突然ですが、「ひ・み・こ・の・は・が・いーぜ(卑弥呼の歯がいーぜ)
1)」という食育標語をご存じでしょうか(表1)。これは、よく噛むことで期待することができるの8つの効能をわかりやすくまとめたものです。以下にその内容をかいつまんで説明します。
(1)咀嚼による肥満防止効果
「よく噛めば肥満防止になる」ということをご存じでしょうか。食べ物を噛み始めると、歯を顎の骨に固定している歯根膜が食べ物のかたさを感知し、その情報が脳に伝わることで後部視床下部が刺激され、大量の神経性ヒスタミンが放出されます。神経性ヒスタミンは、満腹中枢を活性化するため、たくさん噛むことで「もうお腹がいっぱいになった」という感覚が速やかに引き起こされ、食べ過ぎを防ぐことができます。また、噛むことで食事誘発性体熱産生(食後に代謝が活発化して生じる熱の発生)が起こりやすくなり、これも満腹中枢を刺激します。平成21年度の国民健康・栄養調査結果
2)では、食べる速さを体型別にみると、肥満者(BMI≧25)では速いと回答した人の割合は男性63.9%、女性46.5% であり、やせ(BMI<18.5)およびふつう(18.5≦BMI<25)の人よりも多いという結果が得られています(図1)。すなわち、早食いをやめ、噛む回数を増やすことで過食をなくせば、肥満を防止できると考えられます。日本肥満学会による「肥満症治療ガイドライン」にも、肥満に対する行動療法のひとつとして、咀嚼回数を増やす「咀嚼法」が取り上げられています。
(2)咀嚼による唾液分泌の促進
私たちの口中には、咀嚼していないときも常に唾液が少しずつ分泌されており、口中のpHは中性付近(pH6.8前後)に保たれています。また、食べ物を咀嚼すると、歯や口腔粘膜に対する刺激によって唾液が多量に分泌され、粉砕された食べ物と混ざり合うことで、安全に飲み込むことができる滑らかな食塊が形成されます。さらに、細かく砕かれた食べ物は表面積が増すため、ほとんど噛まずに丸飲みされた食べ物よりも、消化酵素による分解を受けやすく、消化・吸収が促進されます。
一方、食事をすると口中に常在する菌のストレプトコッカス・ミュータントが、食べ物の
残滓(かす)を分解して酸を生成するため、口中が酸性に傾きます。すると、歯のエナメル質が溶け始め、
脱灰と呼ばれる現象が起こります。しかし、唾液には酸の影響をやわらげる作用があるため、歯の表面は再び中性に戻り、エナメル質は修復されます。そのため、唾液がよく出ないとう歯(虫歯)になりやすくなります。食べ物をよく噛んで多量の唾液を分泌させることは、食べ物を安全に飲み込むことや、消化・吸収の促進に加え、虫歯を防ぐためにも有効です。
(3)咀嚼の脳機能への影響
食べ物を噛むと咀嚼筋が伸び縮みしてあご(下顎)を上下、左右、前後に動かします。その際、周辺の血管や神経が刺激されることで全身の血流量が増し、脳への血流量も増加します。幼稚園児を対象とした実験でも、通常のメニューによる給食を食べるグループと、噛みごたえのある食べ物を加えた給食を食べるグループとでは、噛みごたえのある食べ物を食べているグループの方が、記憶テストの成績がよかったとの報告があります。よく噛んで脳血流量を増加させると、記憶を司る海馬が活性化されて、その結果記憶力が増すと考えられています。そのため、記憶力が必要な試験勉強の時などにガムを噛むのは有効と思われます。
(4)咀嚼と筋力
私たちの体は、200個以上の骨が
靱帯や筋などで繋がってできています。よく噛んで食べているときは、首、胸、背中など多くの筋肉を連動させているため、身体を支える筋肉が強くなり、姿勢がよくなります。また、強く噛みしめることにより、最大筋力が大きくなります。スポーツで能力を発揮したい場合には、筋肉トレーニングに加えて噛みしめる力を高めるために、噛みごたえのある食べ物を取ることも必要です。