話題(野菜情報 2015年8月号)


野菜のブランド化に求められるもの
~野菜を売りたければ、種子の物語を伝えなさい~

法政大学経営大学院 教授 小川 孔輔

 イタリア料理店「サイゼリヤ」の創業者である正垣泰彦会長の著書に、「おいしいから売れるのではない 売れているのがおいしい料理だ」(日経BP、2011年)という本がある。内容もさることながら、本のタイトルが秀逸である。「野菜のブランド化に求められるもの」でまず思い浮かんだのが、正垣さんの著書のタイトルだった。

 イタリア料理チェーンにおける「おいしさの原則」は、そのまま野菜にも適用できる。おいしい野菜が売れていると思ってはいけない。売れている野菜がおいしいのだ。だから、おいしい野菜を作る技術より以前に、売れる仕組みを作るほうが先決である。考え方を逆転させないといけない。

 世の中には、おいしいものがあふれている。消費者は、特別な理由がないと商品を手に取ってくれない。食べごろ(旬)で新鮮(鮮度)であれば、一般に流通している品種の野菜ならば、私たちの味覚をほぼ満足させることができる。競争相手はたくさんいる。その中から選んでもらうためには、食べたくなるストーリー(理由=物語)が必要である。農産品や農産加工品の場合、ブランディングの基礎となるのが物語性である。

 商品ブランドの背景に物語がある例としては、魚の「関サバ」、果物では「夕張メロン」が有名である。どちらも、技術的な条件もさることながら、豊後水道の急な海流で魚が捕れる様子(潮の流れの速い海流で泳いでいた身の引き締まったサバを、生き締めにしてからコールドチェーンでクイックに運ぶ)や、北海道の炭鉱跡地の温室(寒冷地の温室でメロンが栽培されている風景)が絵に描かれたように想像できる。

 商品の開発物語がそこにはある。消費者は新鮮なサバやみずみずしいメロンを食べているのだが、それと同時に激しく潮が流れている風景や、ひんやりした北海道の空気も味わっているのである。物語性とはそういうことである。

 ところで、多くの農産品のブランドは、売れてくると販売数量を増やしたがる傾向がある。しかし、このやり方は、あまりお勧めできない。今どきの着実な販売戦略は、規模を追わないことである。大学の授業の「マーケティング論」で、一昔前は「消費者ニーズ、つまり消費者の求めるものにできるだけ応えなさい」と教えていた。しかし、今はその逆のことを教唆きょうさしている。とりわけブランドが確立している農産品に関しては、「品切れ御免」を推奨しているのである。

 なぜか?モノがあふれている今、消費者は限定品を求めているからである。いつでもどこでも安定して供給できるものに、私たちはもはや興味を示さなくなっている。そこでしか(特別な場所)、その季節でしか(特別な時期)入手できない商品にこそ価値があると考えるようになった。農産品の例ではないが、わが妻や周囲の女性たち(秘書や大学院生)は、サザンオールスターズや徳永英明のコンサートに熱心に通っている。ところが、彼らのチケットは、ネット予約が開始されてから数分間で全て売り切れてしまう。公演回数を増やせばいいようなものだが、そこは販売戦略上も無理はしない。希少な席は二度と入手できないように数量を限定している。

 野菜も同じである。売れるからといって供給量を増やすと、商品に希少性がなくなる。ブランド価値が失われると、プレミアム性を維持できなくなる。あくまでも限定効果を狙うべきである。

 そのことと関連して、商品が入手できる販売経路を限定することも大切である。マーケティングでは、こうした場合の販路を「専売チャネル」と呼んでいる。特定メーカーに対して流通を味方につけるための流通政策である。他店で入手できないような希少性があるブランドは、店舗でも高く売ることができる。結果として、流通側にとっても粗利が高い商売が実現できる。

 また、チャネルを絞ったほうが物流コストも削減できる。集客にもプラスである。それに対して、「開放チャネル政策」を採用すると、どこでも入手できる分、売上数量は増えるが粗利は小さくなる。流通に対する交渉力も弱くなる。

 最後に、在来種と呼ばれる地方の野菜を使って、レストランを運営しているシェフの例を紹介して本稿を終える(参考図書:奥田政行(2010年)「人と人をつなぐ料理~食で地方はよみがえる」新潮社)。

 東京駅の構内に、「YUDERO」(店名の由来は、スパゲティーを“ゆでろ!”のギャグ)というイタリア料理の店がある。日本で一番に混雑する東京駅の中央コンコースで、信じられないような深い味わいの食事を提供しているシェフが奥田さんである。しかし、本書を読むまでは、そうした奥田料理のおいしさの来歴を知るよしもなかった。奥田シェフの本拠地は、山形県庄内地方(鶴岡市)で、本店は「アル・ケッチャーノ」、銀座にも「サンダンデロ」という支店がある。

 奥田シェフの本には、料理の食材を選ぶときの考え方が簡潔に述べられている。選択の基準は、「スローフード」そのものである。おいしい料理は、力のある食材を使ってなるべく手を加えずに提供すべし。奥田シェフは、地方の旬の食材を多く用いた料理を提供しているが、料理よりも食材を優先する考え方を明確に述べている。

 そして、奥田シェフの神髄は、在来種の野菜を発掘したことである。品種ごとに、発見のプロセスと料理法が詳しく説明されている。庄内地方には、在来種の野菜が残っていた。たとえば、奥田シェフの本に登場する「藤沢かぶ」は、実においしそうな形をしている。在来種は、独特のエグミや苦みがあって扱いにくそうだが、地元産の魚や肉と合わせるとその野生味を抑えることができる。むしろ、その荒々しさを味わうのがいいのだろう。そこから物語が始まるのである。

プロフィール
小川 孔輔(おがわ こうすけ)

【略歴】
【略歴】
法政大学経営大学院 イノベーション・マネジメント研究科 教授
昭和26年 秋田県生まれ。
昭和49年 東京大学経済学部卒業。
昭和53年 同大学院中退後、法政大学経営学部研究助手。
昭和61年 法政大学経営学部教授。
平成16年 法政大学経営大学院イノベーション・マネジメント研究科教授(現職)。日本マーケティング・サイエンス学会代表。日本フローラルマーケティング協会会長を務める。
著書に「しまむらとヤオコー」「ブランド戦略の実際」「CSは女子力で決まる!」「マクドナルド 失敗の本質」ほか多数。



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