4 いちご学科第1期生 収穫期を迎えた実習ほ場にて
 

栃木県 農政部経営技術課担い手育成担当 主任 菅谷 和音
菅谷 和音
【略歴】
平成26年 栃木県入庁
平成26年~平成29年 農業試験場研究開発部水稲研究室に勤務。
平成30年より現職。
栃木県農業大学校 園芸・研修担当 主任教授 大橋 隆

大橋 隆
【略歴】
平成3年 栃木県入庁 主としていちご及び野菜の普及指導業務に従事。
平成24年~平成30年 農業試験場いちご研究所開発研究室に勤務。
令和3年 塩谷南那須農業振興事務所を経て、現職に至る。