[本文へジャンプ]

文字サイズ
  • 標準
  • 大きく
お問い合わせ

話題(野菜情報 2012年12月号)


農業ベンチャーにおける
産学官連携の取り組み

有限会社植物育種研究所
代表取締役 岡本 大作

 たまねぎは料理の主役になることは少ないが、欠かすことのできない食材である。「たまねぎに品種があるの?」と質問されることがあるが、確かに品種を指定して購入することはほとんどない。小売店でいろいろな種類のたまねぎが販売されていることはまれである。たまねぎは生産量ではばれいしょ、だいこん、キャベツに次ぐ主要な生鮮野菜であり、最も輸入の多い野菜でもある。これまでたまねぎに求められる特性は、収量性、栽培のしやすさ、機械適性、形状の揃い、貯蔵性などであり、消費者の求めるものというよりは生産者と流通業者の要望であった。同規格のものを大量に生産するということは、安定供給という意味では重要だが、出来、不出来によって価格が大きく変動する。過去に価格調整のため、何万トンものたまねぎを畑に廃棄したこともある。そこで消費者と生産者の両方にメリットがあるような特徴のあるたまねぎができないかと考えた。
 日本におけるたまねぎの栽培は意外と新しく、明治初期にアメリカから札幌に種子が持ち込まれたのが始まりである。その後、北海道の気候に合うように選抜が重ねられ、「札幌黄(さっぽろき)」という品種が誕生した。北海道で作られているたまねぎは、1970年代までは、ほとんど札幌黄の系統であったが、病気に弱い、貯蔵性が劣る、形状が不揃いなどの欠点を補ったF1品種が誕生してからは、札幌黄の栽培は減り続け、「幻のたまねぎ」と呼ばれるようになった。札幌黄は味が濃く、加熱調理すると甘みが際立つ特徴を持っており、篤農家に札幌黄を栽培し続けていただくことを願う一方、何とか札幌黄のおいしさを残して、栽培しやすく現在の流通にもマッチする品種ができないかと考えた。
 札幌市はかつて道内一のたまねぎ生産地であったが、現在では宅地化が進み、栽培面積はピーク時の数分の一に減ってしまった。小さな産地が大産地と同じたまねぎを栽培しても物量で勝負にならない。そこで2004年から札幌市の「札幌黄ルネサンス事業」として、札幌市、JAさっぽろ、植物育種研究所が共同で新品種の開発をスタートし、2007年から札幌黄の改良種として「さつおう」の栽培が始まった。その後も改良を重ね、現在は、およそ200トンの生産量があり、市内の学校給食でも使用されるほか、小学校の食育教材としても登場している。さつおうの種子は、植物育種研究所で生産し、札幌市内の生産者のみに販売される。JAさっぽろは収穫物を集荷し、市場相場によらない独自の価格を設定して販売している。

  

        交配中のたまねぎの花          さつおう

 また、別の取り組みとして、たまねぎの健康機能に着目した。血液さらさらと言われるように、たまねぎの機能性は広く知られている。生活習慣病が増加している中、病気に掛かってから薬で治療するのではなく、病気にならないように、あるいは病気のリスクが高い時に生活を改善することが大切である。これまで農産物は時期、産地、栽培方法など環境によるばらつきが大きく、農産物の安定した生産という面から考えると、農産物の機能性で差別化することが難しかった。健康成分を非常に多く含むたまねぎができれば差別化できるのではないかと考え、「美味しく食べて健康に!」をモットーに開発をスタートした。
 たまねぎには抗酸化性(老化防止)、糖尿病・動脈硬化・ガンの予防、紫外線防御、アレルギーの抑制効果などが認められ、それらの効果はフラボノイドの一種であるケルセチンが関与していると報告されている。薬効成分を摂取する場合、なじみの無い食べ物からよりも、日常多く食べられている食材からとる方が安心である。
 まず、たまねぎの品種改良を行うにあたり、世界中から300種類以上の品種を集めて、2年間同じ条件で栽培した。そして、ケルセチンの含有量を分析したところ、品種によっては非常に含有量の多いものからほとんど含まないものまであり、含有量は産地や品種によって大きな差異が認められた。分析等にあたっては高価な機器が必要であり、ベンチャー企業においては困難であるため、北海道大学や公的研究機関と連携して研究を進めた。ケルセチン含量が多い系統を選抜し、北海道の気候に合うように交配を重ねたが、ケルセチン含量が多いだけでは品種として不十分である。同時に病気に強く、収量性が高く、栽培しやすいことが重要である。交配を重ねた結果、2006年には赤たまねぎ品種を開発し、「さらさらレッド」という商標を登録して販売に至る。さらさらレッドはルビー色で見た目に美しく、糖度も11度程度と高く、6カ月程度の保存ができる品種である。

  

      たまねぎ畑(さらさらレッド):栗山町        さらさらレッド

 品種が同じでも栽培する農家によって品質に差が出ると、ブランドにはならない。大きな市場を狙うのではなく、われわれが品質を約束できるマーケットサイズで、長く高付加価値を維持できる方法を模索し、地元、北海道栗山町の特産品にすることを考えた。「さらさらレッド生産組合」を組織して種子を無償で供給し、栽培規定に従って生産された収穫物を全量買い上げる契約栽培を行っている。わが社は種子代や収穫物のコストを計算し、さらさらレッドの取り組みを理解していただける小売店に直接販売する。こだわったのは、種子生産から農産物の生産(一次)、加工(二次)、販売(三次)までを一貫して取り組む6次産業化である。全国の百貨店や高級スーパーに出荷し、町内では直売所を設けて販売をしている。また、飲食店でもさらさらレッドメニューを開発しているほか、料理教室や料理コンテストを開催し、町民が毎日食べてモニター調査を行うなど、町おこしにつなげている。食品メーカーや地元企業と連携して加工品のラインナップも増えつつある。町長をリーダーとして、農+産・学・官が連携した「栗山町タマネギプロジェクト」が立ち上がり、町民が一丸となって地域ブランド化に向けて取り組んでいる。
 日本の国内総生産に占める第一次産業の割合は1%程度であり、生産性が低くもうからないと言われる。理由の一つは、農産物の価格は生産者が決定するのではなく、需要と供給のバランスによって市場で決められる点にある。流通の都合で皆が同じ規格の農産物を大量生産すると自ら価格を決定することができない。逆に優位性が認められれば、オンリーワン商品として自ら価格を決定することができる。そのためには、大学などと共同で研究し、科学的に裏付けすることが不可欠である。顔の見える農産物、地産地消などの取り組みと同時に、差別化戦略が必要である。差別化するためには、自らがPRするだけでなく、数値で示すことが最も説得力がある。競争力のある農産物を目指すには生産量でトップになるか、あるいは小ロットで地域の優位性を活かしたブランドを確立するかである。北海道のたまねぎは国内の生産量の50%以上を占めているが、差別化が図られていない。当社のコンセプトは、オリジナル品種を産地で管理することで、バリューチェーンの最上流にあたる種子を握り、川下の価格決定権を持つことである。しかし、品種の優位性だけでは差別化できない。生鮮野菜の小売価格は出荷価格のおよそ3~4倍にもなるため生産地で新たな取り組みをしても、川下に与える影響は小さい。種子生産から栽培、加工、流通に至るまでの取り組みを垂直統合し、それぞれのステップで付加価値を高めて、ブランド全体で大きな競争力をつけ、トータルの収益から頑張った人に利益を配分する仕組みに挑戦している。
 わが社は北海道大学農学部発のベンチャー企業としてスタートした。通常、大学発の企業は、学内の研究から生まれた高度な技術シーズ(技術の種)を産業化すること、いわゆるプロダクトアウトを目標にする。われわれが目指したのは、大学の技術は利用するが、それよりも消費者の要望、要求、ニーズを理解して、ユーザーが求めているものをタイムリーに作って提供していく、マーケットインの発想である。農産物の売上は工業製品と同じく、単価×数量で計算される。従来の農産物は、生産者が価格を決定できないので、単価を上げることは容易でなく、規模拡大で売上を伸ばすしかなかった。われわれの取り組みは、規模やシェアの拡大を狙うのではなく、限られた生産量の中で、いかに付加価値を高めて、頑張った人や地域にお金が残る仕組みにするかである。バリューチェーンの構成者皆が付加価値向上に貢献する方法を模索した結果、さつおうやさらさらレッドは開発された。今後はたまねぎのみならず、いろいろな野菜で健康機能に着目した育種を行い、さまざまな地域の特産品作りに貢献したい。

さらさらレッド生産者の方々


プロフィール
岡本 大作(おかもと だいさく)


 1968年広島市生まれ。1991年北海道大学農学部農芸化学科卒業。農学博士。デンマーク国立研究所、大手種苗会社を経て、2003年に北海道大学発のベンチャーとして植物育種研究所を設立。品種改良による地域の特産品づくりに取り組む。




元のページへ戻る


このページのトップへ