千葉大学大学院園芸学研究科
教授 篠原 温
家族労働を前提とし、農業者の平均年齢が65才を越えた日本の農業を今後どのように維持発展させていくかは、われわれ関係者にとって最大の課題となっている。近い将来に向けて少ない農業者で1億2千万人の「食」を支える仕組みを作る必要がある。施設園芸の経営もある程度大きな施設規模を持ち、低コストで安全な生産物を作る経営を確立することが求められている。ここでは筆者の考えるわが国の施設園芸の将来展望を述べてみたい。
日本ではこれまで小規模家族経営の農業のため、さまざまな施策がとられてきた。時代は変わり、農産物は世界を駆けめぐる「商品」となり、生鮮野菜も価格差で何でも入ってくるようになって、自給率も今や約78パーセントにまで落ち込んでいる。業務用消費が家庭内消費を凌駕したこともこの傾向に拍車をかけている。このような状況下、農業社会は旧態依然としていた。先進的な生産者の中には自らの経営を改善し、1億円以上の売り上げを達成している経営者も多く出現し、小規模な生産者を束ねて販路を開拓するような特徴のある農業法人も出現した。企業と同じように、農業にもすでに「勝ち組」「負け組」ができている。しかし、多くの生産者は「負け組」意識を持たずに来てしまったのではないだろうか?第2種兼業農家は、実質的には倒産した中小企業の経営主と同じなのに…. 今の農業において、「農業者の経営的感覚」が決定的に欠けているものではないだろうか?生産者は、①企業で言えば「経営主」であり②農産物は「商品(うりもの)」であり③商品の「品質や安全性」に責任があり④商品を安く作って高く売る「販売」にもまい進するべきで、それらを全うして初めて現代の農業経営者と呼べるのではないだろうか?
日本施設園芸協会は、平成18(2006)年度に、自立した大型生産施設による経営を想定した「スーパーホルト・プロジェクト(略称:SHP)」を立ち上げ、産官学の提携によって大型施設栽培経営の典型を提示しようとしている。トマトの経営を例にとると、夫婦で経営する1ヘクタールの温室、年間の収量は50トン/10アール、農業所得は約2,000万円(1億円の粗収入)、労働時間は40時間/週/人とする(夫婦の時給は夢の5,000円となる)。この協議会では、まずノウハウの共通部分(「プラットホーム」とでも呼ぶべき技術)を明らかにして、その共通規格の上に企業独自の技術の積み上げを図ろうとするものである。SHP協議会によって上記の検討が進む中、2009度の補正予算で「植物工場プロジェクト」が採択され、「高度な施設栽培」の実証モデルの展示・研修が全国の拠点で稼働を開始した。興味のある方はぜひ視察されることをお勧めする。これら各拠点の活動がモデルとなって、大型施設園芸団地づくりが全国で展開されることが期待される。
東日本大震災は未曾有の被害をもたらし、沿岸の施設園芸も壊滅的な打撃を被った地域がある。筆者らは、その復興計画の中に植物工場基地のモデルを具現化する「大型施設園芸団地構想」を盛り込むべきであるという意見書を農水省や被災県などに提出している。単なる生産拠点としてだけではなく、2次・3次産業も巻き込み、エネルギー施策とも併せ「新たな施設園芸の典型」を示し、多くの雇用も確保するという提案である。これが実現すれば、施設園芸の実際の経営モデルとして全国の注目を集め、ここから情報発信が出来ると期待され、被災地の生産者や雇用を求める人々に希望を与えるものと思われる。
完成した千葉大学の植物工場拠点
現在も小規模な生産者が日本の野菜生産を担っていることに変わりはないが、高齢化や後継者不足はますます深刻である。このまま時が流れれば、中小の農家はその多くが自然淘汰されてしまうであろう。一方、「地産地消」「有機無農薬」「直売所」「道の駅」「朝穫り」「地方品種」「安心安全」などというキーワードが頻繁に目や耳に飛び込んでくるようになっている。私は小規模施設栽培こそ、ほかにできない特徴ある生産物を作り上げ、地域に密着した流通やネットを利用した新しい販売方法に基づく営農形態として発展が期待できると思っている。営農部を「マーケティング営農事業部」という名にした島根県のある地域農協では、その地域で自信のある野菜・特徴のある野菜の栽培を指導し、必ずしも系統出荷にこだわらず、販売先は会員と一緒になって考えるというシステムを作った。栽培・出荷ともにGAP(適正農業規範)を徹底した結果、視察をした流通関係者がこぞって「この野菜ならいくらでも引き取るからどんどん増産してくれ」とコメントしていた。品質保証した「特徴ある商品」を作ることによって、その地域全体が活性化するといういい例ではないだろうか?規模が小さいから何もできないというのは口実にしかすぎない。小さいなりに工夫の道はいくらでもあるし、小さいからできることも多いはずである。
日本の施設栽培は、大勢としては大型化が進むであろうが、小規模でも特徴のある経営は残るものと思われる。日本の消費者は、新鮮で安全性の高い「国産」の農産物を望んでいる。「国際価格での大量生産」および
「地域密着型の中小規模農家の集団化」が今後の施設園芸の模索すべき方向性ではないだろうか?
【略 歴】
学 位 農学博士(昭和62(1986)年、筑波大学)
学 歴 東京教育大学農学研究科修士課程修了(昭和49(1974)年)
職 歴 昭和46(1971)年 海外技術協力事業団(現JICA)
昭和49(1974)年 東京教育大学農学部 助手
昭和52(1977)年 筑波大学農林学系 助手
昭和62(1987)年 筑波大学農林学系 講師
平成 2(1990)年 千葉大学園芸学部 助教授
平成10(1998)年 千葉大学園芸学部 教授 現在に至る
専 門 野菜、施設栽培、養液栽培、育苗技術、品質、青果物衛生管理(GAP)
研 究テーマ
環境負荷の小さな栽培技術の開発 野菜の生産の機械化に関する研究
野菜の生産を通しての環境浄化研究