農林水産省 農林水産政策研究所 企画広報室長 吉田 行郷
近年、農業サイドと福祉サイドが連携して農業分野で障害者の働く場、居場所を作ろうとする取り組み(以下「農福連携」という)が進展しており、社会福祉法人やNPO法人(以下「社会福祉法人等」という)から「施設外就労」(注1)の形で,障害者が農家で農作業の手伝いをする動き、社会福祉法人等が自ら農業を行ったり、運営している障害者福祉施設に農業法人を併設させる動き、逆に農業法人が障害者福祉施設を立ち上げる動きもみられ、近年、農福連携の取り組みは多様化してきている。
また、大型の農業機械を使用して粗放的な生産を行える水田作に比べると、植え付け、収穫などの時期に多くのマンパワーを必要とする野菜を中心とした園芸作は、特に農福連携との親和性が高く、取り組み事例も多くなっている。
本稿では、こうした野菜を中心とした園芸作の現場における取り組みを紹介し、今後の課題について考察する。
注1:社会福祉法人等が作業を外部から受託し、自ら運営している障害者福祉施設を利用する障害者に同施設の職員が随行する形で作業の委託元に出向いて、職員の指導の下で障害者が作業を行うという就労形態を指す。委託元としては、工場、商店、農家などがある。
農業経験のない障害者がいきなり農作業を行うことや、障害者の特性がよくわからない農家が障害者を雇用することには高いハードルがある。しかし、障害者を活用したい農家や農業法人が、社会福祉法人等に農作業を委託し、受託した社会福祉法人等の障害者が、「施設外就労」という形で援農することでハードルを乗り越えている事例が増えつつある。そして、そのような取り組みを支援すべく、行政部局やJAが間に入り、両者をコーディネートしたり、障害者の就労に関心のある農家、農業法人、社会福祉法人等が情報交換する場を設けたりする支援が各地で行われ始めている。
本節では、その先進的な取り組みとして、香川県の支援策を紹介する。同県では、NPO法人香川県社会就労センター協議会(以下「同協議会」という)が共同受注窓口となり、「作業を委託したい」農家などと「作業を受託したい」社会福祉法人等をマッチングする支援を実施している(図1)。
香川県では、2009年度ににんにくの収穫作業で人手が不足している農家に、作業を受託できる障害者福祉施設を斡旋する取り組みを試験的に開始した。その後、この取り組みが本格化し、2018年度現在では、同協議会のメンバーである約90の障害者福祉施設のうち、施設外で障害者が作業できる態勢にある33施設が参加しており、実施面積38ヘクタール、作業料金収入1374万円というところまで事業が拡大している。実施する作業も2016年度には20品目(作目)、74項目まで増加している。その背景には、作業を委託する農家が、障害者の障害特性や作業能力に対する理解を深めたことがある。作業受委託が発展し、障害者を直接雇用する農園も出現している。
同協議会では、こうした取り組みが農家の収益向上にも結びついていることが、取り組み拡大に結びついたと評価している。具体的には、①農家の農繁期などにおける安定した労働力の確保、②担い手農家で、規模拡大や営業に充てられる時間の増加、③重量品目(たまねぎ、キャベツなど)や高齢農家の労働力として力を発揮することによる営農の継続、④適期に短期間で収穫できることによる品質向上、といったメリットが委託元の農家にあることから参加農家からの依頼面積も拡大している。
他方で、障害者福祉施設側にもメリットがある。具体的には、①障害者の工賃の引き上げが可能になる、②汗をかく喜び、体力づくり、ストレス発散、農家や自然とのふれあいといった、内職的な作業にないメリットを享受できる、③地域農業の振興の面で社会貢献ができ、それを職員・障害者共に実感できる、といった点が挙げられている。
このように、農業サイドと福祉サイドが連携することで、両サイドにメリットがある関係を構築できることが香川県などの先進地での取り組みから明らかになっており、園芸作地帯を中心に全国各地で実績が拡大しつつある。
農家・農業法人からの農作業の受託を続けることで、農業に関する技術を蓄積させ、次の段階として、自ら農業を始めている社会福祉法人等が増加している。
本節では、長野県小布施町で農業に取り組む社会福祉法人くりのみ園(以下「くりのみ園」という)を紹介する。同法人の理事長は、長年、障害者に対する生活介護の日中活動として農業にも取り組んでいた社会福祉法人で働いていたが、今の時代に合った農業型の福祉を目指して、1997年にくりのみ園を設立し、自然循環農法による農業に取り組み始めた。
自然卵の養鶏から開始し、徐々に園芸作や水田作にも取り組み、次第に農業活動を拡大し、現在は、養鶏3500羽、経営農地面積10ヘクタール(うち野菜作3.5ヘクタール)という経営規模を実現している。近年は、農産加工、農産物直売にも取り組み、これらの取組規模も拡大している(表1)。
園芸作部門では、露地野菜、とりわけ信州伝統野菜である小布施丸なす、八町きゅうり、沼目しろうりなどの生産に取り組んでいる。
また、①自然農法を行う近所の篤農家から技術支援を受けるとともに、②2010年に認定農業者となり、③2013年には6次産業化認定事業者、となった。これらによって、農業サイドからの支援を上手に使いつつ、経営規模の拡大、農産物の高付加価値化に取り組み、4000万円弱の就労支援事業収入(2019年度)を達成している。障害者の工賃も、就労継続支援A型事業所(注2)で1カ月当たり約10万円、就労継続支援B型事業所(注3)で同2万7000円を実現している。
注2:一般企業などでの就労が困難な人に、雇用契約に基づいて就労する機会を提供するとともに、能力などの向上のために必要な訓練を行う事業所のことである。
注3:一般企業などでの就労が困難な人に、雇用契約に基づかないで就労する機会を提供するとともに、能力などの向上のために必要な訓練を行う事業所である。
社会福祉法人等との交流・障害者の体験受け入れ、障害者による農作業の手伝いなどを一歩進めて、農家や農業法人が自ら障害者を雇用するようになり、やがて、障害者雇用を積極的に拡大することで経営の発展に結びつけている事例が出てきている。本節では、そうした取り組みの先進事例として有限会社岡山県農商(以下「岡山県農商」という)を紹介する。
岡山県農商の代表は、1989年に岡山市内で農業に新規参入し、ねぎの生産を開始している。規模拡大を進めるうちに、社会福祉法人のグループホームと同社の圃場が隣接したことをきっかけに、グループホームに住む障害者と圃場でのいも堀り交流を始めている。交流を通じて障害者と農作業との相性の良さを認識し、通年で作業のある青ねぎづくりなら障害者を雇用できると考え、最初は1人を雇用するところから始めている。
その後、経営面積の拡大とともに雇用労働力を拡大する必要が生じ、1998年に経営を法人化し、同時に障害者の雇用人数も拡大している。次第に経営規模が拡大する中で、障害者を本格的に雇用するには現行の体制では困難であると判断し、2008年に障害者が所属するNPO法人岡山自立支援センター(以下「岡山自立支援センター」という)を別途設立した。これにより、岡山県農商が障害者を直接雇用していたのを、障害者の所属先であるNPO法人へ作業委託を行なう形へと体制を変えている(図2)。
この体制変更を受けて、周辺の高齢化した農家からの農地を借り受けてほしいという要望に対応できるようになり、それを岡山県農商が引き受け、増加する作業を岡山自立支援センターが相次いで障害者福祉事業所(1ユニット20人前後の障害者が所属)を立ち上げて、雇用する障害者を増やすことで対応してきている。これらの事業所では、いずれも継続支援A型事業所として雇用契約に基づく高い工賃を実現している。
岡山県農商では、このように施設を次々に増設しつつ、経営規模も拡大させてきており、2018年現在の経営面積は10ヘクタール(ねぎ、ミニトマト合計)、働く障害者は73人に達している。
なお、2018年7月の豪雨の川の氾濫により、岡山県農商は大きな被害を受けたが、地域住民など、ボランティアなどの協力で同年10月には収穫ができるまでに復旧し、被害が大きかった箇所については、災害復旧事業で土砂の撤去を行うなど、圃場の復旧が進められている。
以上で見てきたように、園芸作を中心に、農福連携の取り組みが拡大してきているが、他方で農業関係者の障害者に対する誤解(農業はいろいろなことを1人でやらないといけないのでプロ農家でも大変であり、障害者にはとうてい無理など)や、障害者の関係者の農業に対する誤解(農業は集中力が必要で複雑そうで、障害者は集中力が続かなかったり、複雑な作業ができないので、障害者には向いていないなど)が、取り組み拡大の大きな阻害要因になっている。また、人手不足で困っている農業者と農作業を行いたい社会福祉法人等は、近接していても交流が全くないことも多く、出会いの場が欠如している。
農業関係者、障害者の関係者それぞれの誤解を解くには、実際に障害者が農作業を行っている現場を見てもらうのが一番効果的である。そういう現場を見てもらうことで、1人でなんでもやらなくても、作業分担し、任された作業に集中して、しっかりやれば、障害者でも農業はできること、あるいは作業を切り分けることでお手伝いが可能になること、また、ちょっとした配慮で障害者のやれる作業が大きく拡大することなどを理解してもらうことが必要である。
その上で、労働力が不足している農業者と農作業を手伝いたい社会福祉法人等をマッチングすることが効果的と考えるが、そのためには、 香川県などの先進地域で行われているように、農業サイドと福祉サイドが連携することによって、相互理解促進のための体験・交流や請負作業のマッチングなどのサポートを実施していくことが重要と考える。
吉田 行郷(よしだ ゆきさと)
【略歴】
東京都武蔵野市出身。
1985年に農林水産省入省。
2005年より同省農林水産政策研究所にて勤務。
2015年筑波大学にて博士(農学)を取得。