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話題(野菜情報 2020年9月号)


日本人の食事摂取基準2020年版の特徴と野菜の活用法

女子栄養大学 教授 上西 一弘

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はじめに

日本人の食事摂取基準は栄養所要量にかわって2005年から策定されている、エネルギーやどのような栄養素を、どれだけ摂取すればよいかを示したガイドラインである。栄養学の進歩を取り入れながら5年ごとに改定されており、これまで2005年版、2010年版、2015年版が発表され、最新のものが今年の4月から5年間使用される2020年版である。

栄養所要量が主にエネルギーや栄養素の不足や欠乏の予防を目的としていたのに対して、食事摂取基準は不足や欠乏の予防だけではなく、過剰摂取による健康障害の予防、さらには生活習慣病の予防も目的としている。また、生活習慣病の予防に関しては、2005年版、2010年版では発症予防が目的とされていたが、2015年版からは発症予防に加え、重症化予防も視野に入れている。

今回の食事摂取基準2020年版の策定目的は、これまでと同様、最終目標は健康寿命の延伸であり、そのために、健康の保持・増進、生活習慣病の予防が目的とされている。日本は超高齢社会であり、健康日本21(第二次)においても、主要な生活習慣病の予防と重症化予防の徹底とともに、特に高齢者における社会生活を営むために必要な機能の維持および向上が推進されている。同時に高齢者のフレイル予防(注1)が重要な健康課題となっている。

今回の2020年版では、栄養に関連した身体・代謝機能の低下の回避の観点から、これまで同様に健康の保持・増進、生活習慣病の発症予防および重症化予防に加え、新たに高齢者の低栄養予防やフレイル予防も視野に入れて策定が行なわれている。

注1:フレイルとは、英語のFrailty(虚弱)が語源となっており、健康な状態と要介護状態の中間に位置し、身体的機能や認知機能の低下が見られる状態のことを指す。加齢などで筋力や筋肉量が減ると、活動量の低下に伴い食事量も減ることから、たんぱく質をはじめとする栄養素の摂取不足による低栄養状態を招き、さらに筋力や筋肉量が減少するというフレイル・サイクルに陥り、転倒や骨折、慢性疾患の悪化をきっかけに要介護状態になる可能性が高い。

高齢者の年齢区分

日本人の食事摂取基準2020年版では高齢者の年齢区分が変更された。これまでの食事摂取基準では1歳未満を乳児、1~17歳を小児、18歳以上を成人として、高齢者を区分する必要がある場合には、70歳以上を高齢者としてきた。しかし今回の改定では高齢者の低栄養の予防、フレイルの予防のために、65歳以上を高齢者とし、さらに高齢者を65~74歳、75歳以上のつの区分に分けている(図1)。ただし、高齢者、特に75歳以上に設定された基準をサポートするエビデンスは少なく、数値を利用する際には注意が必要である。また、高齢者は個人差が大きいことにも注意すべきである。

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高齢者のたんぱく質の目標量

たんぱく質の不足や欠乏はさまざまな栄養障害を起こすため、その予防のための指標(推定平均必要量、推奨量)が設定されている。また、その摂取量が多すぎても少なすぎても、脂質や炭水化物とのエネルギー比率が悪くなることがあり、生活習慣病の発症および重症化に関連する可能性があることから、生活習慣病の予防のための目標量(エネルギー摂取量に対するエネルギー%、範囲)が脂質、炭水化物とともに設定されている(注2)。このたんぱく質の目標量、特に下限値は、高齢者の低栄養予防、フレイル予防のためにも重要である。たんぱく質の目標量は摂取エネルギーの13~20%エネルギーとされているが、65歳以上の高齢者では、今回下限値が引き上げられ、15~20%エネルギーとされた(表1)。また、50~64歳の年齢区分でも14~20%と下限値がわずかに引き上げられている。

注2:エネルギー産生栄養素バランスは、エネルギーを産生する各栄養素のエネルギー量が、食品および食事全体のエネルギー量の何%にあたるか算出するもの。単位は「%エネルギー」を用いる。「日本人の食事摂取基準(2015年版)」より、生活習慣病やその重症化を予防する目的で「PFC(ピー・エフ・シー)バランス」から名称が変更され、目標値が新たに設定された。1グラム当たりのエネルギー産生は、たんぱく質が4キロカロリー、脂質が9キロカロリー、炭水化物が4キロカロリーとなっている。

<計算方法>

たんぱく質(%)=たんぱく質(g)×4(kcal/g)/食品および食事全体のエネルギー量(kcal)×100

脂  質(%)=脂質(g)×9(kcal/g)/食品および食事全体のエネルギー量(kcal)×100

炭水化物(%)=100-たんぱく質(%エネルギー)-脂質(%エネルギー)

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食塩の目標量

日本人は食塩を調味料由来で摂取することが多いため、その摂取量は多く、高血圧や慢性腎臓病の発症予防、重症化予防の観点から、その摂取量を減らすことが推奨されてきている。WHOは一般成人に対して1日当たりグラムという目標量を設定しているが、日本人の食事でこの値を目標量とすることは難しいと考えられる。実際に国民健康・栄養調査の結果を見ても、食塩摂取量が1日当たりグラムの者は非常に少ない。したがって、この1日当たり5グラム未満を目標とするのではなく、前回までと同様に、実施可能性を考慮して、WHOが提案している1日当たりグラムと、平成28年(2017年)国民健康・栄養調査における摂取量の中央値との中間の値をとり、この値未満を成人の目標量とした。その結果、国民健康・栄養調査の食塩摂取量が減少しているため、前回2015年版の値よりも男女それぞれ1日当たり0.5グラム少ない、成人男性1日当たり7.5グラム、成人女性1日当たり6.5グラム未満が目標量となった。この目標量は、生活習慣病すなわち高血圧、慢性腎臓病の発症予防のための値である(表2)。

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生活習慣病の重症化予防のための食塩、コレステロールの値

今回の食事摂取基準2020年版では、食塩とコレステロールについて、発症予防のため目標量ではなく、重症化予防のための値が新しく設定された。食塩については、高血圧および慢性腎臓病の重症化予防のために成人男女共通で1日当たりグラム未満という値が設定された。

コレステロールは体内で合成されることもあり、脂質異常症の発症予防のため目標量は設定されていないが、重症化予防のためには1日当たり200ミリグラム未満にすることが望ましいとされた。

野菜の活用法

野菜が供給する栄養素は、その種類によってさまざまだが、ここでは共通したものとして食物繊維とカリウム、葉酸を取り上げてみたい。

食物繊維

食物繊維は食事摂取基準2015年版では歳以上について目標量が策定されていたが、2020年版では歳以上で目標量が設定された。これは小児期の食習慣が、成人以降の食習慣に影響を与えている可能性を考慮しての事であり、子どもの時期からの食習慣大切であることを示している。

平成30年(2018年)の国民健康・栄養調査結果によると、日本人(20歳以上)の食物繊維の摂取量は平均で1日当たり15.0グラムであり、その供給源は野菜が最も多く5.4グラム、次いで穀類3.1グラム、果実類1.4グラムとなっている。野菜の内訳は、緑黄色野菜が2.2グラム、その他の野菜が2.9グラム、野菜ジュースや漬物が0.3グラムとなっている。日本人の食事摂取基準2020年版では、食物繊維の目標量は成人男性で1日当たり21グラム以上、成人女性で1日当たり18グラム以上であり、さらなる摂取が望まれる。

カリウム

カリウムも2015年版では歳以上について目標量が策定されていたが、今回は歳以上で目標量が設定された。食物繊維同様に小児期からの食習慣の重要性を示している。

平成30年(2018年)の国民健康・栄養調査結果によると、日本人(20歳以上)のカリウムの摂取量は平均で1日当たり2362グラムであり、その供給源は野菜が最も多く537グラムと約23%を占めている。その内訳は、緑黄色野菜が224グラム、その他の野菜が252グラム、野菜ジュースや漬物が31グラムとなっている。日本人の食事摂取基準2020年版では、カリウムの目標量は成人男性で1日当たり3000ミリグラム以上、成人女性で1日当たり2600ミリグラム以上であり、さらなる摂取が望まれる。カリウムは、にんじん、ごぼう、れんこん、さといも、にんにくなどの根菜・土もの類、ばれいしょ、かんしょ、ながいもなどのいも類、えだまめ、そらまめなどの豆類、メロン、スイカ、きゅうりなどのウリ類に豊富に含まれる。

葉酸

葉酸は胎児の発生に重要な役割を果たしているビタミンであり、欠乏すると胎児の神経管閉鎖障害などの重篤な疾患にかかわる。したがって、日本人の食事摂取基準ではこれまで、「妊娠を計画している女性、または妊娠の可能性がある女性は、神経管閉鎖障害のリスクの低減のために、付加的に1日当たり400マイクログラムのプテロイルモノグルタミン酸(注3)の摂取が望まれる」との記述があった。今回の2020年版ではさらに、「妊娠初期の妊婦」も対象者になっている。ちなみに妊娠初期は妊娠14週までをさす。ここで取り上げられている葉酸は、いわゆるサプリメントとしての葉酸である。サプリメントとしての葉酸の場合には過剰摂取による健康障害に留意する必要がある。

一方、食事由来の葉酸では過剰摂取は問題とされていない。葉酸は、「食事性葉酸の摂取量と脳卒中の発症率、心筋梗塞など循環器疾患の死亡率との関連は観察研究、特にコホート研究(注での報告が複数あり、有意な負の関連を認めている。したがって、循環器疾患の発症予防に食事性葉酸の積極的な摂取が有用である可能性は高い」とされており、積極的な摂取が勧められる。葉酸摂取量を増やすと、血中のホモシステイン濃度が低下する。ホモシステインは、動脈硬化や骨粗鬆症など多くの疾患に関与している可能性が示されており、葉酸摂取の意義は大きいと考えられる。

平成30年(2018年)の国民健康・栄養調査結果によると、日本人(20歳以上)の葉酸の摂取量は平均で1日当たり303マイクログラムであり、その供給源は野菜が最も多く115マイクログラムと約38%を占める。その内訳は、緑黄色野菜が48マイクログラム、その他の野菜が62マイクログラム、野菜ジュースや漬物が4マイクログラムとなっている。日本人の食事摂取基準2020年版では、葉酸の推奨量は成人では男女ともに1日当たり240マイクログラムであり、平均値で見る限りは適切な摂取量付近にある。妊娠を計画している女性、妊娠の可能性がある女性、妊娠初期の妊婦は、これら食事からの葉酸にプラスしてサプリメントとしての葉酸摂取が勧められる。また、妊娠中期以降および授乳期には1日当たり240マイクログラムの食事からの葉酸摂取が付加される。

なお、野菜には、葉酸以外に、カロテノイドをはじめとする各種のビタミン、多様なポリフェノールが含まれており、これらが動脈硬化などに関与している可能性も考えられる。

注3:プテロイルモノグルタミン酸は葉酸の化学名である。

注4:仮説として考えられる要因を持つ集団(曝露群)と持たない集団(非曝露群)を数年間にわたって追跡調査を行い、両群の疾病の罹患率または死亡率を比較する方法。どのような要因を持つ者が、どのような疾病に罹患しやすいかを究明し、かつ因果関係の推定を行うことを目的としている。

カルシウム

野菜はカルシウムの供給源としても重要である。日本人のカルシウム摂取水準は低く、平均で1日当たり500ミリグラム程度であり、成人男性の推奨量750ミリグラム、成人女性の目標量650ミリグラムよりも少ない。特に女性では骨の健康との関係でカルシウム摂取量を増やすことが望まれる。

カルシウムの供給源としては牛乳・乳製品が勧められるが、野菜からの供給も多い。平成30年(2018年)の国民健康・栄養調査結果によると、日本人(20歳以上)のカルシウムの摂取量は平均で502ミリグラムであり、その供給源は牛乳・乳製品が最も多く138ミリグラムである。野菜からの供給量は91ミリグラムであり、牛乳・乳製品に次いで多い。その内訳は、緑黄色野菜が39ミリグラム、その他の野菜が45ミリグラム、野菜ジュースや漬物がミリグラムとなっている。カルシウムは、だいこんやかぶの葉、モロヘイヤ、こまつななどに多く含まれている。

とめ

以上、日本人の食事摂取基準2020年版の紹介と、野菜摂取の意義の一部を紹介した。野菜にはほかにもさまざまな健康効果が期待できる。現在以上に少しでも摂取量を増やすことが望まれる。

参考文献

(1) 厚生労働省 「日本人の食事摂取基準(2020年版)」策定検討会報告書 https://www.mhlw.go.jp/content/10904750/000586553.pdf

(2) 厚生労働省「平成30年国民健康・栄養調査報告 第1部 栄養素等摂取状況調査の結果」https://www.mhlw.go.jp/content/000615343.pdf

上西 一弘(うえにし かずひろ)

【略歴】

女子栄養大学 栄養生理学研究室 教授

管理栄養士、博士(栄養学)

1984年 徳島大学医学部栄養学科卒

1986年 徳島大学大学院栄養学研究科 修士課程修了

食品企業の研究所を経て、1991年に現在の女子栄養大学に勤務

2006年4月より現職


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