国立研究開発法人 農業・食品産業技術総合研究機構
農業技術革新工学研究センター 総合機械化研究領域長 宮崎 昌宏
農林水産省は、平成25年11月にIT企業などの協力を得て産官学の有識者からなる「スマート農業の実現に向けた研究会」を立ち上げた。この背景には、農業生産者の高齢化や新規就農者の不足などの厳しい状況下で、農林水産業の競争力を強化し、農林水産業を魅力ある産業とするとともに、担い手がその意欲と能力を存分に発揮できる環境を創出することである。
26年3月の中間とりまとめでは、スマート農業とは、「ロボット技術やICTなどの先端技術を活用し、超省力化や高品質生産などを可能にする新たな農業」と定義した。また、スマート農業の将来像として、①超省力・大規模生産の実現、②作物の能力を最大限に発揮、③きつい作業、危険な作業から解放、④誰もが取り組みやすい農業の実現、⑤消費者・実需者に安心と信頼の提供の5つの方向性を示している。
ここでは、野菜栽培におけるスマート農業の研究・開発事例を紹介し、今後の野菜栽培を考える。
野菜生産においても農業従事者の減少や高齢化による労力不足が深刻化しており、ロボット技術による超省力生産や作業の軽労化が強く求められている。
トマト、いちごなどの果菜類は、収穫適期の果実のみを摘み取る選択収穫であり、収穫期間が長く、手作業の長時間労働が強いられている。そこで、国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構(以下「農研機構」という)農業技術革新工学研究センター(旧農研機構生研センター)では、農業機械等緊急開発事業(以下「緊プロ事業」という)(注1)において、民間企業と共同でいちごの収穫・パック詰めロボットを開発して市販化した。
いちご収穫ロボットは、収穫作業の効率化の観点からいちごをロボットの近くまでプランターごと運ぶ循環移動式栽培装置と組み合わせている。いちごの着色度を判定して、果実表面に触れることなく果柄を探して挟んで摘み取る。夜間に加え昼間でも収穫でき、収穫適期のいちごの約7割を無人で収穫できる(写真1)。
また、パック詰めロボットは、いちごの選果ラインの最終工程に設置され、果実を傷つけない方法で最大6個の果実を同時に扱え、慣行の手作業よりも4割程度の省力化が図れる。選果施設の処理能力が拡大されることで、いちご生産者がパック詰め作業から完全に解放され、よりきめ細かい栽培管理や規模の拡大が可能となり産地の活性化につながる。
ロボット技術は省力化ばかりでなく、作業者の労働負担の軽減にも威力を発揮する。和歌山大学が開発しているパワーアシストスーツは、ベストを着るように機器を身に着けてベルトで固定する。手足などに取り付けたセンサーが体の動きを感知し、腰の部分にあるバッテリー駆動のモーターの力で、農産物の運搬や根菜類などの収穫時の中腰姿勢、傾斜地の歩行などをアシストする。作業者のきつい作業負担を軽減することで、高齢者が働ける期間を延ばし、女性や若者の新規就農を促すことができる(写真2)。
注1:平成5年から農業機械化促進法に基づき、国レベルでの農業機械の試験研究を実施する農研機構生研センターと民間企業との共同研究により、高性能農業機械の開発を実施している。
高齢化に伴う熟練農業者のリタイヤは、今までに培われてきた高品質な野菜作りが喪失する危機に直面する。そのため、センシング技術(注2)やICTなどによるデータに基づくきめ細やかな栽培法や、農業機械のアシスト装置の導入による匠の技のデータ化が求められる。
緊プロ事業で開発している野菜用の高速局所施肥機は、GPS機能を活用して斜面畑においても高精度な肥料の散布作業を実現するとともに、初期生育の畝内上部と生育中後期の畝内下部の2段の局所施肥で多収を狙う。
農研機構北海道農業研究センターでは、近年市販化された加工・業務用向けのキャベツ収穫機の操作支援システムを開発している。キャベツ収穫機といってもロスのない収穫には、オペレータの熟練度が重要になる。そこで、収穫機にカメラやセンサー類を設置して機械操作の見える化を図り、新規オペレータでも熟練農業者が行っていた高精度な作業を再現する(写真3)。
注2:センサー(感知器)などを使用してさまざまな情報を計測・数値化する技術の総称。
以上のように現状の取り組みを紹介したが、今後は、収穫だけでなく運搬・除草などの重作業のロボット開発が求められる。従来の水準を超えた多収・高品質生産に対しては、施設内の高度環境システム、データに基づく最適なほ場管理システム等の開発に取り組まなければならない。さらに、消費者・実需者に安心と信頼を提供するため、非破壊分析の高度化やクラウドを活用した情報伝達システムの開発にも着手しなければならない。
野菜は多種多様であり、同じ作目であっても地域によって栽培体系が異なる。そのため、野菜栽培におけるスマート農業は、地域の立地条件や社会条件を生かし、品種や栽培様式、さらには流通コストも加味した戦略的でかつ体系的でなければならないと考える。
【略歴】
昭和31年11月生まれ
農林水産省入省後東北農業試験場、
農業機械化研究所、
四国農業試験場、
野菜茶業研究所、
中央農業総合研究センター、
旧農研機構生研センターを経て、
現在、農研機構農業技術革新工学研究センター 総合機械化研究領域長、筑波大学大学院生命環境科学研究科教授