大阪府立大学地域保健学域
教授 今井 佐恵子
最近、食べる順番ダイエットがテレビをはじめとするメディアで取り上げられ、話題になっている。野菜から食べるという食べる順番は、9年前より筆者と糖尿病専門医である梶山静夫医師が、糖尿病の食事療法やダイエットに取り入れ効果をあげ、ホームページ、学会、論文、著書で広く発表してきた。ここでは私たちが積み上げてきた「食べる順番療法」の科学的根拠について述べたい。
糖尿病はインスリン抵抗性に基づく高血圧、脂質異常症など動脈硬化のリスクファクターを有することが多く、これら代謝異常は重複して動脈硬化を促進する。国内外の大規模研究では空腹時血糖値よりも食後血糖値の方が心血管死や総死亡率に関係することが報告され、食後血糖値を改善することにより、心筋梗塞など心血管系の病気の発症を抑制できることが明らかとなった。食後高血糖が続くと動脈硬化を進め、血管内皮障害や炎症を引き起こし、脳梗塞、心筋梗塞のリスクを高める。糖尿病患者だけでなく、軽症糖尿病や糖尿病予備軍でも食後の血糖をできるだけ上げないようにすることが重要である。1~2カ月の血糖値の指標であるヘモグロビンA1c(エーワンシー)や空腹時血糖値だけでなく、食後の血糖値やブドウ糖負荷試験により食後高血糖を調べることが、動脈硬化を防ぐうえで大切となる。さらに、血糖の上がり下がり、すなわち変動幅が大きいと動脈硬化を促進させることが明らかとなってきた。食後の高血糖を抑制するには、αグルコシダーゼ阻害薬などの薬物療法が効果を上げている。しかし、私たちはまず食事療法によって食後血糖上昇の抑制および長期間の血糖コントロールを実現することができないか検証した。
私たちは従来のエネルギー制限を指導するのではなく、食べる順番を重視し、「毎食最初に野菜をよくかんで食べること」を基本とした糖尿病の患者教育を実施している。すなわち、まず野菜を握り拳1個か2個分食べ切り、次にタンパク質のおかず、最後に炭水化物であるご飯、めん類、パン、イモ類を食べる。野菜は生野菜だけでなく、ゆで野菜、蒸し野菜のほか、煮る、いためるなど加熱したものでもよい。海藻、キノコ類も野菜類と同様、最初にゆっくりよくかんで食べる。
「食べる順番療法」が、食後血糖値、インスリン分泌量、消化管機能に影響を与えると推察されるが、これまで健常者および糖尿病患者における臨床研究の科学的根拠は報告されていなかった。また、長期間の血糖コントロールの指標となるヘモグロビンA1cでは、食後の血糖上昇や低血糖など血糖変動をとらえることはできない。しかしながら、5分ごとの血糖値が自動的に測定できる持続血糖測定器(CGMS)を使用すると、1日288回の血糖測定が可能になり、食後の血糖上昇や夜間の低血糖など、今まで測定できなかった血糖値も分かり、血糖変動がほぼ正確に把握できるようになった。そこで2型糖尿病患者を対象に、3食の試験食を 野菜→主菜(タンパク質)→主食(炭水化物)の順に摂取(以下、野菜から摂取という。)した日と、主食(炭水化物)→主菜(タンパク質)→野菜の順に摂取(以下、炭水化物から摂取という。)した日の血糖変動の違いをCGMSを用いてクロスオーバー法により調べた。
図1に2型糖尿病患者における食品の摂取順序の違いによる血糖値の1症例を示した。炭水化物から摂取した日は、毎食後の血糖値のピークが3食とも300 mg/dlを超え、特に朝食後の血糖値は360 mg/dlまで上昇した。また昼食前、夜間に低血糖を起こし、血糖変動幅が大きかった。ところが、同じ患者が野菜から摂取すると、食後血糖値が100から150mg/dlも下がり、血糖変動幅も大きく減少した。健常者においても同様の結果が認められた(図2)。以上の結果から、同じ栄養量の食事を摂取しても食品の摂取順序を野菜から摂取に変えるだけで食後高血糖が改善し、24時間の血糖変動幅を縮小することができた。
また、図3に示すように、毎食野菜から摂取する摂取順序を指導したときの長期の血糖コントロールを検証した。食べる順番を指導した指導群の血糖コントロールは指導直後から低下し、2年半の期間中低下したまま推移したが、食べる順番を指導しなかった対照群は変化がみられなかった。指導群の血糖コントロールは、糖尿病罹病期間あるいはインスリンや経口血糖降下薬使用の有無にかかわらず低下した。また血糖のみならず、体重、血清脂質、血圧も有意に低下した。この食べる順番療法は糖尿病予備軍においても同様の効果が認められた。
食事療法のみで治療中の外来2型糖尿病患者を対象に、野菜を米飯の前に摂取した日と米飯の後に摂取した日の、食後血糖値およびインスリンの変動をクロスオーバー試験により観察した。被験者は早朝空腹の状態で来院し試験食(米飯150グラムと野菜サラダ90グラム)を1口20回そしゃくし、15分かけて摂取した。その結果、野菜を先に摂取した場合は米飯を先に摂取した場合と比較して、食後の血糖値およびインスリン値の上昇が20~30%抑制された(図4)。すなわち、もともとインスリンの分泌量が少なく、インスリン分泌のタイミングが遅れがちな日本人の糖尿病患者にとって、野菜を最初に炭水化物を最後に摂取する食べる順番療法は、食後の血糖値を上げにくく、インスリンが節約できすい臓に負担をかけない食べ方であるといえる。また、インスリンの分泌が少ないことは太りにくくダイエットにも効果がある。
食後血糖上昇が抑えられた要因として、野菜に含まれる食物繊維が糖質、脂質、コレステロールの消化吸収を遅らせ、食後の血糖上昇を抑制したことが考えられる。また炭水化物の摂取前に野菜を摂取することによりα-グルコシダーゼ阻害薬の作用と同様に、インスリンの分泌を促すインクレチンホルモン(GLP-1)の分泌を促進したと推測される。炭水化物を摂取する前に、野菜やタンパク質、脂質を摂取すると、GLP-1の分泌が増加し、インスリン作用の増強および胃内容物の排出遅延、腸管の蠕動抑制作用により、食後血糖上昇を抑制し、さらに血糖変動幅の減少に寄与したと考えられる。
長期間続けると、野菜の摂取量が増え、十分にそしゃくすることにより、脳中のヒスタミン濃度が高まり、脳の満腹中枢が刺激され、自然に最後に摂取する炭水化物の量が減る。また、副食だけを食べ切るため料理の味付けが薄くなり、減塩による血圧低下作用も認められた。さらに、急激な血糖上昇は血管内の酸化ストレス、糖化を引き起こし、動脈硬化を進行させるだけでなく、老化も進める。糖尿病、高血圧、脂質異常症は、酸化ストレス、糖化、血液凝固系の高進などにより、相乗的に細小血管障害および動脈硬化を促進させるが、糖尿病患者だけでなく食後高血糖が認められる糖尿病予備軍、さらには健康な人にとっても、「食べる順番療法」は簡単で実行しやすい食事として有効であると考える。
・αグルコシダーゼ阻害薬
糖の消化や吸収を助けるα-グルコシダーゼという酵素があり、糖尿病の人は糖の消化や吸収を抑えたいので、α-グルコシダーゼ阻害薬(α-GI薬)を服用することによって、α-グルコシダーゼの働きを阻害し、糖の吸収を穏やかにする。
・2型糖尿病
2型糖尿病は、インスリン分泌低下と感受性低下を原因とする糖尿病である。遺伝的因子と生活習慣がからみあって発症し、日本では糖尿病全体の9割を占める。1型糖尿病は、膵臓のランゲルハンス島でインスリンを分泌しているβ細胞が死滅する病気で、インスリン治療を必要とする。
・インクレチンホルモン(GLP-1)
食事摂取に伴い消化管から分泌され、膵β細胞に作用してインスリン分泌を促進するホルモンの総称であり、これまでにGIP とGLP-1 の2つのホルモンが、「インクレチン」として機能することが確認されている。
・細小血管障害
毛細血管が障害される糖尿病に特徴的な合併症で、網膜症、腎症、神経障害を糖尿病の三大合併症という。
大阪府立大学 地域保健学域 総合リハビリテーション学類教授。管理栄養士、農学博士、日本糖尿病療養指導士、日本病態栄養専門師など。大学で管理栄養士養成に携わりながら、梶山内科クリニックの梶山静夫院長と共同で糖尿病食事療法の指導および研究を続ける。著書「糖尿病がよくなる!食べる順番療法」新星出版、「なぜ、食べる順番が人をここまで健康にするのか」三笠書房。