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沖縄野菜をふんだんに使用した
伝統食による「チャンプルースタディ」
と「ソーシャルマーケティング」

琉球大学大学院医学研究科衛生学・公衆衛生学講座
准教授 等々力 英美

はじめに

 野菜の生産、流通・販売、消費の流れにおいて、野菜を生産の立場から考えるのが「農学的思考」であり、疾病予防や健康維持の立場から考えるのが「医学的思考」であるとするならば、本稿では医学的な立場から野菜の消費拡大の方策を考えてみたいと思う。
 われわれは、高血圧および動脈硬化性疾患の一次予防の試みとして、2007年から5年間にわたり、約800名の日本人(沖縄、東京・横浜在住)および米国人(沖縄在住)の地域住民を対象に、にがうり(ゴーヤー)、島にんじん、しま菜などの沖縄野菜がふんだんに使用された沖縄伝統食の食事パターンによる介入研究の科学的エビデンスの集積を試みている。この一連の研究は名付けて「チャンプルースタディ」と呼んでいる。

チャンプルースタディの内容と結果

 この研究は、まず、沖縄野菜をふんだんに使用した沖縄伝統食を現代風にアレンジした食事を真空パックにしたものを被験者に1カ月間(1週間当たり8食分、1週間の食事の38パーセント)摂取してもらうことから開始した。その結果、高血圧の原因となるナトリウムの排せつを促す働きのある尿中カリウム排せつの有意な増加や、動脈硬化進展抑制マーカーである末梢血EPC(血管内皮前駆細胞)の増加が見られ、日本人と米国人それぞれに、血圧を下げる効果(降圧作用:収縮期で-3~-5ミリメートルエイチジー(mmHg)低下)が示された。1週間当たり8食分という部分的な介入試験であったにもかかわらず、一定の降圧効果が得られたのである。
 もともと日本食は主要栄養素に限ってみれば、米国で高血圧予防として推奨されている「DASH食注1)」と類似の組成を持っているが、食塩量が多いことが欠点であった。一方、過去における沖縄の日常食もカルシウムが少ないこと以外は、野菜、カリウム、ビタミンCなどの摂取量は多く、エネルギーおよびナトリウムの摂取量が少ない点などは「DASH食」の栄養組成に近い食事内容であった。

チャンプルースタディによる食習慣の改善

 チャンプルースタディの目的は、単一の食品や栄養素のみの摂取に偏ることなく、沖縄野菜と伝統的食事パターンを組み合わせて、若年者層にも受け入れやすいレシピを提案し、血圧や体重などの健康指標が改善されることを介入研究によって明らかにすることにある。さらに、チャンプルースタディは、沖縄野菜を主体とした伝統的食事パターンによる食事摂取による効果のみならず、野菜中心の食事をとるということで健康意識が向上し、行動変容と高血圧予防につながると考えられている。野菜中心の食事は、結果的にカリウムや抗酸化栄養素摂取量を増加させるだけではなく、低エネルギー摂取、低脂肪摂取の食習慣へとつながり、加えて沖縄伝統食は、‘だし’が豊富に使用されているので塩分を低めに抑えることができ、元来、漬け物をとる食習慣がない低塩の食文化であることからも高血圧予防にとって効果的である。
 ポピュレーションアプローチ注2)の考え方から見ても、集団全体で約2mmHgの降圧効果があっただけでも、わが国における循環器疾患の年間死亡者が約2万人以上が減少(健康日本21報告書)すると推定されおり、地域住民全体の効果として見れば、食事による降圧の効果は非常に大きなものになると考えられる。

ソーシャルマーケティングの取り組みと効果

 一方、本研究ではこのポピュレーションアプローチの取り組みとして、「野菜を食べることを勧める」といった教育的方策だけではなく、「消費者に野菜をより多く購入してもらうにはどうすればよいか」といったことについて、マーケティング的手法を加味して、企業と連携した「ソーシャルマーケティング」による取り組みも開始している。「ソーシャルマーケティング」とは、企業の地域貢献活動の一つとして、公衆衛生や環境分野に何らかの価値をもたらすことを目的として、企業のマーケティング手法を活用し、最終的には地域住民、企業の双方に便益をもたらす手法である。現在、「チャンプルースタディ」により得られた食事パターンをもとにした弁当を開発し、沖縄ファミリーマートより一年間の予定で販売している。この弁当は、野菜を240グラム、食塩2.5グラム前後になるようにレシピを設計している。また、野菜購入の促進を図る目的で、JAおきなわファーマーズマーケットから、通常価格よりも安価で野菜を購入できるカードを被験者に配布して、野菜消費の促進に役立てている。このような「ソーシャルマーケティング」の意義は、農食医連携と産学連携を組み合わせたビジネスモデルとして、住民の健康改善と地域活性化にもつながる可能性を秘めている。

おわりに

 「チャンプルースタディ」の当初の目的は、沖縄野菜の特定の機能成分の効果を検証することにあったが、研究が進展するにつれて地域住民の食行動の改善のための方法の開発に視点が移っている。
 野菜消費を増やす方策として、従来から研究されている機能性野菜の開発は入口の研究として考えられるが、ヒト集団への働きかけによるポピュレーションアプローチのようなソフトパワーによる出口からの取り組みも必要であろう。最終的に生活習慣病リスクの低減を目指すためにはポピュレーションアプローチによるヒトを対象とした科学的エビデンスのさらなる集積と、地域全体の地道な取り組みが必要である。

注1)DASH食
米国の高血圧予防ガイドラインで推奨されているモデル食。野菜、果物を多く含み、乳製品は低脂肪のもので、飽和脂肪酸、コレステロールが少なく、ミネラルが多い食材で構成されている。

注2)ポピュレーションアプローチ
集団全体への働きかけにより健康改善を行う方法。例えば、減塩教育などを通じて食塩摂取に関する食習慣を改善させ、高血圧リスクを低いほうにシフトさせることで集団全体の血圧を低下させる。


プロフィール
等々力 英美(トドリキ ヒデミ)

昭和25年生まれ  東京都出身
国立精神・神経センター神経研究所(旧 国立武蔵療養所神経センター) 診断研究部研究員、東京大学大学院薬学系研究科博士課程、琉球大学医学部医学科保健医学講座助手、アメリカ合衆国ハーバード大学公衆衛生大学院客員研究員及びドイツ連邦共和国アーヘン大学医学部客員教授(文部省在外研究員)、琉球大学アメリカ研究センター併任准教授などを経て現在は、琉球大学大学院医学研究科衛生学・公衆衛生学講座准教授としてご活躍。




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