土浦農業協同組合 次世代農業プロジェクト
事務局長 酒井 洋幸
「この地域の若い担い手たちは、10年後どのような農業を営んでいるだろうか?」このひと言から、プロジェクトは始まりました。
約一年前、私にこの命題を投げかけたのは、当農協の宮本幸男会長理事でした。かねてから、地域農業の行く末や農協の将来に対し、執拗なまでに思い入れの深い会長から、この大きなテーマについて問われた時、私は答えを詰まらせました。同時に、日頃漠然と感じている食料危機への不安が頭をよぎりました。
少子高齢化が加速する中、私たちの農業を取り巻く情勢は、後継者不足、耕作放棄地の増大、食生活の変化、流通の多様化、食の安全、そしてTPP交渉等、複雑かつ深刻な局面に直面しています。この地域も、私の農協も、決して例外ではありません。
茨城県は、本州でも屈指の農業産地です。その県南に位置する土浦地域は、首都圏60キロ程の通勤圏で、地域を代表する典型的な地方都市の近郊で農業が営まれています。温暖な気候の平野部が広がり、水稲をはじめ畜産、さまざまな野菜や果樹を生産しています。近年は温暖化の影響により、りんごの産地なのに、みかんもできるようになりました。いわば、多様な青果物の南限北限が交わる豊かな地域なのです。
この地域が持つ社会的な機能と、ここに暮らす人々の豊かさを、何とか永続させることができないだろうか。そのためには、単に維持するのではなく、10年後の将来に向けて、全く新しい価値を見出し、それを具現化しなくてはならない。プロジェクトに取り組む姿勢は、この想いへと至りました。
何から始めればよいのか、どのように進めたらよいのか。今回のプロジェクトは、手探りの状態からスタートしました。しかし、本当の意味で成功に導くには、農協の既成の枠組みにとらわれず、ゼロから議論を重ねることが何より重要ではないかと考え、その準備を進めました。
まず、職場内の有志でさまざまな相談をした後、管内の若手担い手を集めてフリーの検討会を行いました。その中で、私たち農協が見据えているテーマを投げかけ、彼らから真っさらな意見を聞き、議論を重ねました。意外にも彼らは、私たちが思っているよりもはるかにポジティブな側面と、それと裏腹に潜在的に保守的な側面があることに気付かされました。また、このようなプロジェクトならば、農業者だけで話をしていては解決できない、産品の実需者(流通・加工・小売等の民間企業)や生活者、そして専門家なども一緒に参画してもらい、皆の共通課題として取り組もうと、その方向性を見出しました。
プロジェクトの全体像を「ラフ・ビジョン」として整理した資料を片手に、関係協力先を回り歩き、プロジェクトの趣旨を訴え、参画者を集めました。そして、準備会を重ねて半年後の平成25年2月、3カ年計画の「次世代農業プロジェクト」として、正式発足をしました。
次世代農業プロジェクトの目標とするビジョンは、1. 担い手農家の経営革新 2. 地域農業の継続と発展 3. 食を中心とした豊かな地域社会への貢献です。これらの実現に向け、活動意欲あふれる若手担い手を主役として、実需者や生活者と共に、既成の枠組みにとらわれない発想のもと、地域イノベーションの核となるネットワークづくりを通じて、地域農業の新しい付加価値を創造することを目標としています。
具体的な課題は、ずばり「新たなビジネスモデル」を構築することです。その柱として、次の3つの分野(具現化すべきテーマ)を掲げています。それは、①実需者や生活者とダイレクトに連携し、生産・加工・流通・販売・消費までの一貫した新たな流通モデルの開拓 ②新規就農の支援や雇用促進対策と遊休農地の有効活用を連動させた地域独自の枠組みづくり ③食育啓蒙と観光産業を複合化した新しいサービス事業の研究と開発、の3分野です。
これらを今風なひと言で表現すると、地域農業発「ソーシャルビジネス」を「ここ土浦から!」という感じです。
実際のプロジェクト活動は、事務局と専門家で構成するプランナー会議の定例開催を軸に、必要に応じて、担い手農家や参画パートナー企業、オブザーバーなどを招致して意見交換会を行っています。ひとつひとつのテーマについて熟慮議論し、総括しながら、次のステップへと進めています。
初年度の到達目標は、潜在顧客層の調査・研究を進め、新規事業のターゲット層を明確化し、具体的なパイロットモデルを立案することです。そのためには、創業理念や事業戦略などを、詳細なものまで落とし込まなければなりません。また、ソーシャルメディアを活用した独自のマーケティング戦術も展開する計画です。
現在は、更に連携の可能性のある異業種・他産業の企業への訪問プレゼン活動を繰り返しています。そこで感じるのは、われわれが思うより遙かに農業をとりまく社会は進んでおり、さまざまな民間企業で、農業の将来、地域の持つ可能性、食の安心や豊かさの追求などに対し、より深くより新しいビジネスを模索しているということです。
新たなビジネスチャンスの種は、今の日本にはたくさん転がっています。われわれ農業サイドの者たち、特に農協は、自らの意思でその扉を開けようとしない癖があります。あと一歩を前に踏み出すパイオニアの志を強く持ち続けることが何よりも大切です。ひとりでも多くの仲間と共にこのプロジェクトの成功を願って、これからも取り組んでいきたいと考えています。
昭和48年土浦市生まれ。平成9年JA土浦に入組。営農関係業務に従事し17年目。現在は、農業資材関係のほか、営農指導・担い手経営支援業務の目玉として、今回のプロジェクトを担当する。