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話題(野菜情報 2018年7月号)


農業における科学技術振興の動き~野菜生産を中心に~

農林水産省 農林水産技術会議事務局 研究総務官 菱沼 義久

1 はじめに

強い農業の実現には、現場の課題を科学技術の力で克服していくことが不可欠です。このことは世界的な潮流となっており、特に、欧米を中心とする先進国では、ICTやロボティクスなどの最先端技術を活用して、各国それぞれの目的・営農形態に応じた最先端農業の展開を推進しています。ここでは、わが国の農業における技術開発の考え方や最近の農業、特に、野菜生産におけるイノベーション創出に向けた動きを紹介します。

2 農業分野における技術開発 ~二つの分野で推進~

農業分野における研究開発は二つの分野で推進していくことが重要です。一つは、担い手などの生産現場のニーズを踏まえて明確な開発目標を立て、企業や大学とも連携しながら、現場での実装を視野に入れた技術開発を推進します。すなわち、「現場ニーズ対応型の研究開発」です。もう一つは、国が中長期的視点で取り組むべき基礎的・先導的な技術開発を推進します。すなわち、「イノベーション創出のための研究開発」です。

(1) 現場ニーズ対応型の研究開発

この研究開発の中で、野菜生産に関するものでは、新たな資材などを組み合わせた低コスト高温対策技術と夏越し栽培体系の確立や、ドローンやじょう設置型気象データセンサーなどを活用した栽培管理効率化・安定生産技術の開発などに取り組んでいます。

(2) イノベーション創出のための研究開発

この研究開発では、①多方面の技術開発への応用や、②技術水準の飛躍的向上を可能とする基礎的技術の開発、③異分野の先端技術の導入により従来型技術の延長では実現不可能なブレークスルー(注1)を可能とする研究開発など、農産物などの生産・流通システムなどに変革をもたらすイノベーションを創出する技術開発を推進します。具体的には、ゲノム編集技術を用いた高機能性成分を有する野菜の開発や、センサー、ロボティクス技術などを導入した自律型の野菜収穫機の開発などが考えられます。

注1:科学技術などが飛躍的に進歩すること。

3 農業におけるイノベーション創出

欧米では、最先端技術を導入し、「精密農業」、これは、複雑で多様なバラツキのある農地・農作物の状態をよく観察し、きめ細かく制御し、収量・品質の向上および環境負荷低減を総合的に達成しようとする農業管理手法ですが、これを積極的に展開する流れとなっています。

ただし、オランダが先行しているトマトやパプリカなどを除き、施設園芸や露地野菜を対象とした精密農業は未だ進んでいません。さらに、日本の強みである緻密な栽培に基づく糖度や見た目などの高い品質を重視しようという考えは希薄です。また、センサー技術などの最先端技術は、世界に比較して、わが国で多く蓄積されており、わが国の強みを生かした「工業×農業」の融合が図られる可能性が高い状況です。

このことから、わが国では、水田農業の穀物生産だけでなく、野菜や果樹などについても、最先端技術を導入した農業、すなわち、スマート農業の技術開発を世界に先駆けて実施することとしています。現時点では構想段階ですが、例えば、多様なデータを自動センシングしてビッグデータ解析し、自動管理する技術や、スペック・機能の特化、ダウンサイジングなど、従来にない発想での自動作業農業機械の開発などが挙げられます。

また、もう一つの日本の強みとして挙げられるのは、ゲノム編集技術です。確かに、ゲノム編集技術の基盤的技術開発は、欧米が先行していましたが、トウモロコシやダイズなどの穀物が中心であり、野菜への研究はあまり進んでいません。そのような中で、今般、ゲノム編集技術により、血圧上昇を抑える効果のある機能性成分GABAを多く含んだGABA(注2)高蓄積トマトなどの新品種開発に成功しています。今後は、さらなるゲノム編集農水産物の開発や競争力のある国産ゲノム編集技術の開発を進めていきます。

注2:GABA(γ-アミノ酪酸)自然界に広く存在するアミノ酸

4 野菜生産におけるイノベーション創出に向けて

ここでは、具体的に、野菜生産における最先端技術の開発事例を紹介します。

 施設園芸の高度化

施設園芸では、さらなる生産性向上を目指した取り組みが進められています。例えば、施設内の環境制御は、温度、湿度、二酸化炭素濃度などを個別に制御する方法から、より高効率な制御を目指して統合的に制御可能なシステムへと技術が移行しています。また、最近では植物の物質生産能を最大限に発揮させるため、植物体情報の自動計測技術や、光合成能の見える化とそれに基づく収量予測技術が開発されています(図1)。植物体の成長を把握しつつ、環境制御によって収量をコントロールできれば、人員配置などの労務管理の最適化にもつながります。このように、植物、人、環境の三者を含めた、施設全体の管理を統合し高度化する技術開発を進めています。

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(2) ゲノム編集

内閣府の研究開発事業「戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)」において、ゲノム編集技術によるイネ、トマトなどの新品種開発が進められており、特にトマトについては、筑波大学などがゲノム編集により、GABA高蓄積トマトや、これまでより大幅に長持ちし完熟収穫できる日持ち性トマト、受粉作業の必要がない単為結果性トマトなどを開発しました。筑波大学では、数年内のGABA高蓄積トマトの市販に向けて取り組みを進めています。また、SIPでは、新品種開発と並行してゲノム編集農作物の社会受容の促進に向けた研究活動も実施しています。

(3) 先進的農業機械の開発

野菜生産においても、企業や大学などが、ロボティクスやセンサー技術を導入した農業機械を開発し、一部では市販化される動きも出てきており、スマート農業が展開されようとしています。例えば、企業では、AI(人工知能)を使ったトマト収穫ロボットの開発に取り組んでいますし、大学では、いちごの高品質流通に向けて、果実に全く触れることなく収穫可能ないちご収穫ロボットと非接触型個別容器を開発しています(写真1、2)。

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また、ロボット農業機械ではありませんが、農研機構革新工学センターが最近開発した野菜専用の機械として、ながいもの種いも切断装置、ほうれんそうなどの軟弱野菜の高能率調製機、主にキャベツを対象とした野菜用高速局所施肥機などがあります(写真3、4)。

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野菜生産の中でも、特に収穫作業は、稲作と異なり、ほとんどが人的作業となっています。最近では、加工・業務用野菜のキャベツの収穫機が、徐々に生産現場に普及していますが、大学や農研機構などでは、キャベツとたまねぎを中心に、露地野菜の収穫・運搬・集荷までのロボット化・自動化による省力体系の構築に取り組んでいます。

今後、このようなAIやセンサー機能などを導入した自律型の収穫機が開発されれば、生産現場の飛躍的な効率化につながることから、野菜生産を水田農業並の生産システムの水準に押し上げることを視野に入れつつ、研究開発を進めることとしています。

(4) 農業データ連携基盤の構築と拡充

現在、農業分野におけるICTの活用を推進するため、農業ICTベンダー各社の異なるシステムを連携し、さまざまなデータを共有・活用できる「農業データ連携基盤(データプラットフォーム)」の構築を進めています(図)。これにより、バラバラだった多くのデータが統合・分析できるようになり、農作物の収穫量や品質の向上、戦略的な経営判断が可能になるほか、データを活用した新たな農業ICTサービスの開発も可能になります。

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この取り組みは、2019年4月から本格稼働する予定で、現時点では、水田農業を中心にして、データの整備や活用が進められていますが、今後、野菜をはじめとする他品目にも対象を拡大していきます。さらに、農業データ連携基盤を、生産分野での利活用にとどまらず、流通から消費までのデータを連携・活用する取り組みにまで発展させていくことにより、野菜生産流通の宿命とも言える需給調整や適正な流通の実現に貢献することも期待されます(図)。

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5 むすびに

野菜は、品目毎に多種多様な機械開発が必要ため、水稲などの品目に比較して、機械開発が遅れています。特に、キャベツ、はくさいなどの重量野菜にあっては、ほとんどが人的労働力による収穫作業に頼らざるを得ないのが現状です。しかし、最近では、機械工学・情報工学と農学の融合により新たな生産体系が構築できるのではないかと期待されています。

今後も生産現場が持続的発展を遂げられるよう、産学官一体となった技術開発を推進してまいります。


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