農業ジャーナリスト
青山 浩子
野菜を“売り”にした飲食店が増えている。女性雑誌も「野菜がおいしいレストラン」「野菜自慢のレストラン」という特集を組んでいる。野菜が好きなので紹介された店には時折行く。
食べた感想は店によってさまざま。素材の味をいかしつつ、プロならではの味に仕立ててあり、何度も通う店もある。逆に一回きりの店もある。実は後者のほうが多い。
いずれの店も演出に工夫を凝らしている。メニューに産地名や農家名が明記するのは当たり前。スタッフが「この野菜にはこういった特徴があります」と丁寧に説明してくれる。ところが実際に運ばれてきた野菜を食べると「?」。この手の店には地方から上京してきた生産者と行くことが多いが、やはり同様の反応だ。まずくはないが、ふだん口にする野菜との違いをさほど感じない。この手の店は価格が割高だ。そのわりには満足度が低いのだ。
なぜなのか?青果を扱う企業の女性社長を取材し、なるほどと思うところがあった。こだわりの野菜、稀少価値の高い野菜を農家から直接とりよせ、首都圏のレストランや小売店に納める(株)マチルダ(東京都)の田川浩子社長は「新しい野菜を使いたいという飲食店は多いが素材の活かし方、料理法を知らない場合がある」という。
田川社長はこう話す。「たとえばクリーム色の葉に赤い斑点のある“カステルフランコ”という葉物野菜。蒸すなど料理して出せば喜ばれるが生食では苦味があって、好き嫌いがある。手っ取り早くサラダで出すと『苦い』と不評を買いかねない」。同社は納品の段階で料理法を提案するが、受け止めてくれる店やシェフもいるがそうでない店もある。またF1種が多すぎて本来の味を失っていたり、農家が収穫適期を逃すなど生産現場にも要因はあるようだ。
もうひとつ深刻な事情もある。不景気のあおりを受け、大半の飲食店が原価を抑えこんでいる。同社にも「とにかく安い野菜を」という注文が増えている。こうした事情がからみ合って「期待した割にイマイチ」という感想につながるのだろう。
しかし、素材を大切に扱い、野菜のおいしさを知ってもらおうとする店も少なくない。「市場に出回っていない希少価値の高い野菜で勝負したい」という農家も多い。「野菜を食べて健康になりたい」という消費者も多い。そういう要望に応えようとマチルダは工夫をしている。
ひとつは輸送コストを減らす仕組みづくりだ。同社が扱う産直野菜は農家や産地から宅配便などで直送するため割高になってしまう。そこで営業拠点を大田市場と築地市場に移した。両市場には産地から荷を送る民間の共同配送便がある。このルートにマチルダの荷を載せることで物流費は下がった。さらに取引先の飲食店に届ける際も、市場を起点に都内の各店舗を回る共同配送便を活用できるようになった。
実は、大田市場では荷受業者との連携も始めた。荷受業者が産地から市場に走らせる輸送便にマチルダの商品も載せてもらえないかと考えてのことだ。物流費のいっそうの削減を狙ったが、この部分については、産地側の了解が得られず実現していない。
市場に拠点を移したことでマチルダの取扱量は増えた。同社の顧客は野菜にこだわっている飲食店が多いとはいえ、市場流通する一般野菜も使う。店によって違いはあるが平均すると、産直野菜が2割、8割は一般野菜だという。こういった飲食店の実情に対応するため、荷受業者から仕入れた一般野菜と産直野菜をセットして飲食店に納めることにした。また場内の卸売業者から「産直野菜がほしい」といわれることもあり、顧客も増えた。
荷受業者と連携を組みながらも、同社ならではの強みも大切にしている。最大の武器は取引先への商品提案だ。田川社長は飲食店を営業する際に商品の特徴、農家の想いや栽培方法などをまとめた“提案書”を必ず持参する。自ら産地を歩くからわかる“生”の情報だ。今後は消費に関する情報を農家側に発信することにも力を入れ、現在6~7割の産直野菜の比率を8割に高めるつもりだという。
私は時折、青果物流通のセミナーに顔を出す。市場、市場外流通双方の関係者の講演を聞くことがあるが、依然として市場流通と市場外流通の間に立ちはだかる壁を感じる。だが、マチルダは実需者や農家を起点に考え、必要に応じて連携を組んでいる。野菜の需要拡大のためには何が必要かということを業界全体で考え、市場内外の垣根を取り除いていくといった柔軟性がさらに求められるのではないか。
そうした流れが進む兆しはある。2011年から今年にかけて青果物流通に大きな動きがある。今まで生鮮品の扱いに力をいれてこなかった食品卸業界が、商社との合併や連携によって青果物の調達機能を強化している。11年には伊藤忠商事系列の食品卸4社が日本アクセスを軸に統合。4社のなかには、産地との直取引で事業拡大してきた(株)アイ・スクエアを吸収した伊藤忠フレッシュがある。さらに今年には三菱系列の食品卸、菱食も大きな経営統合をするという。ともに取扱量が多いだけに市場からも調達をするはずだ。市場と市場外を縦横無尽に動きながら調達機能を強化させる可能性がある。田川社長も「市場における産直野菜の取り扱いが変わるかもしれない」と見る。
業界再編がどんな影響を及ぼすかは今後の成り行きを見守ることになるが、野菜好きな消費者の一人として、味に見合う価格でおいしい野菜が食べられる飲食店がもっと増えてくれればと願っている。
1963年愛知県生まれ。86年京都外国語大学英米語学科卒業。
JTB勤務を経て90年から1年、韓国延世大学に留学。帰国後、ハンファジャパン(韓国系商社)、船井総合研究所に勤務。99年より農業関連のジャーナリストとして活動中。1年の半分を農村での取材にあてる。農業関連の月刊誌、新聞などへの連載多数。毎日新聞「経済観測」にも定期連載中。茨城大学農学部非常勤講師、農水省の食料農業農村政策審議会の委員もつとめる。