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話題(野菜情報 2020年11月号)


農業用マルチローター(ドローン)による農薬散布の実施と課題

三島函南農業協同組合 経済部 部長 日吉 誠

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1 はじめに

三島かんなみ農業協同組合(以下「JA三島函南」という)は静岡県の東部、伊豆半島の玄関口に位置する(図1、写真1)。管内は冬場でも日射量が多く温暖な気候に恵まれ年間平均気温は16.2度、年間降水量は1826ミリである。地域の約3分の2は山間丘陵地帯からなり、箱根山麓を頂点とする丘陵地帯と、南側の狩野川水系によって形成された平坦地に大別できる。平野部では、水田地域となっているほか、いちごやトマトなどの施設園芸が盛んに行われてきた。また、箱根西麓の西側の丘陵地では、ばれいしょ、にんじん、かんしょ、はくさい、レタスなど、多種多様な野菜が生産されている。表層腐植質黒ボク土からなるこの地域では、肥沃な土壌に恵まれ、古くから大変良質な農産物が生産されてきた。JA三島函南では少量多品目の産地の特徴を生かし、標高50メートル以上で栽培する野菜を『箱根西せいろく三島野菜』と定義付け平成24年に商標登録し、ブランド化と販売力の強化に努めてきた。その中の代表格である『三島馬鈴薯』は全国に名を広めた三島コロッケの原料であり、6次化産業の立役者として農業所得増加に大きく貢献している。ブランド力の強化は農業所得の向上に寄与し生産意欲の原動力となり、ここ数年、規模拡大に取り組む担い手農家が増加傾向にある。

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一方、家族経営を主体とする当地では、経営規模を拡大するには労働力に限界があり、農作業労働力の支援対策が喫緊の課題として露呈した。本稿では、当JAが労働力の支援対策に向け導入し、農業用マルチローター(以下「ドローン」という)による農薬散布の実施と課題について紹介する。

2 三島馬鈴薯部会の概要

箱根西麓地域は、耕土が深く柔らかい、水はけの良い土壌で根菜類の栽培条件に適している。三島馬鈴薯の歴史は古く、昭和20年代から栽培され、地域の特産物として名声を高め、今日に至る。ばれいしょ栽培は昭和53年のピーク時には作付面積が170ヘクタールとなったが、農業従事者の高齢化に伴い、平成20年代には作付面積は14.3ヘクタールまで減少している。しかし、ここ数年、ブランド化の取り組みが功を奏し三島馬鈴薯の作付面積は毎年増加に転じ、現在、栽培面積は16.5ヘクタールとなっている。三島馬鈴薯の栽培地は急傾斜地にあることから大型収穫機を導入することは出来ない。その為、収穫作業は一つ一つ丁寧に手掘りで行われてきた。手作業で行うことから表面に傷がつか非常に肌が美しい。食味の良さと完全風乾による優れた保存性から市場からの評価は高く、ブランドとしての地位を築き上げ、28年10月に地理的表示(GI)保護制度に登録された。一方、会員の高齢化は否めない。三島馬鈴薯部会の加入者は62人(内、農業法人1人)で年齢構成の内訳は、30代5人、40代7人、50代6人、60代25人、70歳以上が19人となっており、平均年齢は64歳である。JA三島函南では箱根西麓地域の農業振興の施策を策定するに当たり、三島馬鈴薯部会を含む生産部会の会員319人に農業所得拡大に向けアンケート調査を実施すると同時に、産地が直面する課題を整理した。

アンケート調査において生産農家から特に要望が高かった項目は、労働力確保に向けた支援対策の強化であった。高齢化に伴う担い手不足を補い現在の生産量を維持・拡大するには家族労働では限界がある。また、箱根西麓地域にある農地は丘陵地にあり機械化が進まず作業効率が悪いことから、JA三島函南では丘陵地の畑作地帯における労働力支援策として、想定できる機械化の導入の検討に至った。そこで、近年、水稲において実用化が進むドローンを活用した農薬散布の実用研究に平成29年に着手した。

3 箱根西麓地域におけるドローンの有用性

無人ヘリコプターによる農薬の空中散布は水稲で導入され、活用率は40%を超えている。樹園地や平坦部において基盤整備された広域な大規模農地では機動力がある無人ヘリコプターが必須である。しかし、建造物の隣接地帯や中山間地などの耕作地が狭いじょうでは、無人ヘリコプターでは飛行が困難である。また、農薬散布に至っては飛行の高さを低く保つことができるドローンはドリフト抑制の観点からも効果的である(写真2)。箱根西麓地域は20アール以下の圃場が急傾斜地に点在し、多品目の野菜が密集していることからドローン有用性の発揮が期待された。

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4 ドローン許可・申請~法令上の手続き~

ドローンも例外なく航空機扱いとなり、航空法の禁止事項にある空中からの農薬散布などの行為は農林水産航空協会(注)(以下「農水協」という)および認定機関の技能認定証を取得し、実際に取り扱う機種(型式および機体番号)単位で個別に申請しなければならない(図2)。また、農薬の散布時には技能認定証を携帯し、事前に国土交通省から飛行許可証を取得する必要性がある。この飛行許可は一度申請をすれば1年間有効であり、農薬散布許可は、実施する1カ月前までに飛行計画を作成し申請が必要となる。実際に利用者個々で直接、国土交通省に飛行許可申請を行うことは手間と経験が必要である。その為、農水協および認定機関では簡易的な代行申請の方法を認定している。この場合、申請者はあらかじめ農水協の技能認定証を取得し、機体を登録してあれば農水協会員であるドローンの教習・整備・販売事業所を通じて申請し飛行許可書を取得することができる。

注:一般社団法人農林水産航空協会(農水協)とは、農林水産省の外郭団体で農林水産業における航空機による薬剤、肥料などの散布など、航空機を利用する事業を管轄する機関。

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 オペレーターの育成と技能認定証の取得

ドローンによる農薬散布を正確・安全に履行するにはオペレーターの育成が絶対条件となる。航空法の観点から技能認定証は実際に利用する機種単位の取得が前提となる。そのため、ドローンの購入前にメーカーおよび機種の特性を理解し技能認定証を取得する必要がある。農業用ドローンの教習は農水協および認定機関の認定を受けた指定教習所(販売事業所など)で受講できる。JA三島函南では、県内で無人ヘリコプターによる水稲の農薬散布の委託・請負において以前から実績がある静岡スカイテック株式会社(本社袋井市)に依頼し、オペレーターの育成に取り組んだ。技能認定取得には3日間の技能・学科の教習区分を受講し認証を受ける。取得費用は学科試験受講料 ・技能検定料・農水協および認定機関への交付手数料などで1人につき18万7000円の費用が必要とされる。

6 箱根西麓地域のドローンによる農薬散布の検証

JA三島函南では平成29年より、ドローンを活用した三島馬鈴薯への農薬散布の実用化に向けて調査研究に取り組んだ(写真3)。水稲では全国各地で導入が進められているが露地野菜では実例が少ない。そこで、ドローンの教習・整備・販売事業所を担う企業から、実用するドローンの機種や性能およびメーカーの選定に向けて助言を頂いた。

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(1)ドローンの種類

農業用ドローンの主目的は農薬散布で、機体は薬剤タンクの積載量が5リットルまたは9リットルのつのタイプがあり、積載量が9リットルの機体のほうが機体重量および機体寸法も大きい。また、1度に薬剤散布できる規模能力は9リットルタイプで約100アール、5リットルタイプで約50アールとなっている。バッテリはリチウム電池を2本使用する。電池1本の値段は2万5000円前後で寿命は3~4年程度と推測される。

(2)散布できる農薬

散布できる薬剤の形状は液剤と粒剤で、切り替えが可能であるが、粒剤散布装置は別途オプション購入で15万円程度を必要とする。

(3)導入経費と維持費

メーカーや機種により異なるが機体価格は200300万円、バッテリや登録申請費用を含めると導入時の費用は合計で242342万程度と試算される(表1)。その他に、機体の維持管理として、保険と点検料で年間1015万円程度の費用が想定される(表2)。保険は、機体の自損事故や人や車との接触事故などの賠償責任、薬剤ドリフト事故の補償もカバーする。また、登録料の2万円、年次点検費用は部品交換などの状況により1~10万円が見込まれ、要する費用は流動的となる。

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7 三島函南ドローン利用組合の設立

JA三島函南では、農業用ドローンの導入推進と有効な活用方法の研究を目的に『三島函南ドローン利用組合』を平成31年3月に設立した。利用組合はJA、JA生産部会員、水稲を大規模に受委託する組合員で構成し、利用組合の運営と事務局はJA三島函南が担当する。設立に先立ちJAでは、オペレーターの育成が肝要であるとの認識から組合設立前より操作認定取得を支援した。取得費用のうち万円の助成措置を講じ、生産者5とJA職員2が技能認定証を取得した。購入を予定するドローンメーカーの選択にあたり、今後の保守点検・修繕などの管理を考慮すると、国産メーカーが強みを発揮すると考え、国内でいち早く農業分野に参入したエンルート製を選択した。また、当地は圃場面積が狭い急傾斜地の中山間部での使用が想定されるため、機種は小型タイプが効率よく機動することを踏まえ、エンルートZION AC940-D(最大5リットル搭載)を購入した。なお、試験散布において9リットル搭載タイプは機体が大きくプロペラからの強い下降気流によりばれいしょの茎葉を痛めてしまうことが判明し小型タイプのドローンの購入に至った。また、ドローン本体および付属品の購入に関しては「JA共済地域農業活性化促進助成金」を活用し、利用組合へ寄贈した。

8 三島函南ドローン利用組合による農薬散布の実施と課題

農薬散布は作業委託希望者からの委託申込をJAの事務局が受付し、利用組合へ農薬散布の代行を依頼すれば、後日、ドローン操作認定取得者が派遣される。委託料は10アール当たり3000円(オペレーターとナビゲーターの操作委託費2000円、ドローンの保守管理料1000円)と設定し、利用組合へ支払う仕組みとなっている。令和元年度のドローンによる散布面積は391アールで作物別の散布実績は表3の通りである。最大の目的は農薬散布にかかる労働力の支援である。圃場の地形やフライト時の天候など、所要時間は散布場所の環境条件に影響を受けるが20アールの圃場ではおおむね15分程度で終了する。一方、手作業による散布では労働の負担も大きく2時間を要する事から、ドローンの有用性が確認できた。こうして実用化に向けた委託農家の期待に拍車がかかった。利用組合には19の農家が加入しているものの、委託者は8に留まっており、ヒアリングによると農家は、委託料金と薬剤の登録数に難色を示していることがわかった。ばれいしょなどでは空中散布用として登録を受ける薬剤が水稲に比べ圧倒的に少なく、殺虫剤ではアブラムシに効く同一系統の有効成分が含まれる3剤、殺菌剤では疫病・軟腐病に効く5剤しか登録されていない。同一薬剤の連用には薬剤抵抗性の発生が懸念されることから、ドローンを活用した農薬散布の普及には登録薬剤の拡大も必須と考えられる。

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9 今後のドローン展望

産業用ドローンは、多くの分野でその活躍が期待され日進月歩で技術革新が進んでいる。ドローンによる農業利用では、生育状況のセンシングや鳥獣害対策(AIを搭載し鳥獣の自動認証技術と自動飛行ドローンを活用した追い払い技術)の研究など、更なる利活用促進に期待が高まっている。一方、費用対効果などの課題も山積している。購入時の初期費用は250350万円かかることから、JA三島函南ではシェアリングなどの共同利用を促すため利用組合を設立し、活用研究と普及推進に取り組んだ。個人事業主が投資するには償却費や保守管理料などを鑑みても経営面への負担は大きい。ドローンを含めたスマート農業などの新技術は飛躍的に変化していくと思われ、これら新技術の推進と労働力の支援対策は地域農業振興の鍵を握る。今後も夢ある農業の実現にむけ、さらなるスマート農業の促進と地域農業の振興に邁進していきたい。

日吉 誠 (ひよし まこと)

【略歴】

2005年 三島函南農業協同組合 函南支店 営農指導係長

2012年 三島函南農業協同組合 函南支店 営農次長

2015年 三島函南農業協同組合 経済部 指導開発課 課長

2020年~現在 三島函南農業協同組合 経済部 部長


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