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話題(野菜情報 2013年4月号)


中山間地で有機農業を実践する

東京農業大学国際食料情報学部 教授
株式会社じょうえつ東京農大 代表取締役社長 藤本 彰三

 株式会社じょうえつ東京農大(以下、じょうえつ東京農大という。)(www.jnodai.co.jp)は平成20年4月に設立され、翌21年から特定法人貸付事業で農業に参入した。新潟県上越市の西部中山間地(桑取・谷浜地区)において、耕作放棄地を再開発しコメ、野菜、ソバの有機栽培を行なっている。

 中山間地とは中間農業地域と山間農業地域の総称であり、全国で1,757市町村が位置している。ここでは123万戸の農家が135万ヘクタールの経営農地を耕作し、約2兆円の農産物を販売している。すなわち、農業生産基盤と生産額の両面で日本農業全体の約40%を占める重要な地域が中山間地である。中山間地には山々に囲まれた美しい景観があり、国土保全機能だけでなく都市住民に癒しの環境を提供している。都市農村交流が活発化してきたのも事実である。

 しかし、中山間地は農業という産業の継続やその担い手の生活には条件が厳しい地域でもある。平成22年時点の平地農業地域の1戸当り平均経営農地面積は1.88ヘクタールであるのに対し、中間地域では1.16ヘクタール、山間地域では0.96ヘクタールと零細である。しかも中山間地の農地は棚田など傾斜地に多く分布し、作業効率がきわめて低い。経営規模の格差は栽培面積および生産額の格差を意味し、販売農家1戸当りの平均農産物販売額は平地で388万円であるが、中間地で253万円、山間地で199万円に過ぎない。農工間や都市農村格差だけでなく、農業部門内部においても大きな格差が存在するのである。

 新潟県上越市は豪雪地帯であり、桑取・谷浜地区は典型的な中山間地である。南葉山系の雪融け水を日本海へ注ぐ桑取川は真夏でも渇水することはなく、昼夜の温度格差はおいしいコメ生産への自然の恵みとなっている。しかし、いわゆる中山間地問題が深刻な地域でもある。昭和40年頃に新潟県県営開拓事業で180ヘクタールの農地造成が行なわれたが、その後、後継者不足と高齢化によって10年前には約30%が耕作放棄されていた。また、若い世代の転出によって集落機能の維持も難しくなってきている。

 東京農業大学は平成12年度から、「新農法確立のための生物農薬など新素材開発」を課題とした学術フロンティア共同研究を5カ国6大学で実施した。第2期に入った平成17年度から実証試験研究を始め、日本国内では上越市桑取・谷浜地区に試験ほ場を設置した。耕作放棄地を借入れて再開発し、コメと野菜の有機栽培実験を開始したのである。平成20年は研究最終年度であり、研究成果の実用化と有機農業による中山間地振興を目指して、事業体の設立を図った。地元からの要望が大きく、地権者・農業者、上越産業界、上越出身者、東京農大教職員や関係者などが出資して、株式会社を設立したのである。会社の経営理念として、①学術研究の深化、②実践的教育の実施、③東京農大ブランドの確立と普及、および④地域振興の4つを掲げ、10ヘクタールの耕作放棄地を借入して有機農場の建設へ向けて歩み始めた。平成22年には、初期の活動が評価されて、第3回耕作放棄地発生防止・解消活動表彰事業で全国農業会議所会長賞を受賞した。現在、経営面積14ヘクタール、従業員7名の規模まで拡大している。

 なぜ、有機農業なのか。わが国では、消費者の食品安全志向が強まるにつれて有機農産物への需要が拡大してきている。平成14年にJAS法で有機認証取得が義務付けられた時、国内産の有機農産物は3万3000トン余りであったが、平成22年には約5万7000トンへ増加した。しかし、国内農産物総生産量の0.23%に過ぎず、認証取得済みの生産者はわずか3,815戸しかいなかった。ちなみに、この年には86万トンもの有機農産物が海外から輸入されていたのである。このように日本で有機農業の普及が遅々としているのは、有機農業の収益性が低いからと考えられる。有機農法は自然条件、農地や作物の本源的な生産力に依存する技術であり、その開発研究が遅れている。その結果、生産力の安定的な維持向上が困難であり、コスト高になってもそれに見合う価格での販売も困難である。労働集約的な農法であるから大規模経営が容易ではなく、小規模で収益性が低い有機農業へ転換する生産者が限定されてしまうのであろう。

 じょうえつ東京農大は、耕作放棄地の再開発を進め、有機農業の実践によって環境保全機能を果たしながら安全でおいしい農産物の供給を目指している。有機農法による栽培技術が確立したとは言えない状態であるが、地域の生態系を踏まえた試行錯誤によって一歩一歩前進している。中山間地こそ有機農業に最もふさわしい生態系だから、その地域条件を活用する農業の確立を志向している。

 現在の借入農地は大きく2カ所に分散している。1カ所は海岸近くの高台に6ヘクタール、もう1カ所は奥へ10キロほど入った丘陵地の棚田8ヘクタールである。平成21年には会社農場としてJAS有機認証を取得し、認証ほ場は借入地の増加と再開発に合わせて徐々に増加してきている。当農場の基幹作物は水稲(コシヒカリ)、ソバ、ズッキーニ、かぼちゃおよびだいこんである。これらは数年にわたる栽培実験や販売実験の結果、当農場での有機栽培に適したものとして絞り込み、拡大を図っている作目である。これまでにエダマメ、ばれいしょ、かんしょ、さといも、クウシンサイ、ほうれんそう、スイカ、トマト、オクラ、ターサイ、アスパラガス、アスパラ菜、シロウリなど多種類の野菜を実験的に有機栽培してきたが、実験止まりの作物も多い。

 また、当農場は東京農業大学の実習農場的機能も果たしている。年間で延べ500人日の実習生が来て農作業に従事する。夏休みと冬休みに集中するが、連休や週末などを利用した短期間の実習も相当数に達する。経営的に上記5作物を基幹作物に選定したのは、地域条件と実習生の都合などを考慮した結果である。すなわち、有機栽培を前提として、積雪、土壌状態、病虫害防除、雑草対策、強風対策、鳥獣対策、作業効率、販売対策、そして学生実習時期などを踏まえた総合的判断に基づくものである。

 ここでは3品目の野菜について説明を加える。

 ズッキーニは3月に育苗を始めて、5月初旬に定植(連休中の学生実習用の作業)し、6月中旬から収穫を開始する。リレー栽培で2回以上作付けするので、2カ月以上にわたって毎日収穫できるため、キャッシュフローを改善する利点がある。作業効率を考慮して海岸近くの高台に位置する農場事務所の周辺で栽培するため、日本海からの強風の被害を受けやすいが、病虫害や鳥獣害はほとんど発生しない。平成24年からハウス栽培も開始した。防風効果が大きいことや管理が容易なこと、また収穫開始時期を5月下旬まで早め収穫期間を3カ月以上に拡大することができた。

 かぼちゃは主として奥の棚田で栽培している。ここは標高200メートル程度であるが、積雪は2~3メートルになり、4月末まで残雪が見られる。早春は地温が低く、ばれいしょ以外は不向きであるため、地元農家は水稲あるいはソバを栽培している。当社もソバを中心に栽培しているが、地元奨励品種のトヨムスメは秋そばで、8月前半の播種、10月中旬の収穫となる。すなわち、一般的にはソバ一毛作でやってきた地域であるが、当社は収益性の向上を目指して二毛作を導入した。最初はばれいしょ-ソバ、今はかぼちゃ-ソバの二毛作体系である(写真1)。

 かぼちゃは5月中旬に定植する。しかし、この時期は強風が吹き荒れることが多く、強風対策を怠ってはならない。ビニールマルチごと苗が飛ばされたこともある。その後は摘心を行い、畝間に管理機を入れて除草するが、7月下旬の収穫時期には雑草が繁茂している。平成24年には約7,500玉を収穫した。収穫作業は地元の農業高校の有機農業実習として、3~4日間で終了させる。その後は、大学生が実習にやってきて、玉を磨きながらの選別作業を行なう(写真2)。A品は野菜として出荷し、B品は洋菓子の原料に、また傷ものは被害部分を取除いてからスライスし乾燥かぼちゃへと加工する。すなわち、捨てるものがない代わりに、手間のかかる作業が続くので、高校生と大学生の実習は有り難い。さらに、ソバとの二毛作、鳥獣被害、販売可能性などを踏まえれば、山間地ほ場の有機作物としてかぼちゃは最適と思える。

 だいこんは9月第1週に播種作業を終了させる。11月になると収穫を開始し、最初に干しだいこんを製造する。11月の日本海は強風が吹き温度が急激に下がり、だいこん干しには適した条件となる。稲の天日乾燥に用いたハサに2万本近いだいこんを掛けると、巨大なだいこん壁が出現し、地元新聞やテレビが撮影に来るほどの絶景である。しかし、雨が降り続き乾燥が不十分だとカビが生えてしまうため、現在は空け広げたハウスの中に干し場を準備し良質な干しだいこんを生産している。言うまでもなく干しだいこんは漬物用である。多くは受注生産であるが、半分は当社製品の漬物用に専門業者へ持込んで委託製造している。また、積雪が始まると、雪下から掘出しただいこんを切干にする加工が始まり、2月には実習学生が来て、生産量の増大を図る。東京農大はだいこんのイメージが強いので、漬物などのだいこん加工品は「だいこん踊りシリーズ」として好評販売中である。

 最後に、当社が直面する課題を4点ほど述べる。第1は経営面積規模の拡大である。設立時10ヘクタールであったが、現在は14ヘクタール以上になっている。しかし、会社農場としては一層の面積拡大が必要である。今後は、より多くの耕作放棄地を再開発する計画であるが、耕作放棄地がある程度まとまった面積で入手可能なこと、および耕作放棄地が土地改良区の同一集団内に位置することを優先させて対応している。

 第2は収量の向上である。多くの基幹作物の収量は極めて低い。だいこんは慣行栽培と同等の収量をあげているが、水稲(コシヒカリ)は慣行栽培の約60%くらいであり、これを80%水準まで高めることを目標にしている。長年耕作放棄されていた農地は地力が低いだけでなく、土地基盤条件が劣悪なほ場では雑草繁茂も深刻で、収量向上への大きな課題となっている。

 第3は規格外品の商品化である。周知のように、わが国の農産物流通では厳しい規格が設定されており、それを外れた農産物は商品にならないか極めて低い価格で取引される。このような規格外品は慣行栽培においても総生産量のかなりの比率に達すると思われ、この利用は日本全体の食料自給率の向上に貢献すると考えられる。ちなみに、当社農場ではかぼちゃとズッキーニの規格外品は乾燥にして商品化している。

 第4は加工部門の拡大である。有機とはいえ農産物の生産と販売だけでは収益性の改善に限界がある。より付加価値の高い農産加工品の製造を拡大することが課題である。当社は農産加工施設を有していないので、厳選した製造業者に当社生産物を原料とした漬物や調味料を委託製造している。将来的には、加工施設と要員配備によって自社加工を推進したい。

 以上のように、有機栽培には多くの問題があるが、地域の生態条件を活用し食味の良い安全食料を供給する農業である。じょうえつ東京農大は中山間地の耕作放棄地を再開発し、有機農業による持続的農業経営の確立を目指している。設立以来5年を経過し、創設段階から発展段階へ移行する時期である。識者のご支援をお願いしたい。

プロフィール
藤本 彰三(ふじもと あきみ)


1950年上越生まれ。80年南オーストラリア・フリンダース大学大学院修了。80年東京農業大学助手、途上国農業研究に従事。95年より東京農業大学教授。2008年株式会社じょうえつ東京農大を設立し代表取締役社長に就任。




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