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話題(野菜情報 2013年6月号)


有機農業における新たな
土壌診断の可能性
(土壌肥沃度指標:SOFIX)

立命館大学生命科学部
教授 久保 幹

 有機農業に対する期待が高まっている。しかしながら、経験や勘に頼った農法がいまだ主流であり、「安定した収穫量が得られない」、また「再現性が低い」といった課題がある。われわれは有機農業の原点である農地の物質循環と環境細菌に着目して、「有機農業を特徴づける客観的指標と安定生産技術の開発」を目指し、農地肥沃度指標(Soil Fertile Index; SOFIX)を考案した。
 本稿では、SOFIXの基本について概説し、有機農業への貢献について展望する。

1. 環境生物による物質循環が有機農業の基本

 たい肥、油かす、米ぬかなどの有機物が土壌生物により徐々に分解され、窒素、リン酸、カリウムといった肥料成分(無機物)に変換される(図1)。この一連の自然物質循環の上に成り立っている農業が有機農業である。従って、農地中の物質循環を的確に把握し、改善していくことが、安定な農産物の収穫につながる。

2. 農地の物質循環の現状を知ることが重要

 農地の物質循環に関係している生物の中で、最も重要な役割を果たしているものは、土壌中に生息する細菌(バクテリア)である。土壌細菌の量が不十分であれば、物質循環は滞る。われわれは土壌中の細菌数を正確に把握するため、土壌中の環境DNA(eDNA)を指標とした定量方法を開発した(1)。
 良好な農地では、土壌1グラム当たりおよそ6億個の細菌が生息している。一方、物質循環が滞っている農地では、土壌1グラム当たり2億個以下であることが明らかとなった。従って、農地の細菌数を把握することにより、農地の状況をある程度知ることが可能である。
 窒素循環に関しては、土壌中のアンモニア酸化活性と亜硝酸酸化活性を指標とした農地の窒素循環活性を見える化(数値化:0点~100点)する技術を構築した。また、有機リン(フィチン酸)の無機化活性から、同様にリン循環活性の見える化(0点~100点)する技術も考案した。
 これらの新たな解析手法により、植物生長に深く関与する窒素とリンの肥料成分の供給に関し、物質循環の現状を数値として知ることが可能となった。
 一方、カリウム供給に関しては、土壌細菌が関与していないため、総量を解析することでカリウム供給能を判断することが可能である。

3. 「農地の環境細菌を活性化」→「物質循環の活発化」→「肥料供給の増大」

 農地の物質循環の現状を解析すると、農地状況が芳しくない場合が多々見られる。その農地を改善する場合、まず土壌細菌を活性化する処方を考えることが重要である。
 土壌細菌もわれわれ人と同じ生物であり、タンパク質や糖質などの有機物を好んで食べる。従って、農地中の総窒素(TN:タンパク源)や総炭素(TC:糖質源)を適切に投入すればよいことになる。
 われわれの研究において、TCを土壌1キログラム当たり30,000ミリグラム以上、TNを土壌1キログラム当たり3,000ミリグラム以上、C/N比を8~15の間にコントロールすると、環境中の細菌は、顕著に活性化されることを明らかにした(2)。また、同様に全リン(TP)も土壌1キログラム当たり3,000ミリグラム以上にコントロールすることで、リン循環に関与する細菌数が増える結果が得られた。
 土壌におけるTC、TN、およびTPのコントロールは、家畜排せつ物等を発酵させたたい肥や、米ぬかや油かすなどの余剰バイオマスで行えばよい。その場合、これらの有機資材の成分量を正確に把握し、計算に基づいて適切な量を投入していく。
 農地の細菌が適切に増え、物質循環が良好になるに従い、無機物、つまり硝酸、リン酸、そしてカリウムなどの肥料成分がコンスタントに農地に供給されていく。その結果、植物が良好に生育していくのである。
 植物の種類と栽培に関して、窒素肥料を要求する植物を良好に栽培するためには、C/N比が8~15の範囲でC/N比を低めに設定すればよく、窒素をあまり要求しない植物には、C/N比を高めに設定すればよい。リンの場合も同様の考え方で施肥条件を整えればよいことになる。

4. SOFIXによる有機農業の提案

 「有機農業を特徴づける客観的指標」を構築するため、SOFIXは、通常の農地の化学分析(肥料成分量)に加え、生物量や物質循環評価といった生物的分析を行うことが特徴である。SOFIX分析における窒素循環活性の例を図2に示す。
 SOFIX分析結果により、農地の有機物の含有量、細菌数、また物質循環活性を適切に把握することができる。また、SOFIXのデータから、不足している有機物成分量が明確にわかることから、データに基づき有機農業に適した農地の改善を確実に行うことが可能である。
 今後、有機肥料や農地中のミネラル分の解析、そして植物生長との関係解析、また昆虫と有機農法との関係解析等の課題があり、現在研究が進行中である。


文献

(1) Evaluation of soil bacterial biomass by environmental DNA extracted by slow-stirring method. M. Kubo et al. , Appl. Microbiol. Biotechnol.,71,875-880,(2006).

(2) 農地窒素循環の見える化 -物質循環系を考えた土づくり-、久保幹等、土づくりとエコ農業、6・7月号、50 - 55、(2012).

プロフィール
久保 幹(くぼ もとき)


1959年広島県生まれ、1985年広島大学大学院修了、1997年立命館大学・理工学部・助教授、2002年同教授、2008年立命館大学・生命科学部・教授、現在に至る。




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