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話題(野菜情報 2014年10月号)


注目を集める伝統野菜

朝日新聞 文化くらし報道部(生活グループ)
編集委員 大村 美香

 地域で長く栽培されてきた伝統野菜が見直されている。試しに朝日新聞のデータベースで検索してみると、「伝統野菜」にふれた記事は今年8月までに923件あった。最も古い記事は平成元年で、16年以降の10年間に掲載された記事が767件と全体の8割を占めており、最近の機運の高まりがわかる。

 この半年ほどのニュースをみるだけでも、「飛驒・美濃伝統野菜」の「まくわうり」を使ったアイスを開発した岐阜県立岐阜農林高校の生徒。山形県置賜保健所は地元の伝統野菜などを使ったレシピ集を発行。京都府立桂高校では、「聖護院大根」や「鷹峯ねぎ」など京野菜の種を保存し、校内の農場で栽培する。滋賀県近江八幡市では地域おこしのグループが在来種「北之庄菜」復活に向けて活動中。長野県須坂市では、地元の特産「八町きゅうり」の応援歌が誕生……と、伝統野菜をめぐる各地のさまざまな動きが報じられている。

 行政サイドでも、京都府、山形県、広島県などを始め、伝統野菜を保存、育成しようとする取り組みを多くの都道府県や市町村が行っている。これまでは大量生産、流通および消費に対応するための施策を進めてきた農林水産省も、伝統野菜に目を向け始めた。

 今年度の施策では、和食のユネスコ無形文化遺産登録をきっかけに、「日本食・食文化魅力発信プロジェクト」を立ち上げ、地域の農林水産物の活用を促進。埋もれた品種を掘り起こして栽培技術や販売戦略を整え産地をつくる取り組みや、ブランドとして確立し地域振興を図る取り組みを支援する事業などが盛り込まれている。

 なぜ今、伝統野菜が注目を集めるだろうか。私は、時代の流れで、失われつつある価値を体現しているからではないかと感じている。

 高度経済成長期を経て現代に至るまで、食べ物の生産流通は、一定の品質のものを効率的になるべく廉価で大量に供給する方向に動いてきた。野菜であれば、消費量が多く重要な品目について大産地を育成し、産地リレーで大都市に周年供給ができる態勢を整える。品種も、病気に強く作りやすくて、見た目がよく収量が多いものが開発され、地域を問わず広く栽培されている。

 さらにこの20年、食の外部化の進行で家庭の台所で調理する割合が減り、外食や、総菜を買って食べる中食の隆盛が顕著になった。外食や加工食品の食材調達先は国内にとどまらず、中国などからの輸入の割合が大きくなってきた。

 いつでもどこでも一定の物が買い求められることは、消費者にとって便利で快適だが、野菜の個性が見えづらくなり、テーブルの上の画一化が進んでいる状況でもある。こうした中で、地域で長年育まれてきた伝統野菜は、土地に根付き、“ここ”にしかない特色のあるものとして、魅力的に映っているのではないだろうか。

 グローバリゼーションの時代だからこそ、ローカルが注目される傾向は、食の世界で顕著になってきている。地産地消の考え方がそうで、直売所が人気を集め、農家民宿や農家レストランが増え、郷土料理が看板メニューになっている事例が多くある。伝統野菜への注目と通底する、オルタナティブな動きだと言えるだろう。オルタナティブとは、広辞苑によると「既存の支配的なものに対する、もう一つのもの。特に産業社会に対抗する人間と自然との共生型の社会を目指す生活様式、思想、運動など」とある。

 とはいえ、注目が集まりイベントが賑わい新製品が生まれても、上滑りに終わってしまう可能性もある。これでよし、とは言えない。伝統野菜をマーケティングの視点だけでみて、単なる付加価値の高い商品として売るだけなら、目新しいうちはもてはやされるものの、飽きられれば、ほとんどは定着せずに消えてしまう道をたどってしまうだろう。新しい味を求めてファッションのように食を消費する現象を「ファッションフード」と呼ぶが、伝統野菜も、この現象に飲み込まれて消費されて終わり、となりかねない。

 栽培に手間がかかったり、病気に弱かったり、収穫期が短かったりと安定した生産が難しい在来種は、需要が増えるのに合わせて量産できるわけでもなく、そもそも消費社会の構造にはなじみにくい存在である。地域固有のモノが広域流通を目指すことは、矛盾をはらんだ取り組みだとも言える。

 だからこそ、注目するだけにとどまらず、もう一歩、“ここ”にしかないものは“ここ”で食べる、という方向に歩みを進める段階に入ってきていると私は思うのである。その野菜を受け継いで育ててきた地域で、住む人たちがその存在を認めて食べ続けること、地域の暮らしに確かに根付かせることが大切ではないだろうか。そして大都市に住む消費者にも、地域に足を運んで、野菜が育つその場所へ食べに来てもらう。単なるモノのやりとりにはとどまらない、風土や歴史の理解につながるはずである。

 そのためには、伝統的な料理法を受け継ぐだけでなく、新たな食べ方の工夫が必要になるだろう。私自身、取材だけでなく地方の野菜をもっと知りたくて、NPO法人野菜と文化のフォーラムが開く「野菜の学校」講座に、24年から参加し、各地の伝統野菜についての講義を聴いているのだが、地元での食べ方をうかがうと、おおかたは漬物というつけな類やだいこん、かぶが多いことに驚かされる。いも類なら煮物が王道。

 しかし、炒めたり、サラダにしたりして食べてみると、苦みやクセが逆にアクセントになって魅力的な一品に出会えることもある。これまでの枠にとらわれず食べ方の幅を広げるには、今の食卓に合った新しいアレンジが求められていると感じる。

 より多くのファンをまずは地元から増やしていく。そしてそれは、ほかでは代用がきかない、その地域で暮らすことの魅力につながっていくのではないだろうか。

 人や場所の結びつきの契機になる力が、伝統野菜には備わっていると思えるのである。

プロフィール
大村 美香(おおむら みか)


【略歴】

東京都出身。1991年4月朝日新聞社に入り、盛岡、千葉総局を経て、96年4月に東京本社学芸部(家庭面担当、現在の生活面にあたる)。社の組織変更で所属部署の名称がその後何回か変わるが、主に食の分野を取材してきた。2010年4月から編集委員(食と農担当)。共著に「あした何を食べますか?」(03年・朝日新聞社刊)。




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