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精密農業の動向と今後の展望について

東京農工大学 大学院農学研究院
教授 澁澤 栄

 1990年代に農場の新しい管理戦略として登場した「精密農業(precision agricul-ture)」あるいは「精密農法(precision farming)」は、最近10年間に、例えば、米国の「精密保全(precision conservation)」や我が国の「精密施工(precision const-ruction)」などに幅広く応用展開されている。精密農法と精密農業は本稿では区別せず「精密農業」で統一する。

1. 精密農業の考え方

 精密農業の定義は農林水産技術会議が2008年に示したものが有効である。すなわち、複雑で多様なばらつきのある農場に対し、事実の記録に基づくきめ細かなばらつき管理をして、地力維持や収量と品質の向上および環境負荷軽減などを総合的に達成しようという農場管理とその戦略である。具体例で考えてみよう(図1)。

図1 精密農業の考え方

 まず、土壌養分のばらつきが記録されたと仮定する。ほ場は一枚でも数千枚でもよい。すると、三つの施肥戦略が成り立つ。ひとつは、慣行施肥量を維持する戦略である。ほ場への投入量は慣行通りであるが、平均より高い部分の施肥量を低い部分に回し、全体から均等な施肥効果と収量増を得る戦略である。もう一つは、慣行収量を維持する戦略で、均等施肥後の平均より高い部分は最大収量に貢献しないので削減する。三つ目は、数百~数千haの広域ほ場の場合、ばらつきを維持して多様な作物栽培による消費者ニーズ対応とリスク分散を計る戦略である。

2. コミュニティベース精密農業の登場

 わが国の農業の特徴は、品質が価格に直結する食品需要が存在すること、大消費地に極めて近いところに生産の場が存在すること、生産の場は小規模で多様なほ場群を基礎にして高品位で多彩な農産物を生産していること、大半の耕作者(所有者)はコストより売上を重視した経営志向であること、などである。このような、国際的にもまれな特徴を有利に活用する都市型農業モデルの一つとして、ばらつきの記録による三つのほ場管理戦略を誰が選択するのかという問いの中から、コミュニティベース精密農業が構想された(図2)(澁澤 2006)。
 すなわち、精密農業の作業サイクルにより創造される「情報付きほ場」と「情報付き農産物」を能動的に活用する担い手が、知的営農集団と技術プラットホームからなるコミュニティである。

図2 コミュニティベース精密農業の主体形成モデル


 「ほ場内のばらつき」と「ほ場間の地域的ばらつき」および「農家の間のばらつき」という「階層的ばらつき」を管理する主体が知的営農集団である。知的営農集団は、情報技術を駆使する農業者からなる学習集団であり、農法の5大要素(作物、ほ場、技術、地域システム、動機)を再編構成し、農家の組織化やJAあるいは自治体との共同作業の中核を担う。知的営農集団は、精密農業の作業サイクルを実行することにより、「情報付きほ場」を創造することができる。
 技術プラットホームは、精密農業の3要素技術(マッピング技術、可変作業技術、判断支援システム)を地域のニーズにあわせて開発導入する企業および農産物のマーケッティングを担う企業などから構成される。知的営農集団と協力することにより、「情報付きほ場」と接続した「情報付き農産物」を供給する。

3. 知的営農集団をめざして

 知的営農集団をめざした学習集団の一つに、埼玉県北部の本庄精密農法研究会があり「情報付き農産物」による「本庄のトキメキ野菜」のブランドを創造する社会実験を実施した(澁澤 2010)(図3)。
 例えば、生産者のホームページの活用、学習会の開催、QRコードつき情報タグの利用、顧客との対話、知的財産の保護などに取り組んだ。
 「本庄トキメキ野菜」のブランド化を実現する上で、5種類のステークホルダー(利害関係者)
との連携・協力関係が重要であった。まず地元JAに対して、研究会の事務局を依頼し、またスーパーマーケットやデパートでの店頭販売では、農産物の個別輸送と代金決済の協力を得た。この先駆的な社会実験の経験と成果は、時期が来ればJA全体に普及することを地元JAと約束しているのである。二つ目は、農家の技術ニーズ・経営ニーズを民間企業に直接伝え、新技術開発の連携協力を進めた。三つ目は、地元の本庄市や埼玉県の担当部署と連携協力関係を強め、県モデル事業の試験管役などを果たしたことである。四つ目は、中央官庁との情報交流を強め、知財とICTを活用した農産物ブランディングという模範事例を紹介し、農林水産省の知的財産戦略立案などに貢献したことである。そして最後は、地元農家との連携協力である。公開の学習イベントを開発したり、2010年には、全国から2500人の活動的な認定農業者を集めた全国農業担い手サミット開催の中心的役割を果たした。まさに、次世代の地域農業を担う知的営農集団として成長しつつある。

図3 本庄精密農法研究会と5つの利害関係者

【参考文献】
澁澤 栄(2006)、「精密農業」、朝倉書店:p199
澁澤 栄(2010)、第5世代の精密農業、特技懇、 256: 31-37


プロフィール
澁澤 栄

【略 歴】
1953年群馬県生。
1979年京都大学大学院修士修了、農学博士。
石川県農業短期大学、北海道大学農学部、島根大学農学部をへて東京農工大学農学部、2010年改組により農学研究院教授、現在に至る。
農業機械学会前会長、土壌センサ開発、農産物品質評価、精密農業の研究に従事。




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