東海大学大学院農学研究科 大学院生 富永 悠幹
東海大学農学部バイオサイエンス学科 食品生体調節学研究室 教授 永井 竜児
Esculeoside A(以下「エスクレオサイド A」という)はトマトの成熟果実に含まれており、熊本大学薬学部の野原稔弘教授(現、名誉教授)と大学院生であった藤原章雄氏(現、同大学医学部講師)のグループが、2003年にトマトの化合物を単離する過程において世界で初めて構造の決定に成功した(注1)。その後、野原教授、藤原氏と永井らが共同研究を行い、2007年に同成分の動脈硬化に対する抑制効果が確認された(注2)。本稿では、動脈硬化発生のメカニズムとともに、エスクレオサイドAについて紹介する。
注1:参考文献1
注2:参考文献2
人の血管は内側から内膜、中膜、外膜の3層構造となっており、さらに血液が流れている部分は血管内腔である(図1)。
実際に動脈硬化が進行する部位は内膜であり、具体的には以下のようなメカニズムで進展する。血管内腔中に存在している単球が(注3)、血管内膜に入り込みマクロファージ(注4)に分化して、侵入した細菌や老廃物を探して除去する警備員の働きを担っている。食習慣や生活習慣の不良が続くと血液中の低密度リポ蛋白(LDL)(注5)の濃度が高くなるが、それに伴ってLDLは内膜へと侵入し、酸化変性を受けたLDL(変性LDL)へと変化する。LDLは血液を介してコレステロールや中性脂肪を各組織に運ぶ大切な運搬船であるが、一度、酸化して変性LDLになると、マクロファージに異物として認識され捕食されてしまう。
その後、マクロファージは、変性LDL由来でエステル化を受けたコレステロールをため込んだ泡沫細胞へと変化する。泡沫細胞は顕微鏡で観察すると泡がたっているように見える細胞のことであるが、これは変性LDL由来のコレステロール(脂質)がマクロファージ内に移り、細胞内の水と混ざらず油滴となるために観察される。この泡沫細胞が内膜に蓄積していく過程では痛みを伴わず、知らず知らずのうちに血管内膜のコブが肥大し、ある日突然血流が遮断されてしまう(図2)。本疾患は脳や心臓などといったさまざまな部位で発生するが、自覚のないまま進行し、脳梗塞や狭心症などのような致命的な疾患に発展することが多い。また、一度発症すると完治が困難である病気でもあるため、動脈硬化を発症する前に予防することが最も重要である。
注3:白血球の一種で最も大きなタイプの白血球。マクロファージや樹状細胞に分化することがある。
注4:白血球の一種。 生体内を回り、死んだ細胞やその破片、体内に生じた変性物質や侵入した細菌などの異物を捕食して消化し、清掃屋の役割を果たす。とくに、外傷や炎症の際に活発となる。
注5:ヒト血清中の主なリポ蛋白には、高密度リポ蛋白(HDL)、低密度リポ蛋白(LDL)、超低密度リポ蛋白(VLDL)、カイロミクロン(CM)などがある。LDLは、肝臓で作られたコレステロールを全身に運ぶ役目をするが、血液中に増えすぎると血管壁の細胞内に蓄積して動脈硬化を引き起こす原因となり、一般的に「悪玉コレステロール」と呼ばれている。
先の図2に示す通り、動脈硬化の進展には泡沫化マクロファージの生成および蓄積が関与している。そのためマクロファージの泡沫化を抑制することで動脈硬化の進展を予防することが可能と考えられる。これまでにマクロファージの泡沫化を抑制する機能性成分としてトマトに含まれるエスクレオサイド Aが腸内細菌の働きでアグリコン(注6)となったエスクレオゲニンA (esculeogenin A)(図3)(注7)が強い作用を示すことが明らかとなっている(注8)。さらに、このエスクレオサイドAは、現在までの研究でトマトにのみ確認されている成分であり、マウスを用いた研究において動脈硬化部位の減少が報告されている成分である。
注6:糖鎖の結合した化合物(配糖体)から糖鎖が外れた化合物のこと。
注7:参考文献1
注8:参考文献2
トマトといえば、抗酸化力を持ち、機能性が注目されるリコピンがよく知られているが、エスクレオサイドAのようなサポニン(注9)は、トマトに含まれていないと考えられていたことや、エスクレオサイドAにはUV吸収(注10)がほぼないことから、あまり注目されていなかった。しかし、ミニトマトにおいてエスクレオサイドAはリコピンの21倍、大玉トマト(桃太郎)では9倍の濃度が含まれており(図4)(注11)、成熟するにつれてその含量は増加する(図5)。
エスクレオサイドAの動脈硬化抑制作用を報告したのは2007年であるが、その後積極的な広報活動がなされてこなかったことから、学術的に存在は知られていても一般の方に知られる機会はほとんどなかった。しかし、近年トマトに含まれる含有量の高さや機能性の価値が見直され、メディアでも取り上げられるようになってきた。
注9:サポゲニンと糖から構成される配糖体の総称
注10:物質に紫外線を通過させるとき,紫外線部に吸収があるために現れるスペクトル。 UVスペクトルともいう。
注11:参考文献3
機能性成分の摂取方法というと簡単に摂取が可能なサプリメントと考えられがちであるが、トマトに含まれるエスクレオサイドAを有効に摂取するには、ミニトマトを1日に2~3個食べることをお奨めしたい。注意すべき点としては、エスクレオサイドAは熱に弱いため、衛生上、高温殺菌が必要なトマト加工食品にはほとんど含まれていないことが報告されている。そのため現状では生食が最も効率よく摂取できると考えられるが、短時間であれば残存することから、例えばトマト鍋やトマト味噌汁では、調理工程の最後に加えるなど工夫すれば問題なく摂取することが可能である。また、 エスクレオサイドAに限らず食品に含まれる機能性成分は、週に一回、大量に取るのではなく、毎日の食事に少しずつ取り入れることを心掛けたい。
エスクレオサイドAは色がないため検出が困難、長時間の高温調理には弱いなどの問題点もあるが、トマトの含量ではリコピンより多く、また熱をかけるとたちどころに分解してしまう化合物ではない。また、品種によって含有量は異なるが、ほぼ全てのトマトに含まれている。今後、エスクレオサイドAを含む加工食品の開発が進めば、動脈硬化予防食品として活用することもできる可能性がある。
(参考文献)
1 Fujiwara Y et al: Tomato steroidal alkaloid glycosides, esculeosides A and B, from ripe fruits. Tertahedron 60 (22) : 4915-4920, 2004
2 Fujiwara Y., Kiyota N., Hori M., Matsushita S., Iijima Y., Aoki K., Shibata D., Takeya M., Ikeda T., Nohara T and Nagai R. Esculeogenin A, a new tomato sapogenol, ameliorates hyperlipidemia and atherosclerosis in apoE-deficient mice by inhibiting ACAT. Arterioscler Thromb Vasc Biol. 27, 2400-2406, 2007
3 Katsumata A, Kimura M, Saigo H, Aburaya K, Nakano M, Ikeda T, Fujiwara Y, Nagai R. Changes in Esculeoside A content in different regions of the tomato fruit during maturation, and heat processing. J. Agric. Food Chem. 59(8):4104-10, 2011