大阪府立大学 名誉教授
農学博士・技術士 池田 英男
わが国のトマトやいちご、メロン、きゅうり、ピーマンなどの果菜類や、ほうれんそう、こまつな、レタスなどの葉菜類の野菜生産では、施設生産が大きな役割を果たしてきた。すなわち、露地では、その地域のその季節の栽培に限定されるが、施設生産では、フィルムで覆った空間の温度を調節する(多くの場合は気温を外部より高く維持することで、温室と呼ばれる)ことで、促成栽培や抑制栽培と呼ばれるような不時栽培1)を可能にした。同時にこれらの施設は、雨風や低温の影響を軽減して、面積当たり、時間当たりの生産性を向上させ、農家の収入増加に大きく貢献するとともに、年間を通じて生鮮野菜を供給することで、消費者にも食生活の豊かさを提供してきた。特に養液栽培が普及するようになると、年間10アール当たりの売り上げが1000万円を超えるような農家が増え、労働者を雇用した企業的な経営、あるいはそれを基にした農業生産法人も増えて、従来の農業生産の形を変えるまでになってきた。
このところ、日没が早くなり、寒くなってきた。露地では困難な時期に野菜を栽培できる施設は、これからが活躍すべき時期である。しかし、これから栽培するためには、暖房エネルギーが必要である。
わが国には、約4万9000ヘクタール(平成21年現在)の栽培施設があるが、そのうち加温設備を持っているのは、1万3260ヘクタール(全体の27%)だけである。わが国の暖房方式は、多くの場合が石油燃焼による温風暖房で、地域や作物などによって経営費に占める割合は異なるが、冬春作のピーマンやきゅうりなどでは、光熱動力費が26~36%を占め、経営を圧迫することから、石油価格の上昇は農家にとって悩ましい問題である。
政府は、農業分野の燃油消費量削減を唱えているが、ひと口に「燃油消費量削減」といっても、実際にはなかなか困難である。考えられる方法としては、①石油以外のエネルギー源を利用する、②断熱性フィルムや保温資材などを利用して、加温のための必要エネルギーを削減する、③排熱や自然エネルギーの安価な有効利用法を開発する、④エネルギーの効率的な利用を進めて生産性を向上し、結果として単位生産物が必要とするエネルギーを減らす、などの方法が考えられよう。
①の石油以外のエネルギー源としては、農林水産省は、木材のチップやペレットなどの木質バイオマス利用を促進しようとしている。これらの技術は従来も試みられてきたが、木質バイオマスの安定供給や、利用のしやすさ(定期的な燃焼灰の片づけや温度調節の不自由さ)、燃焼器の価格などが課題となって、広く普及するには至っていない。地域資源の利用という面では評価できるものの、今後これらの課題をどこまで解決できるかが普及のカギとなろう。
②の加温のための必要なエネルギ-を削減する方法としては、フィルムの二重展張や、熱伝導率の低いフィルムや資材を利用した保温法が注目されている。比熱の小さい空気を暖めるためのエネルギー必要量は、ハウスの軒が高いなどの空気体積の多少とはあまり関係ない。むしろ、施設表面からの放熱によるエネルギーロスが大きいので、放熱を低下させるフィルムや資材の利用は効果的である。隙間をなくして密閉性の高いハウスにすることも、暖房エネルギーを低下させるために有効である。
③廃熱や自然エネルギーの安価な有効利用法しては、オランダのグリーンポート2)は、同様な生産者を狭い範囲に集中させることで、情報伝達、エネルギー利用、物資供給や生産物運搬などを非常に効率よく行っている。火力発電所を建設する際には、その周辺にハウスを建設して、発電所の排熱を安価な熱源として農業生産者に供給している。近年のオランダハウスでは、半閉鎖型の管理技術を利用することで、昼間、施設内部に過剰にある熱エネルギーを地下水に蓄積して、夜間や冬季にそれを利用する技術を開発している。わが国の多くの地域の太陽エネルギーは、オランダよりもかなり多いので、それをうまく利用する技術を開発できれば将来は明るい。
④エネルギ-の効率的な利用としては、従来の温室は、パイプを加工しただけの簡単な構造が多かった。しかし、近年、鉄骨ハウスや地面から雨どいまでの高さが5メートルを超えるような高軒高ハウスなども各地に見られるようになり、施設の周年利用が進められている。これらの施設では、温度だけでなく、湿度やCO2濃度、光強度、群落(植物が茂っているところ)の空気流動(風)なども調節できるようになって、従来型の温度だけにとらわれた温室ではなく、高度な環境調節機能を備えた栽培施設となっている。すなわち、「植物栽培で最も注目すべきは光合成の促進」ということが、ようやく生産者にも理解されるようになってきた。わが国の園芸生産において、これは画期的な変化である。
暖房に必要なエネルギーは地域や作物、被覆方法や資材などによって大きく異なる。必要なのは低温期のみ、それも特に夜間が多い。暖房に必要なエネルギーの損益分岐点といったデータがあれば農家は助かるのだが、現状では見当たらない。すなわち、最低気温5度、10度、15度などを維持するためには、それぞれどれだけの量の石油が必要なのか、そしてその温度にすることでどの程度の収量が得られるのかが分かれば、今年の石油価格と収穫物の単価から、どの程度の温度までは暖房しても収益が得られるかを計算でき、農家経営が非常にわかりやすくなる。
これからの季節、保温のために施設を閉め切っていると、CO2濃度が外気よりも低下しやすくなる。このような栽培環境では、いくら暖房しても収量は上がらない。施設内の気温や湿度、CO2濃度、光強度などを計測する「環境の見える化」が実現し、1日の変化や季節ごとの変化のデータを得られるようになれば、燃油消費量削減に大きな効果があるといえる。
農家は、こうした燃油消費量削減の方法をうまく活用しつつ、一方では一定量の収量を維持し、安定的な施設生産を行っていただきたい。
1)温室などによって自然環境条件を制御し、作物が本来生育しにくい不利な場所や時期に行う技術・経営。反対語は、自然栽培。
2)施設園芸に関連する生産者、集荷、物流、輸出といった園芸産業などの事業者が集積し、大規模な施設園芸産業を形成している拠点。
【略歴】
茨城県出身。大阪府立大学在職中は野菜の栄養生理学、環境応答や養液栽培などの研究開発に従事して2009年3月に退職。4月より千葉大学にて客員教授・大学院兼任教授として主に農商工連携植物工場実証・展示・研修事業の立ち上げからプロジェクト終了まで対応し、2014年3月退職。現在は合同会社つくばGBソリューション代表社員として、サイエンス農業の普及や人材育成にかかわっている。