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話題(野菜情報 2013年9月号)


農作物の病害感染を防ぐ遺伝子診断技術
(アレイとマイクロチューブハイブリダイゼーション)

北海道大学大学院農学研究院
 教授 増田 税

1. 野菜のウイルス病診断は現場で!

 植物のウイルス病は、北海道の主要作物の減収や品質劣化の原因になっている。特にばれいしょ、にんにく、ナガイモ、アスパラガスなどの栄養繁殖性の野菜では、保毒親株から子株へとウイルスが容易に移行するため(垂直伝搬するため)、ウイルス防除は困難な状況にある。また、複数の植物ウイルスが同時に同一植物個体に重複感染することが多いため、一般に単独感染植物に比べて病徴が強くでる傾向にある。重複感染の拡大を避けるには、感染植物個体を早期に発見して抜き取ることが最善のウイルス防除手段である。
 しかし、これまでの診断技術(ELISA法やPCR法)は、大学や研究所の実験室で行われることを前提に作られたものであり、高価な設備や機械を必要とする。そして、最も問題なのは、感染の判断に専門的な知識・技術や経験が要求される場面が少なくない。われわれは複数のウイルスを同時に、正確、簡便、迅速、安価に検出するシステムを構築することを目標にDNAアレイを応用した独自の方法を開発した。医療の分野で使用されるマイクロアレイ(DNAチップ)を農業の分野で応用しようとするものである。当初、コスト面からその実現は危ぶまれたが、検出するウイルスの数を限定し、独自にマイクロチューブハイブリダイゼーション(MTH)法を開発して(2013年特許取得)、試薬のコストや時間、手間を著しく向上させることに成功した。現在、北海道におけるウイルス検出のニーズに応えて、共同開発した民間会社はオーダーメイドでアレイを生産し、試薬類をキット化して、試験的にウイルス検出アレイを配布、指導を行っている。最初に、網走管内清里町の農業改良普及所と農協において、自主的にナガイモのウイルス検出を実施してもらったところ、感染個体を早期に抜き取ることによってナガイモの収量を大幅に増収させることに成功している。野菜などの生産現場である農業改良普及所などにおいて、農家が持ち込んだ病気の植物の診断を信頼性のある方法で行えることには大きな意義がある。まず、診断結果をもとにウイルス病株の抜き取りが迅速にできることである。さらに、自分たちで診断し、対処を即断できることは生産現場の士気を高める。
 ウイルス病から地元野菜を守ろうとする運動は、地域の連携を活性化し、ウイルス病の診断から、ウイルスフリーの健康な野菜を地域一丸となって生産していこうとする機運が生まれてくる。

2. ウイルス検出用DNAアレイの実際:

アスパラガスのウイルス検出

 われわれが、スーパーマーケットで普通に購入するアスパラガスにはウイルスが感染していることが多い。アスパラガスに限らず、植物にはいろいろなウイルスが検出される。しかし、それらが人にうつるようなことはない。アスパラガスウイルス1(AV1)と、アスパラガスウイルス2(AV2)が重複感染すると、アスパラガスデクラインと呼ばれるアスパラガスの病気の原因となると考えられているが、ウイルスに感染しても明らかな病徴がない。図は、アスパラガスのウイルス検出の例である。普通にほ場で、栽培されていたアスパラガスからウイルス検出を試みた実験方法を以下に箇条書きにする。1. サンプルからの核酸(RNA)抽出 2. PCRによるcDNAプローブの合成 3. MTH法 4. 発色反応の4工程から成り、すべて終了するまでに2~3日を要する。まず、1の工程では、アスパラガスの一部の組織(茎や擬葉)をとり、乳棒と乳鉢を使用してバッファー中でつぶし、フェノール・クロロフォルム法によってRNAを抽出する。次に、ビオチンでラベルされた各ウイルス特異的にデザインされたプライマー(民間会社から供給)を使用して、抽出RNAから一段階のRT-PCRによってプローブを作製する。そのプローブを入れたチューブにリトマス紙大のDNAアレイを差し込み、MTHを行う。このアレイに、検出するウイルス遺伝子をあらかじめ貼り付けてある。cDNAプローブとは、感染葉にウイルスがいた場合にPCRによって増幅してくるDNAのことで、ウイルスと同じ配列をもつことになり、アレイと反応するとシグナルとして検出できる。最後に、ウイルスの有無を発色反応によって目で判定する。図では、すべてのサンプルにAV2が存在することがわかる。また、右の2つのサンプルにおいて2種類のウイルス(AV1およびAV2)が検出されており、ウイルスフリーのアスパラガスが少ないことを示唆する。1時間の発色反応後に目で確認できたものについてプラス・マイナスの区別をするだけで判定できる。仮に弱い発色でグレー判定が出た場合は、プラスに判定して廃棄してもよいが、必要ならばもう一度行うことによって確定させることができる。

文献

(1)杉山俊平, 増田 税(2011)作物健康センサーを用いたジャガイモシストセンチュウ土壌診断, Journal of pesticide Science 36, pp. 98-101.

(2)丸田幸男・杉山俊平・増田税 「ハイブリダイゼーション器具,ハイブリダイゼーション装置,およびハイブリダイゼーション促進方法 特願2008-74535 2008. 3.21, 特許第5247197号

プロフィール
増田 税(ますた ちから)


農学博士、54歳

略歴

昭和33年 青森県生まれ
昭和56年3月 北海道大学農学部農業生物学科卒業
同年4月 日本専売公社入社
昭和59~61年 米国Purdue大学留学(修士課程)
平成8年1月 北海道大学農学部助教授
平成12年11月 北海道大学大学院農学研究科(現農学研究院)教授




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