東京理科大学 経営学研究科
教授 生越 由美
2015年6月に始まった「地理的表示保護制度(注)(以下「GI制度」という)は、日本で定着しているのか。そして、今後法改正や新しい条約が執行されるが、何が変わるのか。GI制度の現状と将来を概観する。
このGI制度とは、100年以上前にフランスのワイン生産者が「ボルドーワイン」の偽装問題に苦しんだ結果、フランス政府にワイン組合が要望して成立された法律が原型となっている。この法律は本当の生産者以外に「地名ブランド」を勝手に使用させないというものであった。その後、世界100カ国以上で導入された制度である。
現在、日本の農林水産物や加工品は、日本やアジア諸国で勝手に地名ブランドが使用されたり、偽物が販売されたりすることが多い。このような実態を考えると、GI制度は日本の生産者にとって活用すべき重要な制度である。しかし正直な話、まだまだ日本の生産者はGI制度のメリットを理解していないと思われる。2018年12月30日に環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定(以下「TPP11協定」という)が発効され、さらにGI制度のメリットが大きくなるのに実にもったいない話である。
注:法律の正式名称は「特定農林水産物等の名称の保護に関する法律 (地理的表示法)」
第1の理由は、多くの日本人がGI制度を知らないこと。マスコミへの露出の少なさが一つの要因と考えられる。例えば、全国紙である朝日新聞(1984年8月4日~2018年11月5日)、読売新聞(1986年9月1日~2018年11月5日)、毎日新聞(1987年1月1日~2018年11月5日)、産経新聞(1992年9月6日~2018年11月5日)の4紙を検索すると、「地理的表示保護制度」のヒット件数は256件とあまり多くない。
これは、GI制度の導入時期が時代に遅れたためと考えられる。実は、日本社会では2000年頃から「地域資源」に大いに注目が集まっていた。「今治タオル」、「豊岡カバン」、「南部鉄器」などの工業製品や伝統技術の地域がブランド化を目指して立ち上がり始めていた。また、「富士宮焼きそば」、「八戸せんべい汁」などのB1グランプリなども大きな話題になった。この流れを受け、特許庁は「地域団体商標」を2006年に導入した。このように地域資源に注目が集まる時代だったため、地域団体商標のマスコミ報道はかなり多かった。前述と同様に新聞検索したら、「地域団体商標」のヒット件数は合計1054件もあり、「地理的表示保護制度」の4倍である。報道は社会の変化に敏感なためと考えられるが、国民がGI制度を知る機会が少なくなってしまったことは残念である。
第2の理由は、多数の法律が錯綜していること。食品の産地偽装事件が起これば、「不正競争防止法」、「日本農林規格等に関する法律(JAS法)」、「不当景品類及び不当表示防止法(景品表示法)」、「酒税の保全及び酒類業組合等に関する法律(酒団法)」、「商標法」など、さまざまな法律で提訴されている。例えば、2007年に起こった宮崎地鶏の偽装事件の際はJAS法違反とされた。他の事件では不正競争防止法であった。生産者から見ると、どの法律が農林水産物のブランドを保護するのに有効なのか分からないのが現状であろう。
第3の理由は、「GIマーク(図1)」の認知度が低いこと。これは第1の理由と関係するが、制度の詳細を知らなくても、マークを知っているケースは多い。例えば、グッドデザインのマークは、1957年にデザイン盗用問題を背景に通商産業省(現・経済産業省)が創設したグッドデザイン商品選定制度を前身とし、工業製品からビジネスモデルやイベント活動など幅広い領域を対象とし、第三者からの推奨ではなく当事者による出費を伴う応募製品の中から選定される賞だと知らなくても、「デザインが良いというお墨付き」との理解がかなり浸透している。つまり、GIマークを目印に購入する消費者が少ないことが、生産者がGI登録をしようという意欲を阻害していると考えられる。
第4の理由は、GI制度のメリットが知られていないこと。GI登録を目指して出願し、審査を経て、登録が決まったら、9万円を支払えば、きちんと明細書通りに作っている限り、「GIマーク」は永久に使用できる。商標権の維持費用やグッドデザインマークの使用料に比べればかなり格安である。また、侵害品が流通した場合、組合で訴訟対応しなくても、農林水産省に通知すれば国が対応してくれる。GIマークは農林水産省が国内外で商標権を登録しているため、国内外での権利主張ができるようになっている。さらに、「経済上の連携に関する日本国と欧州連合との間の協定(日EU・EPA)」やTPP11協定などの条約に基づき、外国でも日本のGIが保護される方向で話が進んでいる。このようにGI制度のメリットは大きいがほとんど知られていないのが極めて残念である。
上記した4つの理由から、日本のGI登録が遅れていると推察している。
現在のGIの登録件数は69件である。GI制度の発祥地のフランスの登録件数は248件、次にGI制度が導入されたイタリアは298件である(2018年11月4日現在)。
他方、日本の特許庁に登録されている「地域団体商標」の数を見ると全体で642件もある。特許庁は2018年2月1日からこのマーク(図2)の使用を開始した。
次に、野菜の区分でGI登録と地域団体商標を比較する。現在、野菜のGI登録は23件(表1)であり、地域団体商標は3倍の60件(表2)もある。
GI登録の要件には、社会的評価を受けた優良な品質や歴史的・文化的な背景を説明することが求められ、単発的・一時的なものではなく、確立した評価(おおむね25年以上)である必要がある。このため、新しい野菜はGI登録をすることはできない。25年以上の歴史のある野菜が地域団体商標にたくさん登録されているし、商標登録されているものの中から25年以上の歴史を持つようになった野菜は、将来的にGI登録されるものもあると考えられる。GI登録と地域団体商標の両者を持つことが重要であるが、両者を持つメリットが分かりにくいのだと思われる。
両者を持つメリットとは、GI登録は野菜として販売するときには有効であるが、加工品としてもGI登録をしていなければ、加工品となるとGIマークを付けることが出来なくなる。すると、加工品にその原料を使っていない模倣品が入り込んでくる。例えば、夕張メロンをゼリーに加工した場合、GIマークを付けることが出来ない。しかし、「夕張メロン」は商標登録(地域団体商標ではなく、普通の商標登録)をしているので、加工品になってもブランドコントロールができる。このように両者を持つとブランドコントロールの範囲が広がるのである。
現在までGI登録をしている69件の地域を都道府県毎にまとめる。現在、福井県が6件と多く、岩手県、鹿児島県が4件と続いている(表3)。1件もGI登録が無い都県もある(図3)。
特筆すべき点は、イタリアの組合が日本でGI登録していることである。「プロシュット ディ パルマ」であるが、「イタリア共和国エミリア=ロマーニャ州パルマ県内の一部地域((ア)エミリア街道から5キロメートル以上南に離れ、(イ)海抜900メートル以下であり、かつ(ウ)エンザ川(東端)及びスティロネ川(西端)に挟まれた地域)」を特定農林水産物等の生産地とする。海抜900メートル以下など、厳密に地域を規定することの重要性が感じられる地域の区分となっている。
「環太平洋パートナーシップ協定(TPP)」に整合するため、国内のGI法が2016年12月に改正された。
例えば、改正法23条。日本と同等の地理的表示保護制度を有する外国と個別の二国間等の国際協定によるGI相互保護を可能とするものである。これは、直ちに日本の地理的表示の保護範囲の拡大を意味するものではないが、将来的に世界的な保護を受けやすくなることが期待できる。
改正法23条では、地理的表示の相互保護が成立した国(TPPに加盟していない国を含む)に対しては、個別に地理的表示申請を行うことなく、その国において地理的表示が保護されることになる。つまり日本でGI登録をしていれば、相互保護条約を結んだ国で自動的にGI登録されることになる。外国でGI登録を行うのはコストと時間がかなりかかるのでこのメリットは大きいと考える。
2018年12月30日に発効されるTPPのように複数国の間の条約であればメリットはかなり大きい。TPPでは、GI保護または認定のためにTPP協定締約国が守るべき手続を規定している。この規定に従ってGIを相互に保護し、または認定する場合の手続も定められているのである。つまり、日本で国際協定に従ってGIが登録された場合、TPP11協定加盟国でもGI登録されたものとなる。これを機会に、GI登録を検討してはどうか。
日本の農林水産物は安全安心でおいしいと評価が世界的に高い。近年では、味醂や味噌などの調味料にも関心が高まっている。少し油断すると、全く違う野菜にシールだけ貼って売る事例が多発する。日本の本物の野菜・加工品などの食材を世界で販売するにはGI登録などのブランド管理が必須である。
食品ブランドをGIで守りながら、世界の人々を日本の食品で健康にしませんか?
参考文献
(1) 農林水産省ホームページ(http://www.maff.go.jp/j/shokusan/gi_act/index.html)
(2) 特許庁ホームページ(https://www.jpo.go.jp/torikumi/t_torikumi/t_dantai_syouhyou.htm)
生越 由美(おごせ ゆみ)
【略歴】
2018年から「ハイテクMBA(=東京理科大学 経営学研究科 技術経営専攻)」に所属。
1982年 東京理科大学薬学部卒業後、特許庁入庁。
2003年 政策研究大学院大学助教授を経て、
2005年~東京理科大学教授。
2002~04年 信州大学大学院非常勤講師(兼任)、
2007年~ 情報セキュリティ大学院大学客員教授(兼任)、
2008~2014年 放送大学非常勤講師(兼任)。
伝統&先端技術、農業&医療分野の知財戦略を研究。
知的財産戦略本部コンテンツ・日本ブランド専門調査会委員などを務めた。
現在、各省庁の委員会委員などを務めている。