(1)もものすけ(フルーツかぶ(注1))
何を始めるにしても最初が肝心。品種名にまだ消費者の関心がそれほど向いていない以上、初期は消費者受けしそうな品種に活躍してもらうしかない。
「推しメン」という言葉がある。ご存じない方のために説明しておくと、推しメンとは、一推しのメンバーの略語なのだ。1990年代から大人気となった、構成メンバーが多いグループアイドルを語る際に使われるようになり広まった。
ここで野菜の品目をグループアイドルに見立ててみよう。推し品種だと語感がいまいちなので推しヒン、あるいは品種の英語はバラエティだから推しバラか。
最近の私の推しヒンは、何といっても「もものすけ」だ(写真1)。
数年前に初めて雑誌の新品種コーナーでもものすけの写真を見た時には、正直あまりよい印象は受けなかった。見た目のインパクトはすごいけれど、皮がきれいにむけることを売りにしたかぶなんて長続きしっこない。一発屋芸人と同じ運命をたどるだろうと決めつけてしまったのだ。だから実物を食べて評価することすらしなかった。ところが昨年末にようやく買ってみたら、期待をはるかに上回る芸達者ぶり。一度でもものすけのファンになってしまったのである。
まずは写真のようにきれいに皮がむけること。それから白桃に通じる果肉断面の美しさ。みずみずしく柔らかいかぶらしからぬ食感。むいた皮は別に炒めれば、これまたうれしい一品になったりと、そのマルチタレントぶりに驚かされている(写真2)。
注1:フルーツのように甘くてジューシーなかぶの仲間。ナント種苗の開発品種。
(2)プチぷよ(ミニトマト)
もうひとつの推しヒンは、ミニトマトの「プチぷよ」
(注2)だ。キャッチフレーズが「赤ちゃんのほっぺのような」というプチぷよは、これまた見た目が特徴的だ(写真3)。まるでワックスを塗ったかのような光沢。果皮の存在が口の中でまったく気にならないことに驚かされる。これまでも果皮が薄いことを売りにした品種はあったけれども、果皮の主張は残っていた。それから名前の由来となったぷよぷよした食感。見た目も食感もサクランボに通じる。ついつい、もしタネなしサクランボができたら、こんな感じになるのかなぁという想像までしてしまうほど。赤のプチぷよと黄色のプチぷよイエローの2色あって、それぞれ味が異なることも人気の理由のはずだ。
ただし、プチぷよは輸送性が悪く店持ちもよくないため、直売所限定商品になっている。逆にこういう欠点は直売所や産直EC(電子商取引)にとっての付加価値になるわけだし、消費者にとっては買い物の楽しさにつながっている。この先、湯むきが不要な大玉トマトも登場するのだろうか。期待して待ちたい。
注2:正式名称は、「CFプチぷよ」と「CFプチぷよイエロー」。CFとは、トマト葉かび病抵抗性品種を意味する。株式会社渡辺採種場の開発品種。
(3)カラフルだいこん
品種ではなく品目になってしまうが、私はだいこんに注目している。日本で統計開始以来、いや1000年を超えて野菜の生産量ナンバー1を守り続けてきただいこんは、2014年にその座をキャベツに明け渡した。トップから陥落したからというわけではないだろうが、だいこんが強烈に自己主張し始めてきたと感じるためだ。
桜島大根と守口大根に代表されるように、日本のだいこんは世界で他に例を見ないほど多様性に富み品種数も多い。それがある日を境に青首だいこん一色に変わってしまったことが、結果的に今のだいこん離れの一因となったのではないかと私はにらんでいる。
かといって、青首だいこんブームの火付け役となった「耐病総太り」を否定するつもりは毛頭ない。1979年、最低気圧870ヘクトパスカルという観測史上最悪の台風20号によって、壊滅的な被害を受けた関東の白首だいこん産地を救った品種こそ「耐病総太り」だからである。
農産物直売所のだいこんコーナーを眺めれば、一目で時代の変化を感じることができる。青首ダイコン以外の品種がどれだけ増えてきていることか。そして消費者が手を伸ばすのはどのような品種なのかもだ。
赤、桃、紫、緑、黒。果皮だけではなく果肉も色とりどり。思い起こせば、カラフルだいこんは何年も前からレストランの料理やサラダバーでお皿を彩っていた。中国生まれの「紅心大根」の断面には、キウイフルーツを初めて見た時以上の衝撃を受けた人も多いのではないだろうか(写真4)。その時に感じた驚きと嬉しさが、いままさに手軽に家庭で再現できるようになってきているのだ。
最近私が面白いと感じたのは「紅しぐれ」(写真5)。「紅しぐれ」という名前なのにどうして果肉が紫色のしぼりなのだろうと不思議に思っていたら、浅漬けにするとその名の通り紅しぐれに変色する。他には、「紅くるり」のいかにも体によさそうな色とみずみずしさは、ダイコンサラダの付加価値を高めているし、蕎麦や干物にわざわざ辛味大根を選ぶ人も着実に増えてきている。
(4)ピノ・ガールTM(小玉すいか)
「耐病総太り」よりもさらに20年さかのぼれば、家庭用電気冷蔵庫の普及に合わせて形を変えたあの品目のことも思い出されよう。そう、すいかだ。小玉すいかの大ヒットも、大きければ大きいほどありがたがられていたすいかの価値観が、環境変化によって一変した出来事といえる。
私はまだ一推しとは言い切れずにいるが、小玉すいかの「ピノ・ガール™」注も気になる存在ではある。ピノ・ガール™はタネの存在が気にならないマイクロシード™すいか
(注3)。これまで展示会で何度か食べたけれども、どこまで消費者に歓迎されるか私は予想できずにいる。このような画期的な品種を育成した功績にケチをつけるつもりはまったくない。それはそうなのだけれども、どうしてもピノ・ガール™の将来性に不安を覚えてしまうのだ。
そもそもいつもすいかのタネを全部飲み込んでしまう私のような人もいるし、逆に丁寧にひとつ残らず取り外さないと果肉を口に入れられない人も結構いる。もちろん熱狂的なピノ・ガール™ファンが生まれるとしたら後者からだろう。ただ何となくマイクロシードは、前者にも後者にもあまり大きな付加価値にならないような嫌な予感がする。ぜひとも私が固定観念に囚われていたという恥ずかしい結果になってほしい。
このほか、いちごの「
桃薫(注4)」や「初恋の香り
(注5)」の見た目の驚き、それだけで終わらない明確な味の違い。ネーミングだってどちらも秀逸だし、一般メディアがこぞって取り上げてくれただけの心惹かれる理由がある(写真6)。
注3:マイクロシード™とは、種子がごく小さくなるように改良された品種のこと。ナント種苗の開発品種。
注4:農業・食品産業技術総合研究機構の開発品種。
注5:和田泰治氏と三好アグリテックの共同開発品種。