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話題(野菜情報 2017年3月号)


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東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会に向けた
野菜生産について

農林水産省生産局農業環境対策課
農業環境情報分析官 栗原 眞

1 はじめに

東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会以下「東京オリパラ」という)の食材調達基準が昨年暮れに示されました。既にパブリックコメントも終了し、月17日に開催される公益財団法人東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会の「持続可能な調達ワーキンググループ」会議の中で議論され、本年月末までには公表される予定になっています。

2012年のロンドン大会以来、オリパラの開催は「持続可能性」を重視して行われることとされ、本調達基準においても、持続可能な食材調達をどのようにして行うのかという点を中心に、さまざまな観点が盛り込まれています。また一方で、東京大会開催基本計画の中では、「日本食の質の高さをアピールし、未来へと継承する」とされています。

日本の農産物は、世界的に見ても高い品質と安全性が備わっていると考えられますが、東京オリパラにおいて、いかにそれを世界中の人々に認めてもらい、その優秀性を発信していくか、これこそがまさに食材調達における最大の課題と考えられます。そしてその実現のためには、食材調達基準に適合する国産農産物の供給体制を確立していくことが急務となります。

さらには東京オリパラを一過性の祭典として終わらせるのではなく、わが国農産物が世界中に輸出され、日本の農業が新たな発展のステージに向かっていく、そういったレガシーにつなげていくこともとても重要なことだと言えます。

本稿では、東京オリパラに向けた、またオリパラ後の野菜供給を考える上で、農産物食材調達基準の位置付けや役割について考察をしていきたいと思います。

 農産物調達基準の概要

に農産物調達基準の概要を示しますが、持続可能性を確保するために必ず求められる要件が、①食材の安全確保、②環境や生態系との調和、③作業者の安全確保の点で、必要とされるレベルは国際的に通用するGAP(Good Agricultural Practiceの略でわが国農林水産省では「農業生産工程管理」と呼んでいます。であるGLOBALG.A.P.やJGAPAdvanceもしくはこれと同等の水準のGAP(例えばJGAPBasicなどということになります。従って、GAPの取り組みを行っていても、この水準に達していないものは東京オリパラに供給できないということになります。

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また、これらのGAP認証を取得した農産物以外を必要とする場合の、いわばセーフティーネットとして、農林水産省が定めた「GAPの共通基盤に関するガイドライン」に完全準拠した都道府県などのGAPに基づいて生産されたことを都道府県などに確認された農産物も供給できることにはなっています。

この基準の対象は生鮮食品と加工食品ということになりますが、生鮮食品については例外なくGAP取得が義務づけられるのに対して、加工食品の場合には全ての原材料にこの水準のGAP取得を求めるのは難しいなどの事情があることから、主要な原材料について可能な限りGAP取得品を求めるということになっています。例えば単一種類のカット野菜は生鮮食品ですが、複数種類のカット野菜の混合物は加工食品扱いですから、このような点にも留意が必要になります。

さらに、有機農業、農福連携、農業遺産トキ米や能登の棚田なども、推奨するものとして示されており、東京オリパラの食材として使われることにより、これらの取り組みを広く内外にアピールすることが期待されています。特に有機農業については、2006年に制定された「有機農業推進法」に込められた有機農業の取り組みの拡大への思いを汲んで、有機JAS規格を取らないものも対象とされています。

もう一つ重要なのが国産農産物の優先選択です。日本食の質の高さを世界に示すためには国産農産物を可能な限り使って飲食を提供していくことが当然不可欠となりますから、調達コストなどの理由で安易に外国産の食材が使われることの無いよう基準に明確に示されています。

なお、コーヒーやバナナなど、どうしても外国産で調達せざるを得ないもので、GAP認証の普及していない国々からの輸入農産物についても、環境や人権などの持続可能性に可能な限り配慮した取み(例えばフェアートレード認証(注)などに基づいたものを優先的に調達することとされています。

注:フェアトレードとは、発展途上国で作られた原料や商品を適正な価格で取引し、生産者の生活向上につなげる貿易の仕組みの事で、コーヒーやチョコレートなど、発展途上国での生産が多いものについて、国際フェアトレードラベル機構がフェアートレード認証を行っている。

 GAP普及の重要性

にわが国におけるGAPの普及状況を示しますが、特に調達基準を満たす国際水準GAPへの取り組みは%程度と欧州などの先進国と比べて著しく低くちなみにロンドン大会が開催された英国での国際水準のGAP普及率は青果物で7080%、国内で生産された農産物の大半を国内で消費してきた上に、品質が良くて流通上の問題が少なかったというわが国固有の事情はあるにせよ、「運転は上手だけど無免許」と比喩されるように、グローバルマーケットに出て行く上では必須の生産確認証明に当たるGAPへの取り組みが大きく遅れていることは否めない状況です。

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もちろん東京オリパラがいかに大きなイベントだとしても、その開催時期(7~9における全体の市場流通量と比べれば桁ぐらい小さな必要量ではありますが、この市場流通している青果物を得意先から大量に引き上げて東京オリパラに回すというのは容易でないことを考え合わせると、2020年までの間に国際水準GAPの取得を大幅に増やしていかなければならないことは自明です。

もしこのまま手をこまねいていれば、わが国での開催なのに一部の品目で国産農産物が十分供給できなかったり、東京オリパラ後にせっかく海外の人々やメディアが日本産農産物の優秀性を認識して是非輸出して欲しいと要望されても、国際流通の切符であるGAP認証が無いためにみすみすビジネスチャンスを逃してしまうということにもなりかねません。仮に輸出を考えない場合でも、東京オリパラを契機として国内流通にもGAP認証を求める動きが加速化していくことも予測され、GAP認証が新たな産地間競争の重要な要素の一つとなっていくことが十分考えられます。

一般的に産地レベルでのGAP認証取得には、指導者の育成確保、構成農家全体での合意形成、技術的な取組水準の向上、そして審査に要する物理的時間と、相当程度の手間と期間がかかります。のんびり構えていると2020年はあっという間に来てしまいますので急いで取り組む必要があります。

GAP認証取得にはコンサル料、審査料など一定の費用がかかりますが、図のように農林水産省で初年度分の経費を原則全額負担する補助事業を用意していますし、都道府県の一部でも同様の事業を措置しているところがありますのでこれらの活用を考えるのも有効な手段です。

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また、青果物の供給が不安定な真夏の大会であるため、猛暑・干ばつ、台風や大雨などの気象災害などさまざまな要因を考慮して、市場など流通関係者の強力なバックアップの下、産地と会場をつないでいく必要がありますし、大量の食事を一時に提供するため、カット野菜などの一次加工品や冷凍食品がケータリング事業者への供給の大半を占めることも予想されることから、これらの業界との緊密な連係プレーも重要となります。

 調達基準公表後の流れ

東京オリパラにおいては、食材調達基準の策定後に、具体的な食事の提供方針、すなわち提供対象者や提供場所ごとの提供の方法、食品安全衛生管理、栄養面の配慮、メニュー地域性のある料理やハラルなど多様な文化、宗教、食文化を考慮したもの、アレルギー表示やドーピング対策、国産食材の活用方策や日本の食文化の発信方法、食材調達基準の具体的適用など、選手村他の大会関係施設における飲食サービスのあり方を示す「飲食提供基本戦略仮称」が検討される予定です。

具体的な内容や検討スケジュールはこれから決まりますが、オリパラロンドン大会やリオ大会時の食材提供の様子などから類推すれば、例えば選手村の食事はマスコミの話題になりやすく高い情報発信力が期待されますし、メディアセンターのような所で外国のマスコミ関係者が食べる食事は、昨年の伊勢志摩サミット時を思い起こすと外国に日本の食材の品質の高さをアピールする格好の場となり得ます。こういったさまざまな要素をよく念頭に置いた上で、実際の東京オリパラへの青果物供給のあり方は、この検討状況を十分睨みつつ、かつスピーディーに進めていく必要があります。

 さいごに

東京オリパラへの食材の供給は、産地や流通関係者などから見てつの側面があると考えています。一つは、国際水準のGAP認証を取得した農産物で東京オリパラの食を供給できたという実績によって、わが国農業の国際的な実力を内外に示すこと。このためには、産地をはじめ関係者の皆様方に是非努力とお骨折りをお願いしたいと思っています。

そしてもう一つは、安全性、品質、食味などさまざまな点で優れた各産地の農産物を国内外に売り込む契機とすること。これはむしろ産地の皆様方にもっと欲を出していただいて、ハングリーになっていただく、そういうことなのではないでしょうか。

昨年、青森県立五所川原農林高校の生徒さん達が、りんごと米でGLOBALG.A.P.を取得して話題になりました。これから農業関係の世界に羽ばたいていく若い人たちが当たり前のように国際認証GAPに取り組む、そして世界を見据えながら日本の農業を担っていく。そんな夢のある日本農業の未来に向けて、東京オリパラが一つの転機になることを期待してやみません。


栗原 眞(くりはら まこと)


【略歴】
1958年生まれ
東京大学農学部卒
1983年農林水産省入省
2016年4月から現職


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