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わが国における野菜の輸出戦略

独立行政法人農業・食品産業技術総合研究機構
農業者大学校 講師 櫻井 研

1.野菜の重点輸出品目

 わが国は、2020年までに農林水産物の輸出額を1兆円規模に拡大するという目標を掲げ、官民挙げて総合的な輸出戦略の推進に取り組んでおり、野菜についても重点個別品目と重点国・地域を定めて輸出促進を図っているところである。
 重点個別品目としては、ながいも、いちご、メロン、かんしょ、キャベツ、だいこん、レタスの7品目が挙げられている。09年の輸出実績は、ながいもが18億円、いちごとメロンを合わせて2.5億円、そのほかの4品目が2億円である。これらを合計すると生鮮野菜の輸出額の約90パーセントを占めている。国内産地の輸出意欲という点からも重点品目として位置づけられるものである。
 農産物の輸出環境は、世界的な不況や円高の影響、他国産との競合、検疫などの問題もあり厳しい状況だが、生産者団体、輸出関係者などの熱心な取り組みは着実に成果を上げている。

2.和食食材としての輸出品目

 香港のある和食レストランが使用している多くの食材の中には、日本から空輸便で調達しているものもあり、次のような野菜がある。
 きゅうり、なす、ししとう、かぼちゃ、だいこん、かんしょ、やまと芋、みつば、みょうが、ふきのとう、紅たで、菜の花、穂じそ、タラの芽、こごみ、はじかみ、あしたば、ふき、わらび、木の芽などである。
 上記以外の野菜は香港でも入手できるという。日本品種であっても大概は日本産ではない。例えばだいこんである。生で食べる刺身のツマには日本産、煮物用には中国産もしくは台湾産と使い分けられる。
 しかし、一般的な食材とは違って、代替できないものがある。“旬”のツマ物や香味野菜などの食材である。
 大阪で輸出業を営んでいる山本昌明さんが、香港、シンガポール、タイなどの和食レストラン向けに輸出する野菜も基本は現地からの発注を受けて輸出するものである。「日本でしか調達できないもの、もしくは品質が著しく異なるものしか現地からは注文が来ません」という。

3.“葉っぱ”輸出への挑戦

 “葉っぱで狙え、海外の台所”。最近あるテレビ番組で紹介された取り組みである。熊本県で青じそ(大葉)を生産する吉川幸人さんが、仕掛け人である田中豊さんと二人三脚で台湾に「大葉」を売り込むという設定であった。
 田中さんは、いちごの“あまおう”の輸出を実現させた輸出サポーターである。その経験を生かして、台湾のバイヤー(輸入商社)を吉川さんのほ場に案内する。しかし、台湾ではなじみのない「大葉」に興味を示さず、「買う人もいないし、売る店もない」と素っ気ない反応であった。
 田中さんの説得でなんとか試験販売することになり、台湾のスーパーの店頭に並べるところまで事は運んだが、2時間経っても「大葉」の前に立ち止まる客は一人もいない。番組では「その時田中さんは動いた。“食べ方を教えないと、このままでは売れないことが分かりましたから、台湾の人に合わせた試食をやってみましょう”。試食を始めると関心を呼び、次々に客が寄ってきて、何人もの客が“おいしい”と言って買っていく。その様子をみて、バイヤーの考え方が変わる。“こんな野菜が売れるとは思わなかった”」と紹介した。
 重要なことは、二つの基本的なプロモーション・ミックスを実践することである。
 一つは「プッシュ」戦略である。輸入業者や小売業者に働きかけて、日本産の野菜を販売してもらうように影響力を行使する活動である。
 もう一つは「プル」戦略である。最も効果的な方法は、試食を伴う小売店店頭での人的販売促進だ。認知と理解にとどまらず、評価(おいしいと感じる)、選好(他国産よりも好ましい)、確信(高価だが、価値のあるものと確信する)、そして購買という方向まで消費者を誘導できる効果がある。プル戦略が有効であれば需要が生まれ、そのことが「プッシュ」戦略における輸入業者や小売業者などへの影響力となる。番組の中で田中さんは「売れることが分かれば、バイヤーへの説得力になります」と語っていたのはそのことを意味する。

4.日本産野菜の特徴と輸出の課題

 輸出される野菜には、和食食材にみられるような日本固有の食文化に結びついているものと、消費者の「安全・安心」「健康・元気」「帰属・愛情」「自分へのごほうび」といった普遍的なニーズに即して需要創造に成功したものと、二つの特徴がある。
 台湾で人気のながいもは、その本当のニーズは「健康・元気」に生きたいという人々の暮らし方に起因する。わが国の産地はそのニーズを的確にとらえて「安心して食べてください」と産地の体制を整えて輸出を伸ばしてきた。また、香港で高い評価のいちごであるが、その抜きんでたおいしさへの賛美は「大切な人への贈り物」(帰属・愛情のニーズ)と結びつく。
 いずれの品目も、海外市場で十分に認知、理解されているとはいえない。当面の重点国・地域以外への市場開拓もこれからの課題だ。他国産の競合品が多い中、日本産の特徴をしっかりと詳細に説明し、よく味わってもらって、日本産野菜が人々の健康で豊かな食生活に貢献できるように輸出促進を図ることが肝要である。


プロフィール
櫻井 研(さくらい けん)

1939年茨城県生まれ。
専修大学大学院修了
(社)農協流通研究所理事・調査研究部長、東京水産大学(現、
東京海洋大学)客員教授、同講師、日本大学生物資源科学部講
師を経て、2009年より現職にて「農産物貿易と輸出戦略」の
講義を担当。農林水産省、日本貿易振興機構、中央果実基金等
の農林水産物輸出促進にかかわる各種委員会の委員を歴任。豊
富な海外市場調査の経験を踏まえて農産物等の輸出可能性を研
究している。



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