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話題 野菜情報 2021年7月号

噛(か)むことの大切さを見直そう ~野菜の効用と食べるタイミング~

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前静岡県立大学 食品栄養科学部 教授 新井 映子
新井映子

1 はじめに

 望ましい食生活を目指そうとする場合、みなさんは何が大切だと考えますか。食事に含まれる栄養素の種類や量は、生命を維持し、健康を増進するために不可欠な成分であるため、「食べ物に含まれる栄養素に最も注意を払っている」と答える人は多いと思います。ただし、食事は栄養素だけが整っていれば良いという訳ではありません。「食べ物」をどのように食べるのか、すなわち「食べ方」も非常に重要であることに気づいて頂けたらと思います。
 かつて日本では、子どもたちは両親や祖父母から食事のたびに「よく噛んで食べなさい」「30回噛んで食べなさい」などと言われて育ってきました。よく噛んで食べることは、食べ物の消化・吸収に良いばかりではなく、肥満予防、味覚の向上、記憶力の増進、ストレス解消など、多くの効能が期待できます。そのため、はじめに食事の「食べ方」として、良く噛むことの意義と野菜の役割について解説します。
 また、多くの日本人の食生活は、いまでも米(ご飯)を主食とする和食が中心と考えられます。和食の献立は、汁、ご飯、菜(おかず)による「一汁三菜」や「一汁四菜」で構成され、これらを汁、ご飯、菜(主菜・副菜)の順番に食べることが望ましいとされてきました。ただし、近年この食べ方を基本としながらも、食後高血糖の抑制には、野菜をはじめに食べることの有効性が明らかになってきました。そこで次に、野菜を食べるタイミングについても解説したいと思います。
 食事の目的は栄養素の充足ですが、同じ食事でも「食べ方」が健康に大きな影響を与えていることは意外と知られていません。そこで、野菜に関連する「食べ方」の効能について知って頂くことで、みなさんの健康の維持・増進に少しでもお役に立てばと思います。

2 「噛む」ことの大切さを再認識しよう

 突然ですが、「ひ・み・こ・の・は・が・いーぜ(卑弥呼の歯がいーぜ)1)」という食育標語をご存じでしょうか(表1)。これは、よく噛むことで期待することができるの8つの効能をわかりやすくまとめたものです。以下にその内容をかいつまんで説明します。

表1

(1)咀嚼(そしゃく)による肥満防止効果
 「よく噛めば肥満防止になる」ということをご存じでしょうか。食べ物を噛み始めると、歯を顎の骨に固定している歯根膜が食べ物のかたさを感知し、その情報が脳に伝わることで後部視床下部が刺激され、大量の神経性ヒスタミンが放出されます。神経性ヒスタミンは、満腹中枢を活性化するため、たくさん噛むことで「もうお腹がいっぱいになった」という感覚が速やかに引き起こされ、食べ過ぎを防ぐことができます。また、噛むことで食事誘発性体熱産生(食後に代謝が活発化して生じる熱の発生)が起こりやすくなり、これも満腹中枢を刺激します。平成21年度の国民健康・栄養調査結果2)では、食べる速さを体型別にみると、肥満者(BMI≧25)では速いと回答した人の割合は男性63.9%、女性46.5% であり、やせ(BMI<18.5)およびふつう(18.5≦BMI<25)の人よりも多いという結果が得られています(図1)。すなわち、早食いをやめ、噛む回数を増やすことで過食をなくせば、肥満を防止できると考えられます。日本肥満学会による「肥満症治療ガイドライン」にも、肥満に対する行動療法のひとつとして、咀嚼回数を増やす「咀嚼法」が取り上げられています。

図1

(2)咀嚼による唾液分泌の促進
 私たちの口中には、咀嚼していないときも常に唾液が少しずつ分泌されており、口中のpHは中性付近(pH6.8前後)に保たれています。また、食べ物を咀嚼すると、歯や口腔粘膜に対する刺激によって唾液が多量に分泌され、粉砕された食べ物と混ざり合うことで、安全に飲み込むことができる滑らかな食塊が形成されます。さらに、細かく砕かれた食べ物は表面積が増すため、ほとんど噛まずに丸飲みされた食べ物よりも、消化酵素による分解を受けやすく、消化・吸収が促進されます。
 一方、食事をすると口中に常在する菌のストレプトコッカス・ミュータントが、食べ物の残滓(ざんし)(かす)を分解して酸を生成するため、口中が酸性に傾きます。すると、歯のエナメル質が溶け始め、脱灰(だっかい)と呼ばれる現象が起こります。しかし、唾液には酸の影響をやわらげる作用があるため、歯の表面は再び中性に戻り、エナメル質は修復されます。そのため、唾液がよく出ないとう歯(虫歯)になりやすくなります。食べ物をよく噛んで多量の唾液を分泌させることは、食べ物を安全に飲み込むことや、消化・吸収の促進に加え、虫歯を防ぐためにも有効です。
 
(3)咀嚼の脳機能への影響
 食べ物を噛むと咀嚼筋が伸び縮みしてあご(下顎)を上下、左右、前後に動かします。その際、周辺の血管や神経が刺激されることで全身の血流量が増し、脳への血流量も増加します。幼稚園児を対象とした実験でも、通常のメニューによる給食を食べるグループと、噛みごたえのある食べ物を加えた給食を食べるグループとでは、噛みごたえのある食べ物を食べているグループの方が、記憶テストの成績がよかったとの報告があります。よく噛んで脳血流量を増加させると、記憶を司る海馬が活性化されて、その結果記憶力が増すと考えられています。そのため、記憶力が必要な試験勉強の時などにガムを噛むのは有効と思われます。
 
(4)咀嚼と筋力
 私たちの体は、200個以上の骨が靱帯(じんたい)や筋などで繋がってできています。よく噛んで食べているときは、首、胸、背中など多くの筋肉を連動させているため、身体を支える筋肉が強くなり、姿勢がよくなります。また、強く噛みしめることにより、最大筋力が大きくなります。スポーツで能力を発揮したい場合には、筋肉トレーニングに加えて噛みしめる力を高めるために、噛みごたえのある食べ物を取ることも必要です。

3 野菜を食べて咀嚼力を高めよう

 以上のように、咀嚼には多くの効能のあることが明らかになってきました。しかし、実際の食事でたくさん噛むことは、想像以上に難しいことです。特に子どもの頃から「早食い」の習慣がある人は、長期の練習によって良く噛むことを習慣化する必要があります。そのための方法の一つは、意識して噛みごたえのある食品を摂取することです。
 表2に、噛みごたえのある食品の例を示しました3)。噛みごたえと聞くと、ステーキなどの肉料理を思い浮かべる人も多いと思います。しかし、野菜類、きのこ類、海藻類、果実類などの植物性食品も、噛みごたえを期待できる食品です。図2に、野菜類と肉類を噛んだ時の推定咀嚼筋活動量4)を示します。だいこんやキャベツは、食べるために牛肉、豚肉、鶏肉のソテーと同じくらい咀嚼筋を活動させていることがわかります

表2

ず2

 野菜などの植物性食品は、動物性食品と異なって細胞を取り囲む細胞壁があり、その構成成分はセルロースやヘミセルロースなどの食物繊維です。食物繊維は人の消化酵素ではほとんど分解されないため、十分に噛み砕いて細かくしてから飲み込む必要があります。分解されずに腸まで届いた食物繊維は、腸内細菌のえさとなって腸の運動性を高めたり、便の体積を増やして便通をよくしたりします。そのため、野菜を積極的に摂取することは、咀嚼力の向上と生理的機能の両面から、健康の維持・増進に有効です。

4 食べる順番も大切

(1)三角食べのすすめ
 和食の献立である一汁三菜(または四菜)を食べる際、はじめに汁物をひと口すすり、ご飯ひと口分を口に入れて咀嚼し、次に主菜ひと口分を口に入れてご飯と一緒にさらに咀嚼します。これを飲み込んだ後に再び汁物をすすり、ご飯、主菜または副菜の順に食べ続けます。このような食べ方を「三角食べ」と呼びます。
 三角食べでは、味付けされていないご飯を咀嚼することで、ご飯本来のかすかな甘味やうま味を感じることができます。その後、おかずと一緒に咀嚼するのでご飯が口中で味付けされ、新たな味覚を感じることができます。これを「口中調味」と呼んでいます。三角食べをすると、きわめて味の薄いごはんの味を感じ取ることで味覚の向上が期待でき、また薄味のおいしさになれることもできます。
 
(2)ベジタブル・ファーストとは
 糖尿病が国民病になりつつある現在、食後に起こる血糖値の急激な上昇を抑える目的で、はじめに野菜を食べる「ベジタブル・ファースト」(ベジ・ファースト)が提唱されるようになりました。すなわち、血糖値が気になる人は、副菜であるサラダやお浸しなどの野菜料理をはじめに食べ、その後に三角食べを実践することをおすすめします。野菜を最初に良く噛んで食べると、前述のように満腹感が得られやすくなり、食べ過ぎを防ぎます。また、食物繊維の働きによって食後の血糖値の上昇が緩やかになり、糖尿病の発症予防が期待できます。図3に、ご飯と野菜サラダを摂取する順番を変えた時の血糖値の経時的推移を調べた結果を示します5)。野菜サラダをご飯よりも先に食べると、食後の血糖値がご飯を先に食べた時よりも有意に低下していることがわかります。

図3

 さらに、ベジタブル・ファーストで急激な血糖値上昇が抑制されると、血管の内壁が傷つきにくくなり、動脈硬化の予防にもなります。また、食物繊維が脂質を包み込んで吸収を遅らせたり、吸収されにくくしたりするため、肥満防止にも役立ちます。そのため、野菜料理から食べる食習慣を身につけることも、健康の維持・増進に有効です。

5 おわりに

 食事の価値は栄養バランスだけにあるのではなく、それを食べる「食べ方」も健康やおいしさに深く関わっていることを、咀嚼の効用と野菜を食べる順番を例にしてお話ししました。少しでも読者のみなさまのご参考になれば幸いです。
 
<参考文献>
1)学校食事研究会:よく噛む8大効用 ひみこのはがいーぜ  https://www.gakkounosyokuji.com/
2)厚生労働省:平成21年度国民健康・栄養調査報告  https://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/eiyou/h21-houkoku.html
3)日本咀嚼学会編:「咀嚼の本2-ライフステージから考える咀嚼・栄養・健康-」、口腔保健協会(東京)、2017年8月31日
4)柳沢幸江・田村厚子・寺元芳子・赤坂守人:食物の咀嚼筋活動、及び食物分類に関する研究.小児歯科学雑誌、27、74-84、1989.
5)金本郁男・井上裕・守内匡・山田佳枝・居村久子・佐藤眞治:低Glycemic Index食の摂取順序の違いが食後血糖プロファイルに及ぼす影響、糖尿病、53、96-101、2010.

 
新井 映子(あらい えいこ)
【略歴】
1980年3月 東京学芸大学 大学院教育学研究科 修士課程家政教育専攻修了
2010年10月 静岡県立大学 食品栄養科学部教授
2021年4月 静岡県立大学 食品栄養科学部客員教授(現在に至る)