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話題(野菜情報 2018年8月号)


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産地に一番近い野菜スイーツを目指して

パティスリー ポタジエ オーナーパティシエール 柿沢 安耶

はじめに

私がフランス語で家庭菜園を意味するPotagerポタジエという野菜スイーツ専門店を東京・中目黒に開店してから、今年で13年目となります。もともと“健康オタク”が高じて料理の世界に足を踏み入れたのですが、ちょうど有機JAS法が創設されたという時代背景もあり、当初は有機野菜を使ったレストランを経営しました。多くの料理学校の生徒がそうであるように、料理を学んでいたとはいえ、実際に畑に足を運ぶチャンスというのはほぼなく、東京生まれ、東京育ちの私は店頭で販売される冷たい野菜しか知りませんでした。しかし、経営者として、またシェフとして農業の現場を訪問し、生産者と交流を深めていく間に、多くの気づきがありました。この時の出会いがきっかけとなり、もっと野菜や農業の事を知りたい、捨てられてしまう規格外の野菜を活用したい、生産者のお役に立てる事業は何だろうと考えるようになりました。

野菜スイーツが誕生した背景

皆さんが「野菜スイーツ」と聞いて想像するのは、どんなものでしょうか。甘みや風味、食感や野菜の色彩を生かすことに加えて、私は、やえぐみ、苦みといった、一般的にはマイナスに思われがちな素材の特徴も個性として引き立てることを念頭に置いています。また、商品開発にあたっては、「それを自分の家族に食べさせることができるか」ということを常に考えてきました。しかし一方で、健康志向を意識しすぎると敷居が高くなり、一般客を拒絶してしまうというジレンマもありました。そんななか、「間引き人参のパイ」というメニューを作ったことが新たな道を開くきっかけとなったのです(写真1)。市場に出回らない野菜でもこんなに美しく、ちゃんと料理に使えるのだという、ある意味、チャレンジ的なメニューでしたが、野菜をデザートに取り入れたことへのお客様の驚きや感動は思いのほか大きく、新たなニーズを知る機会にもなりました。この経験をもとに、試作を重ねて誕生したのが野菜スイーツなのです(写真2、3)。

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なぜ野菜スイーツは難しいのか?農産物の商品化において大切なこと

野菜を使ったスイーツは難しいと言われます。理由の一つには、野菜産地では菓子を作る製菓業や飲食店の現場で、どのように野菜が使用されているのかを意外なほど知らない、ということがあるのではないかと感じています。

製菓業の現場では、冷凍の卵液を使っている店が多いということをご存じでしょうか?冷凍卵を使うことで、殻を割る作業が省け、さらに殻の混入やサルモネラ菌感染のリスクを軽減させることができるという理由が背景にあります。野菜は鮮度が命だと言われますが、異物混入を避けたい製菓業や飲食の現場では一次加工品の有無も商品開発のなかで重要なポイントです。

一次加工品といっても粉末なのか、ペーストなのか、アイスクリーム用なのか、ケーキ用なのか、用途によって質感やサイズも異なってきます。

現在、中目黒の店舗は、卵の殻を手で割り、野菜も生から調理することが可能な規模ですが、大規模な工場になるほど、そこで発生するリスクを回避するために素材の一次加工は必須条件となります。

また、商品化に当たっては特別な技法を必要とする場合もあります。当社で開発した商品に、国産の緑茶を使用したアーモンドドラジェ(注1)がありますが、全国を探し回った挙げ句、求めるコーティング技術を持つ工場は日本に1社のみということがありました。商品に仕上げるまでの過程は意外に複雑なのです。

注1:アーモンドをチョコレートでコーティングした製菓。

食べ物の世界は非常にコンサバティブ

食べ物の習慣や調理の慣習は、目に見えず、数値で計ることもできませんが、非常に深く私たちの潜在意識にすり込まれ、簡単には変えられないものでもあります。

実は、野菜スイーツを世に出した当初、フレンチのシェフから、絶対に食べないと拒絶されたことがありました。フランスのパティシエの世界では伝統的な製法、素材を重視するあまり、奇抜なことを嫌がる傾向があるのです。

また、あまり知られていませんが料理の世界では当たり前と思われることを、製菓専門コースでは教わらないことも多いのです。包丁の使い方、ましてや野菜の切り方、処理の仕方といったことは教わるチャンスがありません。こういったことも野菜スイーツが難しいと言われる理由ではないかと感じています。私の場合は、フランス料理から製菓の世界に飛び込んだ経験が強みとなり、商品開発の大きな助けになっていると感じています(写真4)。

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中身でも、パッケージでも勝負!

私たちの商品開発では、パッケージデザインも重視しています。ニューヨークやパリの店頭に並んでいても違和感がない「世界で売れる商品」を目指しているのです。「中身で勝負」というフレーズを農産物の商品開発の現場ではよく耳にしますが、手にとってもらわない限り中身まで到達しないのも事実で。数々の6次化商品を拝見するなかで、お客様への心づかいとして、また、消費者と商品の架け橋としてもパッケージデザインをもっと大切にすれば日本の農産物加工品の可能性が広がるのではないかと感じています

産地を支える仕組み作り

原材料となる野菜や果実の仕入れに関しては、しっかりした契約を結ぶのではなく採れる時期に採れるものを、という方針をとっています。自然相手の農業だけに、時には豊作で採れすぎてしまったので何とかなりませんかといった相談を受けこともあります

現在、通年で使用している野菜はこまつな、にんじん、トマト、ごぼうで産地リレーを上手く行い仕入れています。旬の野菜も使いますが「使い続けていける野菜、サスティナブルな産地作り」を大切に考えています。一日に何度も試作ができる製菓と違って、野菜づくりは試作が簡単にできません。一作、一作が勝負で。海外の野菜と比較すると同じ野菜とは思えないほどの違いを感じること多く、その度に日本の農業生産者の職人魂に心を打たれます

現在、店舗経営とは別に商品開発の依頼を受けています。これまで手掛けた農産物のお土産開発は数えきれないほどありますが、なかでも深く関わっているのはJA仙台との商品開発で。当時、スイーツショップのオープンに向けてJA仙台と共同で商品開発を行っていたのですが、その真っ最中に東日本大震災に見舞われたのです。管轄地域は大きな被害を受け、多くの生産者が農業生産をあきらめかけていました。JA仙台との商品開発は継続していましたが、生産者の離農の阻止や農業の継続をどのように支援していくかも同時に大きな課題として浮上してきましたそのためには、お菓子という「非日常」のものだけではなく、消費を増やすために日常のもの、毎日、食べてもらえる食品というコンセプトが必要となってきたのです

そこで、地場で昔から栽培されており、被災地でも無理なく生産できる大豆を活用していくこととなったのです。大豆は、醤油や味噌、納豆や豆腐の材料、また、未成熟の実はえだまめとして日本人になくてはならない食材ですが、新たな食べ方の提案として大豆のみで作ったパスタと大豆を丸ごと使ったヨーグルト開発ました。高齢化や離農、どこの産地も共通して抱える問題かと思いますが、昔からある食材を見直し、消費を確保することで安心して生産していただくというこの事例は、一つのヒントとるのではないかと感じています

食育活動で大切にしていること

野菜と農業に向き合うなかで、思いがけず小学校などから、食育の授業を依頼される機会も増えました。私の授業では、「自分で調理をする」「野菜を知る」「食べて発見する」という流れを大切にしています

不思議なことに、野菜が苦手な子どもでも、スイーツにしようとすることで興味を持ち自分で調理したから食べてみようという意欲もわくのです。人間が生きる上で、最も基本となる「食べる」ということに対する興味を引き出すとともに、苦手なものを克服した、自分でもできるんだ、という成功体験は子どもたちの自信につながるものと確信しています

さいごに

ポタジエの運営会社である「イヌイ」は「斬新で今までに聞いたことがない」というフランス語「INOUI」が由来で。今後も、前例にとらわれることなく、「産地に一番近いお菓子屋さん」をモットーに日本の農業に寄り添った活動をしていきたいと思っています

柿沢 安耶(かきさわ あや)

【略歴】

10代のころから料理研究家の下で料理を学び、世界的にも名高い料理学校であるフランスのリッツ・エスコフィエに短期留学。

栃木県で地場野菜を使ったカフェレストランを成功させた後、2006年に野菜スイーツ専門店である「potager(ポタジエ)」を東京・中目黒に開店。 野菜の新しい市場を作った先駆者として注目される。

近年は国産農産物を使ったお土産品の開発のほか、食育に関する書籍の執筆や講演も手がけている。

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