越谷市長 高橋 努
1 越谷市の現状・課題
越谷市は埼玉県の東南部に位置し、大宮台地と下総台地に挟まれた、面積60.24平方キロメートルの平たんな土地には、河川・用水が縦横に走り、古くから水田中心の農業経営がされてきた。また、河川の沖積によってできた肥よくな畑では、ねぎやこまつな、山東菜、えだまめなどが栽培されている。特にねぎの中には、東京・千住にあるねぎ専門の市場で取引され、「千寿葱」の名で販売されている高品質なものもある。
農地の宅地化が進み、人口33万人を擁する中核市となった今でも、市域の約5分の1は農地が残る。しかし、宅地化による営農環境の悪化や農産物の価格低迷、資材価格の上昇など、農業を取り巻く環境は厳しく、収益性の悪化が進み、他産業と比べて職業としての魅力が次第に低下し、農家の減少が続いている(表1)。本市の農業・農地を守るため、魅力ある農業の展開と担い手の確保・育成、市民理解の向上など、「持続的に農業が行われる環境づくり」に取り組んでいる。
2 高収益農業の展開と農業経営者の育成
都心から25キロメートルに位置する越谷市は、周囲に多くの消費者を抱える立地条件を生かして、天候に左右されにくく計画的な生産が可能な施設園芸や、食の安全・安心への関心の高まりやライフプランの多様化を背景に、消費者ニーズが高まる体験農業・観光農業など、収益性が高く、安定的・効率的な経営が期待できる農業を支援している。
平成22年度から開始した、高収益が期待されるいちご観光農園の経営者を育成する「都市型農業経営者育成支援事業」では、越谷市農業協同組合と連携し、越谷市農業技術センターの温室棟を活用して、いちご栽培技術の習得や観光農園の運営研修を2年間行い、26年度までの4年間に7名の担い手を誕生させた。農家出身の5名は自宅で就農し、非農家出身の2名は農業法人やいちご農家への就職を果たした。
この研修事業を通じて、観光農業に対する需要の高さと安定した農業経営の手応えを確信したこと、また非農家出身の就農希望者が就農できる環境づくりとして、越谷市が事業主体となり、栽培面積約1ヘクタールのいちご農園団地「越谷いちごタウン」を整備した(写真1)。借り受けた市内農家などにより、27年1月からいちご狩りが楽しめる観光農園として運営され、毎年約3万人の来園者でにぎわっている。
次に取り組んでいるのが、生産技術を継承する後継者の育成である。越谷市の特産品であるねぎやくわい、県内でも上位の収穫量を誇るこまつなやほうれんそう、えだまめなどは高品質なものが生産され、市場から高く評価されている。しかし、農業従事者の高齢化や後継者不足により、栽培技術が継承されない恐れがある。
27年度から、高品質なねぎの生産技術を継承する担い手を育成する「新規就農・農業後継者育成支援事業」を開始した。この事業は、「千寿葱」の生産者から直接指導を受けてねぎを栽培するとともに、専門の講師から就農に必要な経営知識を学ぶもので、生産したねぎは、千住のねぎ専門市場へ出荷するほか、JA越谷市農産物直売所「グリーン・マルシェ」で、自ら消費者にねぎを売る対面販売などを行う。現在2名が2年間の研修を受けており、ねぎを中心とした栽培体系での就農を目指している(写真2)。技術を継承する意欲ある後継者を育てることで、農業従事者の確保と江戸時代から続く良質なねぎの産地を守り、さらには越谷産ねぎ全体の品質向上・価格上昇につなげたい。
3 就農後のフォローアップと他産業との連携
2年間の研修で、全ての技術を習得することは難しい。研修中は指導者の下、仲間と相談しながら問題解決に取り組み、栽培できる環境にあったが、就農後は自らが考え、判断し、実行する力が必要である。
越谷市では現在、埼玉県春日部農林振興センター、民間事業者と連携し、新規就農者の定着と安定した農業経営が継続するよう、いちごの研修修了生に対し、圃場巡回や研修会の開催など、定期的なフォローアップを実施している(写真3)。市内全体で多くの集客を図るため、既存いちご農園との連携を欠かさないよう指導している。
また、いちごは加工用としての需要も高く、市内飲食店や洋菓子店の一部では越谷産いちごを用いたメニューや商品が提供されている。いちごは、市内全域で約2.5ヘクタールに作付けされているが、そのほとんどはいちご狩りで消費され、加工への供給量に限りがある。栽培管理や売り方の工夫、もしくは生産面積の拡大などで供給が増加されれば、商工業者とのさらなる連携が期待される。
さらに、いちご狩りや田植え・稲刈り、野菜の収穫などの農業体験は、観光資源としても注目されている。越谷市は平成27年6月に株式会社JTB関東と観光振興に関する包括連携協定を結び、地域資源に付加価値を加え、特色ある観光事業の展開に取り組んでいる。農業体験を盛り込んだモニターツアーの実施や、市内観光スポットといちご狩りを楽しめるサイクリングコースの設定など、農業と観光の連携は、都市近郊農業の振興に有効であると考える。
4 農業を続けていくために
限られた農地ではあるが、良質な農産物が数多く生産されている。また、周辺には飲食店や小売店、食品加工業などが多数立地し、農業は他産業との連携で、新たな産業振興の可能性を秘めている。さらに、農地には保水・遊水機能、ヒートアイランドなどの都市気象の緩和、田園風景が創るやすらぎ空間の提供など、さまざまな役割を備えている。
越谷市のような都市近郊農業は、多彩な機能を持つ農地を保全しながら、消費地が近いという利点を生かして、新鮮な農産物を供給できる強みがある。今後も地の利を生かして、安定的な農業経営が持続できるよう、さまざまな施策を展開していきたい。