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話題 野菜情報 2021年4月号

ブランド資産としての品種の価値 ~ブリーダーが語る 消費者に伝わる農産物の魅力~

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技術士(農業部門) 品種ナビゲーター 竹下 大学
プロフ写真
 農作物の品種を芸能人に例えてみると、いま我々が置かれた状況と課題が浮き彫りになる。
 テレビや雑誌などを通じて、コンサートや舞台といったリアルな接点をもたなくても、芸能人について知る機会はこれまでもあった。加えて近年では、本人のSNSによって直接プライベート写真はおろか動画までもが拝めるのだから、ファンにとってはうれしい時代である。芸能人側も、自分の才能を好きな形で世に問えるようになったことを、歓迎しているに違いない。
 さて、これを野菜の品種に置き換えてみたらどうなるだろう。
 「売れない」「安値で利益が出ない」「国内産の生産量が減っている」と、仕事で野菜に関わる者の間では暗い話ばかりが口をついて出てしまうけれども、冷静に受け止めたいのは消費者がこの問題をあまり気にしていないという現実だ。
 すなわち野菜を取り巻く現状をいくら一生懸命伝えても、消費者の共感はなかなか得られない。見方を変えれば、ウケようウケようと必死なばかりに、かえってスベってしまうお笑い芸人に近いのではないだろうか。
 このまま芸人を続けるか、芸能界を去るか、それとも別の才能に賭けるか。道は三つある。家電芸人などのポジションは、我々が新たな施策を考える上でとてもよい参考事例となろう。
 植物のブリーダーという仕事に長く従事してきたということもあって、私は品種名をもっと消費者に伝えることこそが、先ほど挙げた業界の課題解決の糸口になると考えている。
 もちろん、ただ品種名を表示すれば済むという単純な話ではない。また品種名を表示することで生じる流通時の煩わしさ、余計な混乱を招きかねないリスクも重々承知しているつもりだ。しかしながら、これだけ情報の発信と入手が楽になっている現代。皆で知恵を出し合えば、うまい手がきっと導き出されるはずである。
 キャベツ、だいこん、たまねぎ、にんじん、きゅうり、なす。たしかに店頭に並んだ姿からは、どこがどう違うのかプロでもわからない作物が多いのも事実だ。私も品種名をすべて表示した方がよいと述べているわけではない。あくまでも、品種名表示によって農作物の付加価値が高まる場面限定で、というご提案である。

1 消費者受けする品種とは

 さまざまな野菜において毎年数多くの新品種がデビューする。そしてほとんどの新品種が大した活躍もできないまま数年で忘れ去られていく。メディアはおろか我々業界人ですら、これを当然のこととして次のスター探しを延々と繰り返している。こう考えると品種による需要拡大は、芸能界よりもプロスポーツ界の方がもっとイメージしやすいのかもしれない。
 もっともブドウの「シャインマスカット」などのような、生産者メリットと消費者メリットをともに高度に満たす品種は限られている。それこそ大谷翔平クラスの品種などはそう頻繁に現れるはずもない。海外流出という点でも両者が似ているように思うのは、私だけだろうか。
 大量生産大量消費、その陰に隠れた大量廃棄。食品ロスにしても、メディアが大きく取り上げるようになったのはつい最近の話だ。そう、消費者の意識を直接変えるのが難しければ、一般メディアにアプローチする手がある。
 食への関心の高まりは、我々にとっては追い風のはず。こちらから良質なコンテンツさえ提供できれば、一般メディアも喜んで取り上げてくれるに違いない。我々がつまらないと感じることでも、消費者にとっては新鮮なネタとして通用する場合は思いのほか多い。プロとしての固定概念と先入観を捨て、消費者の素人感覚に寄り添う機会を自ら作り出したいものだ。
 品種という切り口に限らず、ひとつ突破口を見つけさえすればあとはそれほど難しくはない。なぜなら、我々は無限に近いコンテンツを有しているのだから。

2 私の一推し品種

(1)もものすけ(フルーツかぶ(注1)

 何を始めるにしても最初が肝心。品種名にまだ消費者の関心がそれほど向いていない以上、初期は消費者受けしそうな品種に活躍してもらうしかない。
 「推しメン」という言葉がある。ご存じない方のために説明しておくと、推しメンとは、一推しのメンバーの略語なのだ。1990年代から大人気となった、構成メンバーが多いグループアイドルを語る際に使われるようになり広まった。
 ここで野菜の品目をグループアイドルに見立ててみよう。推し品種だと語感がいまいちなので推しヒン、あるいは品種の英語はバラエティだから推しバラか。
 最近の私の推しヒンは、何といっても「もものすけ」だ(写真1)。



 数年前に初めて雑誌の新品種コーナーでもものすけの写真を見た時には、正直あまりよい印象は受けなかった。見た目のインパクトはすごいけれど、皮がきれいにむけることを売りにしたかぶなんて長続きしっこない。一発屋芸人と同じ運命をたどるだろうと決めつけてしまったのだ。だから実物を食べて評価することすらしなかった。ところが昨年末にようやく買ってみたら、期待をはるかに上回る芸達者ぶり。一度でもものすけのファンになってしまったのである。
 まずは写真のようにきれいに皮がむけること。それから白桃に通じる果肉断面の美しさ。みずみずしく柔らかいかぶらしからぬ食感。むいた皮は別に炒めれば、これまたうれしい一品になったりと、そのマルチタレントぶりに驚かされている(写真2)。
注1:フルーツのように甘くてジューシーなかぶの仲間。ナント種苗の開発品種。

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(2)プチぷよ(ミニトマト)

 もうひとつの推しヒンは、ミニトマトの「プチぷよ」(注2)だ。キャッチフレーズが「赤ちゃんのほっぺのような」というプチぷよは、これまた見た目が特徴的だ(写真3)。まるでワックスを塗ったかのような光沢。果皮の存在が口の中でまったく気にならないことに驚かされる。これまでも果皮が薄いことを売りにした品種はあったけれども、果皮の主張は残っていた。それから名前の由来となったぷよぷよした食感。見た目も食感もサクランボに通じる。ついつい、もしタネなしサクランボができたら、こんな感じになるのかなぁという想像までしてしまうほど。赤のプチぷよと黄色のプチぷよイエローの2色あって、それぞれ味が異なることも人気の理由のはずだ。
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 ただし、プチぷよは輸送性が悪く店持ちもよくないため、直売所限定商品になっている。逆にこういう欠点は直売所や産直EC(電子商取引)にとっての付加価値になるわけだし、消費者にとっては買い物の楽しさにつながっている。この先、湯むきが不要な大玉トマトも登場するのだろうか。期待して待ちたい。
注2:正式名称は、「CFプチぷよ」と「CFプチぷよイエロー」。CFとは、トマト葉かび病抵抗性品種を意味する。株式会社渡辺採種場の開発品種。

(3)カラフルだいこん

 品種ではなく品目になってしまうが、私はだいこんに注目している。日本で統計開始以来、いや1000年を超えて野菜の生産量ナンバー1を守り続けてきただいこんは、2014年にその座をキャベツに明け渡した。トップから陥落したからというわけではないだろうが、だいこんが強烈に自己主張し始めてきたと感じるためだ。
 桜島大根と守口大根に代表されるように、日本のだいこんは世界で他に例を見ないほど多様性に富み品種数も多い。それがある日を境に青首だいこん一色に変わってしまったことが、結果的に今のだいこん離れの一因となったのではないかと私はにらんでいる。
 かといって、青首だいこんブームの火付け役となった「耐病総太り」を否定するつもりは毛頭ない。1979年、最低気圧870ヘクトパスカルという観測史上最悪の台風20号によって、壊滅的な被害を受けた関東の白首だいこん産地を救った品種こそ「耐病総太り」だからである。
 農産物直売所のだいこんコーナーを眺めれば、一目で時代の変化を感じることができる。青首ダイコン以外の品種がどれだけ増えてきていることか。そして消費者が手を伸ばすのはどのような品種なのかもだ。
赤、桃、紫、緑、黒。果皮だけではなく果肉も色とりどり。思い起こせば、カラフルだいこんは何年も前からレストランの料理やサラダバーでお皿を彩っていた。中国生まれの「紅心大根」の断面には、キウイフルーツを初めて見た時以上の衝撃を受けた人も多いのではないだろうか(写真4)。その時に感じた驚きと嬉しさが、いままさに手軽に家庭で再現できるようになってきているのだ。

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 最近私が面白いと感じたのは「紅しぐれ」(写真5)。「紅しぐれ」という名前なのにどうして果肉が紫色のしぼりなのだろうと不思議に思っていたら、浅漬けにするとその名の通り紅しぐれに変色する。他には、「紅くるり」のいかにも体によさそうな色とみずみずしさは、ダイコンサラダの付加価値を高めているし、蕎麦や干物にわざわざ辛味大根を選ぶ人も着実に増えてきている。

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(4)ピノ・ガールTM(小玉すいか)

「耐病総太り」よりもさらに20年さかのぼれば、家庭用電気冷蔵庫の普及に合わせて形を変えたあの品目のことも思い出されよう。そう、すいかだ。小玉すいかの大ヒットも、大きければ大きいほどありがたがられていたすいかの価値観が、環境変化によって一変した出来事といえる。
 私はまだ一推しとは言い切れずにいるが、小玉すいかの「ピノ・ガール™」注も気になる存在ではある。ピノ・ガール™はタネの存在が気にならないマイクロシード™すいか(注3)。これまで展示会で何度か食べたけれども、どこまで消費者に歓迎されるか私は予想できずにいる。このような画期的な品種を育成した功績にケチをつけるつもりはまったくない。それはそうなのだけれども、どうしてもピノ・ガール™の将来性に不安を覚えてしまうのだ。
 そもそもいつもすいかのタネを全部飲み込んでしまう私のような人もいるし、逆に丁寧にひとつ残らず取り外さないと果肉を口に入れられない人も結構いる。もちろん熱狂的なピノ・ガール™ファンが生まれるとしたら後者からだろう。ただ何となくマイクロシードは、前者にも後者にもあまり大きな付加価値にならないような嫌な予感がする。ぜひとも私が固定観念に囚われていたという恥ずかしい結果になってほしい。
 このほか、いちごの「(とう)(くん)(注4)」や「初恋の香り(注5)」の見た目の驚き、それだけで終わらない明確な味の違い。ネーミングだってどちらも秀逸だし、一般メディアがこぞって取り上げてくれただけの心惹かれる理由がある(写真6)。
注3:マイクロシード™とは、種子がごく小さくなるように改良された品種のこと。ナント種苗の開発品種。
注4:農業・食品産業技術総合研究機構の開発品種。
注5:和田泰治氏と三好アグリテックの共同開発品種。


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3 産直ECサイトを見習おう

 ここで『日経トレンディ』が発表した「2020年ヒット商品ベスト30」を振り返ってみよう。トップ3は、1位「鬼滅の刃」、2位「マスク消費」、3位「あつまれどうぶつの森」だった。我々が注目すべきは、何といっても「ポケットマルシェ」「食べチョク」が「リングフィットアドベンチャー」に次いで14位にランクインしたこと。
 ポケットマルシェや食べチョクがふつうの産直サービスと異なるのは、SNSで交流の場を提供しているなど、農産物を通じて生産者と消費者をつなぐプラットフォームとして両者に新たな付加価値を提供した点にある。消費者からすれば、生産者の顔が見えるだけでなくその思いを感じられ、さらにはお気に入りの生産者を見つける楽しみが得られた。一方で生産者の立場で考えれば、消費者の反応を直接知ることができるようになっただけでなく、期待を上回ればお客さんのSNS上で宣伝してもらえる可能性までもが提供されたのだ。
 さて今度は、農産物を農産物情報と置き換えてみたら何が見えてくるだろう。新型コロナウイルス感染症対策の「新しい生活様式」にマッチしたサービスとして、ポケットマルシェと食べチョクがこれほどまでに受け入れられた事実は、我々の常識を見直す時が来たと受け止めた方がよいと思う。
 あらためて自問自答したいことがある。消費者は本当に味と価格と安全性だけにしか関心がないのだろうか。作り手である生産者の想い、産地の気候風土、そして品種が生まれた物語。これらがわかってもわからなくても、価格に差はつけられないのだろうか。
 消費者は農産物そのものに対する期待とともに、その周辺情報にも高い関心を持っている。また、希少品種や品種の食べくらべセットにポテンシャルがあることも、すでに明らかになっている。ワインの世界を真似しようとまでは言わないけれども、ワインに惹かれる消費者心理を参考にして、次から次へと新ネタを提案し続けていきたいものだ。

4 あらゆる機会を逃さずに自分の言葉で情報発信を

 いよいよ令和3年4月1日に改正種苗法が施行される。昨年5月、芸能人も巻き込んで種苗法改正反対の声がSNSを中心に高まった。それにつられる形で一般メディアもこの話題を大きく取り上げたために、春の通常国会で審議される予定が秋の臨時国会に延期されたほど。
 ここで改正種苗法の話を持ち出したのには訳がある。それまで世間でほとんど注目されることのなかった、品種というコンテンツに関心が集まった出来事だったからだ。
 このチャンスを逃すわけにはいかない。
 しつこくて恐縮だが、目の前の農作物や品種について、我々は消費者の心に訴えかける情報発信をしているだろうか。それ以前に、品種や品目の魅力についてどれだけ知っているのだろうか。
 農作物についてプロが消費者よりも詳しいのは当たり前。本当の旬も本物のうまさも知っている。なのにどうしてなのだろう。消費者が見た目と安さだけで、農作物の良し悪しを判断してしまうのは。
 どんな時代においても高いのになぜか売れる商品がある。それらに共通する要素は、希少性と物語性だ。価格と品質に勝る価値があるとするならば、消費者が知ってうれしくなり、つい誰かに話したくなるエピソードだと私は考えている。
 あなたの一推し品種は何ですか?
 どこが魅力なのですか?
 どうして好きになったのですか?
 誰が育成したのですか?
 どこで買えるのですか?
 あらゆる場面が未来に向けての機会となり得る。プロである我々一人ひとりが、いままで以上に消費者に向けて品種の魅力を発信すれば、必ず世界は変わる。今から専門用語を使わずに自分の言葉で品種の魅力を伝えていきませんか。

竹下 大学(たけした だいがく)
【略歴】
千葉大学園芸学部卒業後キリンビールに入社、同社の育種プログラムを立ち上げる(花部門)。2004年All-America Selections主催「ブリーダーズカップ」の初代受賞者に世界でただ一人選ばれた。
著書に「日本の品種はすごい」などがある。
https://peraichi.com/landing_pages/view/takeshita/