株式会社 サカタのタネ
常務取締役・常務執行役員 内山 理勝
食料を生産する上で、その最上流に位置する種苗(育種)は、まさしくその土台となる役割を担っている。種苗は穀物、野菜、花き、果樹など多岐にわたっているが、本稿では主に民間企業が活躍している野菜に焦点を絞って、その現状と課題について触れてみたい。
品種に求められる要素は、「食味」「食感」「形状」「色」「機能性」「日持ち性」「発芽性」「収量性」「秀品率」「耐病性」「作業性」「耐候性」などが挙げられ、これらをバランスよく兼ね備えている品種が求められている。また、青果物の使用用途によりニーズが細分化する傾向が出てきている。消費者の手にそのままわたる生鮮野菜と、カット野菜などに使用される加工・業務用野菜では、求められる大きさや細かなニーズが異なっている。現在では、作業性は生産者だけでなく加工業者にもニーズがあり、また日持ち性についても青果物の購買動向が変化している消費者のニーズにもなってきている。育種は自然界に存在する素材を元にしているため限界もあるが、食生活や栽培環境の変化に応えていくように日夜努力している。
野菜と花の種苗業者は、業界団体として一般社団法人日本種苗協会を組織しており、国内はもちろんのこと、知的所有権や植物検疫問題など国際的な数々の課題を解決する日本の窓口の一つとして活躍している。育種会社から地域の種苗販売店まで、1116社の会員が加盟しているが(2015年1月現在)、これは品種の育成、生産、販売の流れに大きな境界線がないことを示している。全国展開する品種もあれば、地域の伝統野菜として脈々とその系統を維持している品種もある。
さて、視点を世界に向けてみると、種苗業界は医薬、農薬、化学などの世界的企業によって整理され、メジャーといわれる、いくつかのグループに統合されてきた。そうした中で、日本の種苗会社の育種レベルは非常に高く、世界の野菜の種苗売上ランキング10位以内に、当社を含めた2社が独立系企業として名前を連ねている。2社以外にも、キャベツ、ブロッコリー、カリフラワーなどのアブラナ科作物を中心に、各社が世界各国に競って新たな品種の種子を販売している。海外でのライバル品種が国内他社の品種であるということは、よくあることである。
当社は、海外と国内の販売比率が、ほぼ半々の事業展開となっており、ブロッコリーは世界の約65%のマーケットシェアを獲得している。野菜は適地適作で、地域により嗜好性も異なっているので、世界に15カ所の研究拠点を配置し、それぞれのマーケットに向けた育種を行っている。とはいえ、日本国内が当社の最も重要な市場であることは今も将来も変わらず、日本の種苗会社がグローバルに活躍し確固たる地位を確保することこそが、日本のさまざまな風土での多種多様な野菜を支えていく原動力になると自負している。現在、農林水産省を中心に"Made WITH Japan(産学官一体となった食産業の海外展開)"の取り組みが強化されているが、当社のグローバル展開は、まさにその一助にもなり得ると考えている。
遺伝子組み換え技術に関しては、種苗業界においても議論が続いている。当社を含めた日本国籍の種苗会社は、遺伝子組み換え技術を利用して野菜品種を育種、販売していないが、遺伝子組み換え技術に対する考え方は、国や地域、また企業によってもまちまちである。時代がどう変化しても対応できるように、基礎的な研究は国も企業もやっておくべきであろうと考えている。
一方、遺伝子組み換え品種との交雑問題は、深刻になってくることが予想される。種子生産(採種)は、目的品種以外の花粉と交雑しないように細心の注意を払い隔離栽培を実施しているが、今後遺伝子組み換え品種が自生化することで、予期せぬ交雑により組み換え遺伝子が混入してしまうことが危惧される。
これ以外にも採種事業は、日に日に厳しさを増してきている。当社は国内で販売している種子の90%以上を海外で生産しており、他社も同様の傾向である。日本は、高温多湿で気象災害が多く、種子の充実期と梅雨が重なるなどの気候的要因や、青果物栽培から隔離した大面積の採種ほ場を確保しずらいなどの背景から、採種に不利な環境になっている。さらには採種農家の高齢化と後継者不足が深刻度を加速させている。
世界各地においても異常気象が大きな影響を与えていて、想定を超える高低温や、台風、ハリケーンなどの自然災害は、採種に壊滅的なダメージを与える。今、世界では、渇水(水不足)と大雨(大雪)に悩まされる地域が極端に分かれてきているが、南米、北米西部、中国、東南アジアなどの一部の地域では、近年は特に渇水に悩まされ続けており、その中には採種に適するエリアが数多く含まれている。
このような厳しい環境下ではあるが、種苗会社は、国内外問わず新たな採種地を探索しながら、天候や採種環境の変化を技術でカバーし、安定生産と安定供給を目指している。
昨今、伝統野菜が地域ブランドとして注目されるようになり、それが食文化にも良い影響を与えている。青果物の出荷先が、直売所やインターネット販売など多様化してきていることも活性化を後押ししている。一方、日常的に流通、消費される多くの野菜は、前述したとおり多種多様なニーズや経済性の波にもまれ続けながら、食生活の一端を支えている。
数年前に全国から10数点のだいこんの在来種を取り寄せて当社の農場で栽培したことがあるが、その中で最も驚いたことは、どれも容易に収穫することができなかったことである。最後はスコップで掘って収穫することになり、在来種を維持して生産を続けている方々の苦労を垣間見ることができたと同時に、作業性というニーズを具現化している現在の品種の進化に改めて驚かされた。
伝統的な食文化を受け継ぐ在来品種と、日々のニーズを具現化して食生活を支える品種が共鳴し合うことで、日本の野菜の生産と消費が伸張していくことを願いたい。
【略歴】
昭和59年4月 坂田種苗株式会社(現:株式会社サカタのタネ)入社
平成10年7月 福岡営業所所長就任
平成14年8月 野菜統括部長就任
平成19年6月 執行役員就任
平成21年6月 野菜統括部長 兼 資材統括部長就任
平成22年8月 取締役就任・国内卸売営業本部長 兼 資材統括部長委嘱
平成25年6月 国内卸売営業本部長・生産物流本部管掌委嘱(現任)
平成25年8月 常務取締役・常務執行役員就任(現任)