株式会社 農林中金総合研究所
顧問 野村 一正
農林水産物も含めた地域のすべての資源を活用して、農業経営および地域経済の活性化を目指す農業の6次産業化が動き始めて久しい。その動きは農産物の加工や直接販売から、地域の景観、文化、食、自然条件を活かした事業、すなわち農家レストラン、農家民宿、観光農園、再生可能エネルギーといった新たな分野へ重心を移しつつある。地域産業の空洞化や高齢化などにより地域経済が一層疲弊しつつあるなかで、新たな視点で6次産業化をさらに進展させる必要性はますます高まっている。引き続き地域の人材、資金、技術、経営ノウハウなどを一層活かすなどのより高度な多角化や連携を進めるとともに、さらなる消費者の理解と信頼を醸成していくための工夫が求められる。
1次産業である農業が2次産業(農産物加工)、3次産業(販売や観光、宿泊、レストランなどのサービス産業)に取り組むことから名づけられた「6次産業化」は、当初は農産物に由来する商品の加工、流通を農業分野に取り戻すという狙いが大きかった。しかし、地域経済の疲弊が深刻化するなかで、農業のような地域資源を活用できる産業の活性化への期待が高まり、6次産業化は新たな使命を担うことになった。すなわち、ただ単に農産物の加工、流通、サービスなどの各分野を他産業と分け合うのではなく、農産物や景観、農業が生み出す多面的な機能、地域の自然、地域文化などのさまざまな地域資源を組み合わせることによる、新たの価値の創造が求められているのである。
こうした新たな動きを加速したのが、2008年7月に「農商工連携促進法」(中小企業者と農林漁業者との連携による事業活動の促進に関する法律)、そして2011年3月に「6次産業化法」(地域資源を活用した農林漁業者等による新事業の創出等及び地域の農林水産物の利用促進に関する法律)が相次いで施行され、国も本格的に支援に取り組むことになったことである。6次産業化については、法律施行に先立って、地方農政局に総合相談窓口が設置されるなど、すでに実質的な支援策が行われており、農業者の加工、販売分野への進出は加速されていた。両法の施行はこうした動きをさらに加速し、かつ高度化することにつながった。
平成22年度版農業白書によれば、販売を目的として農産物加工に取り組む農業経営者は、2005年の2万4000経営体から2010年には3万4000経営体と、43パーセント近い増加を見せた。また農業経営者の6次産業化への関心も高まっていて、20歳代、30歳代の若い経営者層では、その半数近くが農産物加工に取り組みたいとしているなどの調査結果が出ている(農水省「食料・農業・農村及び水産資源の持続的利用に関する意識・意向調査」2011年5月)。特にこのアンケート調査では、若い農業経営者ほど、観光農園や農家レストラン、農家民宿、さらにはそれらの組み合わせといった、農業資源のより高度な活用による経営を志向していることが明らかになっている。6次産業化は当初の農産物の加工や販売といった初期の段階から、観光、レジャー、再生可能エネルギー供給などのニーズに対応しようという新たな展開を見せようとしている。
一つの例をあげれば、家畜の排せつ物からメタンガスを抽出、その後の液肥を野菜栽培の肥料として活用。生産された野菜は生鮮あるいは加工品としてグループ内農産物直売所で販売するほかレストランで消費。また、抽出したメタンガスはトラックの燃料として利用する、といった多角的な経営を推進する経営者もすでに生まれている。こうした経営体を従来の方法で産業分類することは困難で、まさに6次産業という、これまでにない新たな産業が生まれたことを実感する。この事例にみられるような動きは全国で始まっており、加工、販売という手法を取り入れることから始まった6次産業化が、新たな展開を始めたことを示している。
農村にある地域資源は、環境、観光、教育、健康、休息といった現代の社会が求める需要に対応する新たな産業を生み出す可能性を秘めている。それを実現させるのが6次産業化であることを、この事例は示している。だが、この経営体のような事例は現状では先進的で稀なケースと言える。今後の新たな展開を確実なものにするためには、従来の農業経営では得ることのできない経営ノウハウや技術、資金、人材の供給が不可欠になる。そのためにも、他の産業分野との連携の重要性が増しているといえる。地域の工業、商業分野の資源と農業との連携が不可欠であり、さらに連携を可能にするマッチングのための支援も求められる。国や自治体の支援に加え、豊富な資金、人材、それに地域にネットワークを持つJAなどの積極的な取り組みに期待したい。
さらに今後重要なのが、6次産業化への取り組みが、各部門が単独で生み出す以上の価値を生み出すことができるようにすること、つまり相乗効果をあげられるようなものとなることだ。農産物生産のためによく管理され、環境にも配慮された農場は美しい景観を生み、そこで生産される農産物やその加工品は消費者の信頼を得る。それらを使った料理の提供などと合わせれば重要な観光資源となるばかりか、教育にも貢献する。観光や教育の場として価値が増せば、さらに農場の管理は徹底され、より一層多くの人々を集めることにつながる。そうした相乗効果をあげられるような対応が不可欠だ。
そのために最も重視すべきは、情報の発信であり、情報に基づいて形成される消費者ニーズの把握である。多くの地域資源を認知してもらい、それらを生かした商品、サービスを知ってもらうためには情報発信が必要である。そのうえで形成されたニーズを的確につかみ、それに基づき商品サービスを生み出し提供する。そうした情報の循環が新たな6次産業化の成功に不可欠と言える。
【略 歴】
1970年 時事通信社入社。経済部記者を経て「農林経済」編集長、解説委員兼整理部長などを歴任。2006年4月から現職。同年7月からは内閣府食品安全委員会委員も務める。前農政ジャーナリストの会会長。