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今月の話題


地球温暖化による環境変化がもたらす
園芸作物生産への影響と対策

独立行政法人農業・食品産業技術総合研究機構
森永 邦久

1. 地球温暖化の現状

 最近では地球温暖化を身近なところで感じることも多く、ツバメの初見日や桜の開花日などは次第に早くなり、逆に紅葉は遅くなっていることなど、その季節になると話題とされている。
 わが国における1898年から2004年までのおよそ百年間の気温の長期変化の傾向は、全国平均で1.06±0.25度上昇している。この値は、北半球における平均気温の上昇値0.77度を上回っている。将来的には21世紀末で1.1~6.4度の気温上昇の可能性があることが指摘されている。温暖化の原因はIPCC(Intergovernmental Panel on Climate Change:気候変動に関する政府間パネル)において、人為起源による二酸化炭素、メタンなどの温室効果ガスとほぼ断定され、この発生抑制が世界的な課題である。
 地球温暖化とは、このような長期的に見た平均気温の変化傾向であるが、温暖化は短期的には豪雨、干ばつ、台風の大型化などの気候変動(極端な気象現象)の発生として現われている。気候変動は、北極圏の氷の融解、干ばつ、サイクロン被害など世界中で深刻な事態をもたらしている。
 今後の食料生産への影響予測では、赤道に近い低緯度地域、特に乾季のある熱帯地域では、気温の1~2度上昇で作物生産性が減少し飢餓の危険性が高まり、この不利益が最も顕著に表れる地域はアフリカであろう、と予測されている。

2. 日本の農業と園芸作物への影響

 筆者の所属する独立行政法人農業・食品産業技術総合研究機構(農研機構)が行った温暖化によるわが国の農業への影響に関する調査では、すでにほとんどの作物で温暖化の影響が見られた。特に、野菜、果樹、花などの園芸作物では、生産量とともに品質への高温の影響が大きいことが特徴的である。野菜では、施設栽培のなす、トマトの夏場の高温による着花・着果不良などの生育不良や着色不良などの発生、いちごの花芽分化の遅れなどが問題となっている。露地野菜でも収穫期の前進あるいは遅延、ほうれんそうなどの葉菜類の抽だい(茎が伸張・分枝する現象)の増加、レタスの結球不良などが指摘されている。果樹ではりんごやぶどうの着色不良、温州みかんの浮皮、なしの発芽不良などが挙げられる。永年生作物の果樹は、年間を通じて環境の影響を受け、また昨期の移動が困難なために温暖化の影響を最も受けやすい。花きでも生育期間の高温に起因する開花期の前進や遅延、奇形花や退色などの品質低下の影響が出ている。

3. 園芸作物における温暖化に適応した品種、技術の開発

農研機構では、種々の作物や分野に応じたプロジェクトを行い、温暖化による被害を回避、軽減するための高温条件に適応した新しい品種や技術の開発を進め、生産力の維持向上に努めている。例えば、なすでは高温に強く単為結果性(授粉なしで結実する性質)系統の育成が進んでおり、生産現場での実証が進められている。施設栽培でも、気化潜熱利用培地冷却を付加したいちごの高設栽培装置、トマトの地中熱交換による部分冷却装置、細霧と遮光併用の低圧型細霧冷房システムなど、省エネ性が高く、できるだけ低コストで温室効果ガスの発生も少ない環境制御技術が開発されている。
 果樹においても、ぶどうの着色改善のための環状剥皮技術やみかんの浮皮防止のための植物ホルモン(ジベレリンとジャスモン酸)利用技術などが実用化されている。ももなどの果樹では、冬季に低温に一定時間以上遭遇しないと発芽しない性質(低温要求性)があるために、低温遭遇時間の短くてすむ系統の育成や高温でも着色の良いぶどうやりんごの育成を進めている。りんごやみかんでは将来的な栽培適温地域の北上予測も行われている。

4. 今後の温暖化研究と対策技術の取り組み

 今年度から新たに開始される研究(農林水産省地球温暖化対策プロジェクト)において、園芸分野では、①温暖化の影響の総合的評価(温暖化被害の発生条件の解明とシミュレーションによる将来予測)、②潜在的な生産能力、品質、病害虫発生に及ぼす影響評価と適応策の提示(高温の影響評価と晩霜害、着色不良、抽だい、着果不良、病害虫発生などに適応できる技術の提示)、③生産現場で起きている高温障害への対策技術の開発(発芽不良、花芽分化遅れ、開花期変動などに対する適応策の開発)を進める計画である。
 また、農業分野からの温室効果ガスの発生を抑制する方法や積極的に果樹園などの農地に貯留できる方法などの開発も行う計画で、わが国が掲げる温室効果ガス発生の25パーセント削減(1990年比)への貢献も大きな目標である。


プロフィール
森永 邦久(もりなが くにひさ)

昭和26年 長崎県生まれ
昭和52年 農林水産省入省。近畿中国四国農研センター(当時四国農業試験場)
平成3年 農学博士(九州大学、「カンキツの光合成作用と果実生産に関する研究」)。
平成3~4年 豪州にて長期在外研究(カンキツの光合成と水分生理)。
平成13年から (独)農業・食品産業技術総合研究機構(農研機構)近畿中国四国農研センターにて、カンキツのマルチドリップ技術の開発と普及に従事。
平成20年から 農研機構本部地球温暖化研究担当(温暖化プロジェクトリーダー)および果樹研究所研究管理監。
平成20年 平成20年度園芸功労賞受賞(園芸学会)

現在の役職
・(独)農業・食品産業技術総合研究機構(農研機構)本部:地球温暖化研究・調整担当
・同機構 果樹研究所研究管理監(つくば):栽培研究・評価・広報、産学官連携担当




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