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話題(野菜情報 2014年5月号)


集落営農と調和する野菜作

東北大学大学院 教授 盛田 清秀

はじめに

 筆者の専門は農業政策、とくに農地政策・制度論である。そうした立場から、日本の農業構造は変革されるべきだと近年とくに強く提言している。そこにおいて特別に重要なのは、土地利用型農業の規模拡大である。とはいえ、やみくもに規模拡大を訴えているわけではない。世界農業をいくつかのタイプに類型化し、日本が目指すべきは米国のような新大陸型農業ではなく、ヨーロッパ型の旧大陸型農業を目指すべきとしている(注1)。

  なぜ、そういうことを主張するのか。それは土地利用型農業ではおおむね「規模の経済」が作用すること、つまり面積が大きいほど生産性が上がってコストが低下するからである。要は、今よりもリーズナブルな価格で、消費者、国民に安全で高品質な国産農産物を供給することができるようになるからである。さらに言えば、農業をより効率化することで、政府による農業への財政投入もそれだけ節約できる。これも財政赤字に悩む政府と、国内農業を大切に思ってはいるが過大な財政負担を懸念する国民、納税者にとって大きな意味がある。その実現を通じて、日本農業が消費者・国民の理解と共感を得て、未来に向けて存続・発展していくことが可能になると信じているからである。

  ところで、土地利用型農業の構造変革は、世界史的にみて市場メカニズム依存では実現できないことが明らかであり、革新的な政策手法を編み出すこと、そうした政策手段を、国民的議論を通じて実施に移すことが課題と考えている。ちなみに、筆者が提起している世界農業類型論を示したものが次の表である。興味のある方は注1で示した拙稿をご覧いただきたい。

  さて近年、従来農業の担い手として厚く存在していた、昭和ひとけた生まれの農業者が続々とリタイアし始めており、わが国においても、従来では考えられなかったような数十ヘクタール、さらには100ヘクタールを超えるような大規模経営が全国各地で形成され、発展しつつある。しかし、これらはまだまだ点的な存在にすぎない。このまま何も手を打たないで放置していては、農地供給の加速に、担い手側の農地受け入れは追いついていかない可能性がある。その一方、わが国の大規模な農業経営では、経営者はこれまで農地集めにそのパワーと知恵を集中させてきた。そして農地需給のバランスが崩れつつある現時点でさえも、農地の集積は相対関係に依存する面がとても強い。これははっきりいってあまり有益ではない。特に、わが国農業を担う大規模経営育成という視点から見ると対策が必要である。というのも、農業経営者は土地集めではなく、むしろ経営充実のためにその能力を用いるべきだからである。

  すなわち、消費者や実需者のニーズに対応すべく、新商品(新規作物・新品種)の開発・導入や、新しい生産方法(効率的あるいはより安全・安心、もしくは環境保全や消費者参加型など)を採用すること、輸出志向や全く新しい視点の事業多角化など、経営の発展や革新の余地はまだまだ大いにあるのだから、そういった場面に経営者能力を投入したほうが、日本農業にとっても、消費者・国民にとっても有益なのではないだろうか。農業経営というものは、多様な価値を内包することが可能であり、経営の理念も方向性も同じく多様でありうるし、経営者のさまざまな志に対応した多彩な農業経営があってよいのではないだろうか。だから、日本の農業構造変革(土地利用型農業の規模拡大)は、目標ではなく、経営発展の出発点、スタートラインに立つことだというのが筆者の考えである。それゆえに、わが国の農業経営発展に向けて、そういうスタート地点を整備することが、今日喫緊の課題ということを強く訴えたい。

日本農業の構造変革と野菜作

  以上のことは野菜作りと何か関係があるのか、という疑問をお持ちになるかもしれない。しかし、大いに関係があるのである。第一に、日本の土地利用型農業は、他の国々と同様に穀物作(稲作、麦作、さらに大豆も広義には穀物)がメイン作物となるであろうが、加えて野菜導入が重要になると考えられる。構造変革が成功して、政府目標のように20~30ヘクタール規模の経営が平均的なもの(ただし平坦地の場合であり、中山間地域では10~20ヘクタール程度が想定)になったとして、これはヨーロッパ並みではあるが、米国(2012年農業センサス速報では農場平均土地面積は175ヘクタール)のような新大陸農業にははるかに届かない面積である。こうした場合、自由化がさらに進む近未来を想定すると、穀物作だけでは十分な農業所得を獲得するのは難しいであろう。そこで野菜のような、相対的に集約的で面積当たりの所得が大きい作物を導入することが必要となる。第二に、本稿の問題意識に関わってくるが、国が推進している集落営農において、野菜作は重要な意義を持っていることである。

集落営農と野菜作

 政府は、日本農業の担い手として「多様な担い手」という考え方を打ち出している。基本的には、家族経営と法人経営、そして集落営農である。どういうタイプの経営が日本農業の主力を担っていくのだろうか、この問題は重要な論点でもある(注2)。集落営農に関して言えば、その存在自体、ある意味で、わが国農業・農村の特質に裏付けられた存在といえる。さらに、集落営農は大きな利点を有している。それは農地の面的集積に有効だということである。農地の集積、すなわち単なる規模拡大は、昭和ひとけた世代のリタイアとともに加速するであろう。しかしそれが面的集積に結び付くかどうかは、極めて不確かである。というより、面的集積につながるとは、とても思えない。これに対して、集落構成員の合意で営農を展開しようとする集落営農の場合、農地の集積が面的集積にもつながっていくという優位性がある。

  さて、土地利用型農業の構造変革に有効とみられる集落営農であるが、集落営農は何も構造変革のために目指されるわけではない。担い手の高齢化などで耕作継続が難しくなるもとで、さらに農業収益低迷のもとで、機械や施設更新がままならなくなるなかで、それらへの対策として、さらには穀物作などの機械化された部門の生産性向上(結果的に所得アップをもたらす)が、多くの集落営農での直接的な目的であろう。この場合、穀物作などの省力化・生産効率化によって少人数のオペレータでの営農が可能になるとはいえ、それによって省かれた農業従事者、とくに女性や高齢者は就業場面が失われ、結果として所得も得られないことになってしまう。穀物作の合理化・効率化だけの集落営農は、必ずしも地域のニーズに応えていないこととなる。

  そこに野菜作(だけでなく花き、特産物など)の導入が必要となる背景が存する。2013年2月1日現在で、集落営農は全国で1万4634あり、構成農家数53万5022戸、経営耕地面積37万1820ヘクタール(平均25.4ヘクタール)となっている。センサスの総農家数252万27戸、経営耕地面積335万3619ヘクタールと比べて、それぞれ21パーセント、11パーセントなので、集落営農は日本農業の重要な構成要素となっていることがわかる(注3)。集落営農の活動目的をみると、「農地の維持管理」が90.9パーセントと最も多いが、「所得をあげて地域農業の担い手となるため」が32.0パーセントと、所得確保も重視されている(複数回答)。現在のところ、野菜を取り入れている集落営農の割合は18.3パーセントと、米83.0パーセント、大豆46.7パーセント、麦43.6パーセントに比べるとそれほど高くはなく、品目別では第4位となっている。しかし、品目別の取り組み方を見ると、米や麦、大豆は、主要作業が機械化されているということもあって、農作業が「組織内のオペレータ中心」というものがそれぞれ、55.5パーセント、65.0パーセント、66.5パーセントとなっているのに対し、野菜は37.5パーセントにとどまり、反対に「構成農家による共同作業」が野菜では65.4パーセントと米、麦、大豆だけでなく、そば、なたね、果樹、飼料なども大きく上回っている。つまり、一部のオペレータだけではなく、構成農家の農作業への参加、結果としての収益配分が見通せるのが野菜作ということになる。筆者が現地を見るかぎりにおいても、たとえば岩手県のO農産、秋田県のNファームなど優れた集落営農を展開しているケースでは、穀物作の効率化、コスト低減努力とともに、野菜など集約作の導入による構成員、特に、女性や高齢者の所得確保に意を用いていた。だからこそであろうが、集落営農で新たな農産物の生産を予定している集落営農が27.5パーセントあるなかで、野菜を考えているものが7.4パーセントと最も高い割合を示すのである。

  先にあげた事例ではともに、米、麦、大豆など土地利用型部門では農地の面的集積を実現し、オペレータによる大型農機を用いた、生産性が高く、低コストの農業生産を実現する一方で、野菜など集約作物を取り入れ、女性や高齢者の就業の場の確保と所得形成を図り、さらには集約作物を指向する若手農業者に対しては、そうした専業経営化を支援する体制を組んでいる。都市からの距離や地形条件、集落の歴史やほ場整備の進展など、それぞれの地域条件によって取り組み方に独自性がみられるものの、基本的には土地利用型農業における生産効率化と低コスト生産の達成(これは所得拡大をもたらす)と、集約作物導入による女性、高齢者の就業場面の確保と追加的所得形成を組み合わせ、集落全体の農業振興と収益確保を実現しているのである。これらとはまた別の事例になるが、6次産業化の取り組みにおいて、地域内で生産された農産物を加工し、あるいはレストランを開設して地域で取れた野菜を食材に用いることもしばしばみられる。6次産業化を成功に導くための必須の条件が、地域で生産された農畜産物を加工し、調理したりして提供することなのである。地域産の農産物へのこだわりこそが、農産物加工、直売所の設置、レストラン開設、さらには体験・観光農園や農家民宿を含めたグリーンツーリズムに取組むうえで消費者・利用者への強いメッセージ発信になるのであり、とりわけ多種多様な野菜を生産することはとても大切である。

  集落営農の進化・発展にとっても、野菜作の重要性は見て取ることができる、というのが本稿の結論である。

注1:独立行政法人農業・食品産業技術総合研究機構東北農業研究センター『東北農業研究センター農業経営研究』第31号2014年3月に入っている拙稿「担い手育成に向けた農地集積の方策」pp. 31-41を参照のこと。インターネットでも読めるものとしては、日本政策金融公庫『AFCフォーラム』60巻6号、2012年9月の拙稿「EU農業を手本に農地の経営面積拡大を」pp. 7-10をご覧いただきたい。

注2:経営のタイプ別の特徴を扱うのは「企業形態論」という学問分野である。日本農業経営学会では2011年度と2012年度の大会シンポジウムでこの問題を検討し、本年(2014年)6月には日本農業経営学会『農業経営の規模と企業形態』農林統計出版、として筆者が編集責任者の一人として出版予定である。筆者は、日本農業の主要形態は将来的にも家族経営であるとみている。ただし、集落営農も日本農業を支える主体として考えており、また一部では企業経営が役割を担うと考えている。

注3:以下の数値を含めて、2010年世界農林業センサス、集落営農実態調査(平成25年2月1日現在)、集落営農活動実態調査(平成25年3月1日現在)による。

プロフィール
盛田 清秀(もりた きよひで)


【略歴】

東北大学大学院農学研究科教授
農林水産省農業技術研究所研究員、農林水産技術会議事務局研究調査官、北海道農業試験場研究室長、日本大学教授、ケンブリッジ大学客員研究員などを経て2012年から現職。
日本農業経済学会副会長、日本農業経営学会副会長、内閣府規制改革会議専門委員、農林水産省政策評価会部会長など歴任。現在は農林水産省優良経営体表彰審査委員長、日本農業賞中央審査委員。
専門は農業経済学(農業政策、農地政策・制度論)
主要著書 農地システムの構造と展開(単著)養賢堂1998年、信頼と安心の日本経済(共著)勁草書房2008年、日本農業経営年報No.9 農業経営への異業種参入とその意義(共編著)2013年など




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