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大企業の農業参入が増加する背景について

株式会社農林中金総合研究所 基礎研究部
主任研究員 室屋 有宏

 企業の農業参入(ここでは土地利用型農業の意)については、地場企業と大企業とでは参入の動機や経営戦略などに大きな違いが見られるため、両者を分けて考える必要があろう。
 企業参入全体としては、地場の中小企業によるものが圧倒的に多く、業種では建設業と食品メーカーの参入が過半を占めている。建設業では受注工事量の大幅な減少に対して事業多角化、雇用確保を目的にした参入が中心であり、食品メーカーでは自社農産物を利用した商品の高付加価値化・差別化を目的にしたものが多い。地場企業の参入は農業単体の収益化というよりは本業補完的な性格が強く、また動機においても「経営者自身農業が好きだった」、「自治体・地域から頼まれた」、「地域貢献」といった経済的合理性だけでは説明がつかない要因が大きなウェイトを占める。
 これに対して大企業の農業参入は、土地利用型農業の低収益性、農地確保の難しさ、また、先行する企業参入の成功例が少ないことなどから、外食産業を除けばごく限られていた。食品関連を中心に、契約取引を通じた安定的調達や経営支援など、農業との連携を進める大企業は増加していたが、農業そのものはコストに見合わないという判断が一般的であった。
 こうした環境が変化してくるのは2008年以降のことであり、その背景には国民の幅広いレベルで農業・食料、地域社会、環境などに関する関心や懸念が増大したことが決定的に大きいと考えられる。「農業ブーム」ともいわれる中、消費者の行動や意識が変化することで(変化の期待も含めて)、食品関連を中心に大企業の経営戦略に影響を与え、農業参入を含めた農業部門との取り組み強化を図る動きが顕著になっている。
 中でも、08年にイトーヨーカ堂、09年にイオンとわが国の2大ナショナル・チェーンが農業参入したことは、消費市場の環境変化を先行して取り込もうとする動きであり、また、わが国のフードシステムの将来という観点からも大きなインパクトを持つ出来事といえる。
 両社の目的を見ると、ヨーカ堂は環境配慮の点から自社の食品残渣をたい肥化し、それを活用した農業というCSR(corporate social responsibility:企業の社会的責任)の側面を強調するのに対して、イオンはPB(プライベート・ブランド)野菜の生産と違いがあるものの、全国10カ所程度の直営農場を通じ訴求力のある地場野菜を供給しようという基本戦略(「ほ場から食卓へ」)は共通している。また自社グループの販路、物流システム、需給調節機能などを活用したコスト節約も大手の強みを活かしたものである。
 こうした両社の農業参入は、「大企業主導の産直モデル」の構築実験と表現できるのではないだろうか。両社にとり直営農場からの調達が占める割合は、全体からするとわずかでも、自社で農業のノウハウやデータを蓄積し、川下の情報・ニーズを生産に早く反映させていく仕組みが構築できれば、訴求力のある青果物の開発・販売だけでなく、生産者を彼らの「スタンダード」でより直接的に組織化することが可能となるはずである。
 消費市場において消費者をマスで捉えることがますます難しくなってきている現在、量販店が従来のように規格大量生産された商品を安価に消費者に提供するだけでは収益確保が難しくなっている。調達システムのひとつとして、自ら「産直モデル」を構築していくことは、将来の収益性や企業価値の増大に結びつくという見通しを大企業が持つようになったと考えられる。
 土地利用型農業の収益性の低さについても、国民の農業・食料について意識変化などにより農業のCSR価値が拡大したことで、大企業の連結経営の中で農業参入のコストを許容する余地が広がったと理解できる。特に農業の場合、環境、食育、地域貢献などCSRの観点で捉えられる範囲は広い。今後、大企業が農業参入を軸に直売所、農家レストラン、農業体験テーマパーク、貸農園などへと事業範囲を拡大する可能性があろう。
 大企業の農業参入を促す要因としては、消費市場や経営戦略の変化以外にも、制度的な要因も重要である。03年以降、数次にわたり農地制度が改正され企業の農地利用の自由化が進み、自治体の参入支援は近年では「誘致合戦」に近い状況を呈している。いうまでもなく農業経営は農地条件などに左右される部分が大きく、自治体が農地斡旋をはじめ「ワン・ストップ」の支援を行なうようになったことは、参入地域から遠隔地に所在する大企業にとって情報コストが大幅に低下し、参入しやすい条件整備につながったといえる。
 一方で、これまでの地場企業主体の農業参入と異なり、地縁的な結びつきを持たず、また明確な収益志向を持つ大企業の参入が増加することは、地域農業に複雑な影響を与えることは避けられず、企業と地域がいかに良好な関係を築くかが一段と重要なテーマになってくるだろう。


プロフィール
室屋 有広(むろや ありひろ)

1989年3月 東北大学大学院経済学研究科経済学専攻後期課程単位取得退学
1989年4月 農林中央金庫入庫
  • 現在、農林中金総合研究所基礎研究部主任研究員
    主に「企業の農業参入」、「農商工連携」、「東南アジア農業」をテーマに執筆。
    最近の業績としては、「農地制度改正後の「企業の農業参入」を考える」(『農林金融』2010年6月号)、「加速する企業の農業参入の現状と今後の見通し」(『技術と普及』2010年2月号、『変貌する世界の穀物市場』(農林中金総合研究所編、共著、2009年、家の光協会)



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