種苗法とは、新品種の保護のための「品種登録制度」と種苗の適正な流通を確保するための「指定種苗制度」について定め、品種の育成の振興と種苗の流通の適正化を図ることで、農林水産業の発展に寄与することを目的としている。
品種登録制度では、他の品種と異なる特性を有する新品種を育成し、農林水産省に出願・登録された登録品種に対して知的財産権である「育成者権」を付与し、一定期間(最長25年、ただし木本性植物の場合は30年)保護する仕組みとなっている。したがって、一般品種(在来種や今までに登録されたことのない品種、登録期限の切れた品種)については、保護の対象ではなく、今後も自由に利用できるものである。
このような点を踏まえ、以下の改正法の内容と趣旨をご確認いただきたい。
また、令和2年に農林水産省が補助事業で行った調査では、中国と韓国でインターネット販売されている種苗の中に、日本で品種登録されている名称と同じものが36品種あることが判明した(Web調査のため、名称だけの冒用なのか本物であるかは不明)。これらは、我が国で開発された品種が海外で評価を表している一面ではあるが、裏腹に、我が国の農業者の潜在的な販売先の喪失に繋がっており、その逸失利益は計り知れない。このように品種の管理が緩すぎたことで、我が国におけるさらなる新品種の育成意欲や農業者の輸出意欲を阻害していることも容易に考え至る。
また、農作物の中には、栽培条件等により、品種の特性が十分に発現せず、収穫物の品質が大きく左右されるものも存在するところ、国内においても、特に、主要農作物や果樹の主たる育成者権者である都道府県の意図に反する地域に種苗が流出し栽培され、品質が育成者権者の求める品質に達しない品質の生産物が出荷されるようなこととなれば、登録品種の評価の低下を招くとともに、各地で戦略的に取り組まれてきた地域ブランド化の妨げとなり、農業者の意欲をも阻害する事態にもつながる。
さらに、改正前の種苗法では育成者権者等が登録品種の種苗等を譲渡した場合、その転売が行われたとしても個体数を増やすといった行為がない限りは育成者権の効力が及ばない。このため、育成者権者が、登録品種の種苗の輸出を制限したい、地域ブランド確立のため収穫物の生産を自県内に制限しブランド産地化を図りたい、といった意思を有していたとしても、この意思に反する行為を防ぐ余地がなかった。
こうした事情を踏まえ、登録品種の流出等を防ぎ、新品種の育成に対するインセンティブを確保する観点から、改正法では、出願者が、品種登録後に当該品種の種苗の海外流出を制限できる制度、また、国内の栽培地域を制限することがきる制度を創設した。
なお、海外への流出および無断増殖・栽培を防止するためには、改正法施行後も流出・無断栽培リスクの高い海外で品種登録し、侵害等に対応することが重要である。このため、農林水産省では今後も海外出願等を支援していくこととしている。
また、改正前の種苗法で努力義務とされていた登録品種である旨の表示についても、意図せぬ権利侵害を防ぐ観点から、登録品種の種苗を業として譲渡またはその広告等をする者に対して登録品種である旨の表示を法定義務に位置付けて実効性を担保している。さらに、改正種苗法では海外持ち出しを制限する旨等を品種登録出願時に農林水産大臣に届け出ることで、登録後に海外持出等の行為に適切に育成者権を行使できることとなる。このため、水際対策にも非常に有効であると考えている。なお、具体的な届け出方法や表示方法については手引きを参照されたい(注2)。
注1:UPOV(ユポフ:INTERNATIONAL UNION FOR THE PROTECTION OF NEW VARIETIES OF PLANTS)条約は、1968年に発効し、締約国は全世界で77カ国・地域となっている。新しく育成された植物品種を各国が共通の基本的原則に従って保護することにより、優れた品種の開発、流通を促進し、もって農業の発展に寄与することを目的とする。このため、UPOV条約においては、新品種の保護の条件、保護内容、最低限の保護期間、内国民待遇などの基本的原則を定めている。
注2:「利用制限届出の手引き」
https://www.maff.go.jp/j/shokusan/attach/pdf/shubyoho-36.pdf
(2)登録品種の増殖は許諾に基づいて行っていただくための改正(令和4年4月1日施行)
改正前の種苗法では、農業者が正規に購入した種苗から生産した収穫物の一部を自己の農業経営内において次期収穫物の生産のための種苗として用いる行為(以下「自家増殖」という)は、省令で定める栄養繁殖植物以外の植物について育成者権の効力が及ばない例外とされていた。
一方、自家増殖された登録品種の種苗を海外に持ち出すことは、自家増殖に該当せず、改正前の種苗法でも育成者権の侵害となるが、実務上、登録品種の増殖実態の把握や疑わしい増殖の差止め、刑事罰の適用や賠償請求に必要な故意・過失の証明が困難であることも多く、その抑止は実務上困難という現状がある。
こうした事情を踏まえ、育成者権者が登録品種の種苗の増殖実態を把握できるようにし、流出への適切な対応等を可能にするため、農業者による登録品種の自家増殖にも育成者権者の許諾を必要とすることとした。当然、育成者権者の許諾を得れば自家増殖を行うことができるため、自家増殖が一律に禁止されるものではない。
(3)品種登録審査の実施方法の充実のための措置(令和4年4月1日施行)
出願品種の審査では、区別性、安定性、均一性の要件に関して特性の審査を行っているが、審査の際に実施している栽培試験は、現行では農研機構が国から交付される運営費交付金により負担し実施している。
しかしながら、流出対策の一環として海外での品種登録を促進する必要がある中、我が国の審査結果が海外での審査においても採用されるためには、国際的な基準で栽培試験を行い、信頼性の高い審査結果を提供することが求められている。このため、改正種苗法では審査の際に要する手数料について、出願者が、現地調査または栽培試験に係る実費相当額を農林水産省または農研機構に納付すると規定し審査の質の向上を図ることとしている。なお、実費相当額を徴収することに伴い、これまで審査に要する費用の一部を賄う水準に設定されていた出願料と登録料について、相当分を引き下げることとしている。
(1)推定制度の創設(令和4年4月1日施行)
改正前の種苗法に定められている登録要件を満たすかの審査は、実際の植物体そのものに基づき行うこととなっているため、育成者権の効力が及ぶ範囲は、品種登録時の登録品種の植物体が有する特性により区別されることとされている。
このため、侵害立証のためには、被疑侵害物品と品種登録時の登録品種の植物体との比較栽培を行い、両者の特性を比較することが第一に考えられるが、品種登録時の植物体を発芽する状態で保管することは現実的には困難であり、この方法での立証は限定的と考えられる。
このため改正種苗法では、育成者権者の侵害の立証の便宜を図る観点から、現物主義の考え方を維持しつつ特性表の位置付けを明確にし、育成者権者が被疑侵害品種の特性と特性表とを比較し、両者が明確に区別されないことを立証した場合には、当該被疑侵害品種は、当該登録品種と特性により明確に区別されない品種と推定する規定を設けることとした。なお、当該規定は、あくまで推定規定であり、品種登録時の登録品種の植物体、または当該植物体と同一であることが担保された現時点での植物体と被疑侵害品種の植物体との比較栽培の結果等、他の証拠や事実により推定事実が覆ることはあり得ることとなる。
(2)特性の訂正制度の創設(令和4年4月1日施行)
改正前の種苗法では、品種登録を出願した育成者が自ら育成する過程で把握した特性と異なる特性表が審査の結果が示されたとしても、その訂正を請求する機会がなかった。
しかしながら、上述の推定制度の創設に伴い、特性表はこれまで以上に重要な意味を持つため、出願品種について審査により特定した特性(以下「審査特性」という)を、あらかじめ出願者に通知し、当該通知を受けた出願者は、当該審査特性が事実と異なると思料する場合には、品種登録前に限り審査特性の訂正を求めることができることとした。
(3)品種登録簿の特性による区別性の判定制度の創設(令和4年4月1日施行)
(1)で述べたとおり、改正種苗法に基づき、特性表と被疑侵害品種の特性を比較することが可能となる。このため改正法では、登録品種の利害関係者は、ある品種が特性表により明確に区別できるか否かについて、農林水産大臣に判定を求めることができる制度を設けた。これにより当事者間での示談交渉、裁判外紛争解決手続(ADR)等の円滑化にも資することが期待される。
知的財産法の一つである種苗法においても、他の知的財産法と同様、社会的な情勢変化に対応した規定の整備を行った。主な事項は以下の通りであるが、詳細は省略させていただく。
1 職務育成品種に係る規定の整備(令和3年4月1日施行)
2 在外者の代理人必置義務(令和3年4月1日施行)
3 通常利用権の当然対抗制度の導入(令和3年4月1日施行)
改正法により、登録品種について、育成者権者の意思に応じた海外流出の防止、栽培地域の指定等の措置や種苗の増殖実態の把握が可能となるため、育成者権者の企図するブランド産地化や優良な品種の持続的な育成を促すとともに、農業者にとっては品種選択の幅が広がりつつ、ブランド農産物の戦略的な輸出が可能となる。また、消費者にとっては生活を豊かにする品種が登場することが期待される。
新品種は我が国の貴重な財産であり、育成者、農業者、種苗業者等が協力してその価値を高め、守っていくことが重要であり、今般の改正法が、このような取り組みを後押しできれば幸いである。
藤田 裕一(ふじた ゆういち)
【略歴】
平成7年4月 農林水産省入省
平成26年7月より食料産業局新事業創出課(現知的財産課)
平成30年7月より現職