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話題(野菜情報 2012年10月号)


トマトのゲノム解読と
その成果がもたらすもの

公益財団法人かずさDNA研究所     
植物ゲノム研究部 ゲノム解析技術研究室
室長 佐藤 修正

 本年5月のNature誌にトマトゲノム解読の論文が発表された。これは、13カ国、300名を超える研究者が加わった共同研究として進められたトマトのゲノム解析研究の成果であり、これによって、トマトが持つゲノムの塩基配列情報のほぼ全てが解読された。ここでは、このトマトのゲノム解読の経緯やゲノム解読により明らかになった事柄、そしてトマトゲノムが解読されたことによる波及効果について概説したい。

<なぜトマトのゲノムが解読されたか>

 トマトは、世界的に見ても最もポピュラーな野菜のひとつであり、生食用、加工用などさまざまな用途に向け多くの国で栽培されている。しかし、トマトのゲノムが解読された理由はそれだけではない。トマトが属するナス科には、トマトに加え、ジャガイモ、ナス、ピーマン、タバコ、ペチュニアなどの多様な植物が含まれており、食用、嗜好品、観賞用など多岐にわたる用途に向けて広く栽培されている。また、ナス科植物は、双子葉植物のなかでゲノム研究が先行しているアブラナ科やマメ科とは進化的に遠い関係にあり、植物の進化を考える上で重要な情報を提供する。このように産業的、学術的に重要なナス科植物でゲノム研究を行うため、ナス科植物の中で比較的ゲノムが小さく、遺伝学的な研究の蓄積があるトマトが代表として選ばれたのである。トマトのゲノム解析プロジェクトは国際的な協力体制のもとで進められ、全ゲノムの高精度解読を目標に各グループが染色体地図作製、塩基配列分析、情報解析等の作業を分担した。

<トマトのゲノム解読により明らかになったこと>

 今回の国際共同プロジェクトでは、先端ゲノム解読技術と高精度コンピューター技術を駆使することにより、栽培種トマト(Heinz 1706)のゲノム(約9億塩基対)の86%に相当する7.8億塩基対の高精度な塩基配列情報を解読した。そして、このうち97%に相当する7.6億塩基対の配列情報をトマトの12本の染色体上に位置付けることができ、非常に完成度の高いゲノム配列情報が得られた。
 解読したゲノム配列上には、約35,000個の遺伝子が見つかった。これはトマトの持つ遺伝子の90%以上に相当するもので、遺伝子構造からの機能予測を含めて情報整理が行われ、データベースを通して詳細情報が公開された。
 得られたゲノム配列を他の植物のゲノム情報と詳細に比較することにより、トマトのゲノムが成立する過程でゲノムの三倍化が2回にわたり生じたことが示唆された。このうち、約6千万年前に起こったと推定される2回目の三倍化が、果実の成長や成熟に関わる遺伝子の数や種類の増加に寄与したことが示された。
 また、今回のプロジェクトでは栽培種トマトに加えて、野生種のトマト(Solanum pimpinellifolium)のゲノムについても解読を行い、7.4億塩基対の概要塩基配列を決定した。この概要配列と栽培種トマトのゲノム配列を比較することにより、トマトの栽培化に関ったと考えられる遺伝子が明らかになった。

<トマトのゲノム情報が明らかになったことによる波及効果>

 今回のトマトゲノムの解読により、トマトが持つ35,000個の遺伝子の構造やゲノム上の位置、遺伝地図との対応関係が明らかになった。これによって、トマトの遺伝子とさまざまな形質との関係を明らかにする研究が飛躍的に進むことが期待される。
 実際にトマトをはじめとするナス科作物では、農林水産省が推進する「新農業展開ゲノムプロジェクト」や「気候変動に対応した循環型食料生産等の確立のための技術開発」等のプロジェクト研究において、DNAマーカーの開発や新品種の育成のために、トマトゲノム配列情報が利用されている。また、トマトの研究推進のため筑波大学を中核機関とする文部科学省ナショナルバイオリソースプロジェクトにより、矮性トマト(マイクロトム)の突然変異体・遺伝子資源の整備が進められているが、トマトゲノム配列情報はこれらの研究リソースの品種開発への有効利用にも貢献することが期待できる。
また今回、栽培種のゲノム情報に加えて野生種トマトのゲノム情報も解読されたことにより、野生種トマトの持つ劣悪な環境に対する耐性や、病気や害虫に対する耐性などの特性を、栽培種に導入するための育種が計画的に、効率よく進められることが期待される。そのような目的で、交雑により野生種トマトのゲノムの一部を栽培種トマトに持たせた系統も整備されており、このような材料を用いた遺伝子機能解析研究も進められている。既に、その成果から、病気や害虫に対する抵抗性を与える遺伝子に対応するDNAマーカーが得られており、そのマーカーを活用した育種も展開されているが、ゲノム情報を活用することにより、遺伝子機能と結びついたDNAマーカーの開発が加速され、品種育成の場にますます活用されていくことと思われる。
 また、トマトと他のナス科植物の間には、遺伝子自体やその配置の保存性が認められるため、トマトで得られた遺伝子とさまざまな形質との関係をナスやピーマンなどの他のナス科植物の育種に応用して行くことも可能である。

 このように、トマトゲノムの情報が高精度で解読されたことにより、トマトの遺伝子とさまざまな形質との関係を明らかにする研究が飛躍的に進み、その情報を基にした育種が可能になることが期待される。その結果、耐病性、害虫耐性、乾燥耐性に優れた高収量トマトや、カロテン、リコペンなどの機能性物質に富む高機能性トマトの育成など、今後のニーズにあった新たなトマト品種やナス科作物全般の育種が大きく加速することが期待される。

【解説】

三倍化:ゲノム全体が三倍に増加する現象で、ブドウのゲノム解析で発見された多くの双子葉植物に共通の三倍化や、ハクサイ、キャベツなどのアブラナ科植物、トマト、ジャガイモなどのナス科植物のゲノム解析で同定された三倍化などの例が報告されている。三倍化の詳細な過程は明らかになっていないが、パンコムギなどの6倍体の植物の成立と同様な過程で生じたものと考えられている。


プロフィール
佐藤 修正 (さとう しゅうせい)


1993年 名古屋大学大学院理学研究科修了 博士(理学)、1993年4月よりかずさDNA研究所研究員。主任研究員、室長代理を経て2010年より現職。
この間1998-99年カリフォルニア大学サンディエゴ校研究員。
2001年より東北大学大学院生命科学研究科客員助教授併任(現 客員教授)。




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