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野菜、果物の摂取と発がんのリスク

国立がんセンター がん予防・検診研究センター
予防研究部長 津金 昌一郎

野菜・果物の摂取量とがんの発生率

 私の専門は、がん予防を目的とした疫学研究である。いろいろな調査研究を行っているが、最も大規模な研究が1990年に開始した多目的コホート研究注1)である。日本の11地域で約10万人の集団を20年後までの予定で追跡している。がんの発生について十分なデータが蓄積された時点で、生活習慣や食生活によりグループ分けし、どの程度特定のがんの発生リスクが高いのかを分析している。

 この研究は「なぜ、どのように」というメカニズムを明らかにする実験ではなく、その仮説が現実の人々から集められたデータから実証されるのかどうかを問う研究である。実験ではないので、最初の条件について強制的なコントロールはできない。

 例えば、野菜の摂取量によってがんの発生率を比べるとする。野菜の摂取量が低い順に対象者を並べ、いくつかにグループ分けしてがんの発生率を比較する。その場合に、グループによって年齢、喫煙や飲酒習慣などが偏っていると結果はその影響を受けてしまう。そうならないようにグループの間で野菜摂取以外の条件が平等になるように、後から統計学的に補正をするわけである。

 このような、統計学的な分析による疫学研究の宿命として、いかに大規模な調査に基づくものであっても、一つの結果だけでは決定的とは言えない。そこで、日本人のためのがん予防法を検討するための研究班を立ち上げた。日本人についてこれまでに行われた結果を専門家が頭を寄せ集め、一定のルールに従って評価したり、不足するデータを補うための新しい研究を行ったりする。

 例えば、野菜・果物とがんについて、交絡注2)やバイアス注3)を最小限にする工夫がなされた数多くの研究で同様の結果が出ていれば、それは間違いなかろうと考えるわけである。どれくらい間違いないかについては、「確実」「ほぼ確実」「可能性あり」「データ不十分」のうち、どれかに落とし込む。

 これまで、野菜・果物について、全がんおよび肺、肝、胃、大腸、乳房、食道、膵、前立腺のがんとの関連を検討した。その結果、野菜は食道がんのリスクを下げるのはほぼ確実であり、胃がんのリスクを下げる可能性がある。また、果物も食道がんのリスクを下げるのはほぼ確実であり、肺がん・胃がんのリスクを下げる可能性がある。それ以外については、データが不十分であった。

さまざまな野菜・果物の摂取量が不足しないように

 先日、一般の方から「緑黄色野菜を取るとがんを予防できると聞きました。一方では、ベータ・カロテンを取りすぎると、肺がんになると聞きました。一体、どっちですか。がんを予防するためには、一日何グラムのベータ・カロテンを摂取したら良いとお考えですか」という問い合わせがあった。

 先に述べたように、一つの調査結果からだけでは決定的とは言えない。比較的昔の研究では緑黄色野菜ががんに予防的という結果が多いが、最近の結果では、特にそうでないというものもある。

 ベータ・カロテンには抗酸化作用があり、緑黄色野菜に多いので、それで喫煙者の肺がんのリスクを下げられないかという期待から欧米で実験レベルの試験が行われた。

 喫煙者を無作為にグループ分けして、一日当たり20ミリグラムとか30ミリグラムといった量のベータ・カロテンを含むサプリメントとプラセボ(偽薬)のどちらかを摂取してもらい、その後のがんの発生を調査した。サプリメントを飲んだグループで肺がんのリスクが抑えられたかどうかを検討したが、逆に肺がんが増えていた。

 サプリメントは、もともとその栄養素が不足している場合には補える可能性があるが、充足しているところにさらに摂取するとかえって不健康を招くことにもなりかねない。そういう意味からも健康な人に対し、がん予防を目的にお勧めできるようなサプリメントはない。

 食事全般についても、これを取っていれば確実にがんを予防できるという単一の食品、栄養素は現在のところ分かっていない。取り過ぎるとがんのリスクを上げる可能性がある食品中の成分、あるいは調理、保存の過程で生成される化学物質などが知られている。そのようなリスクを分散させるためにも、偏りなくバランスの良い食事を取ることが原則である。

 野菜・果物については、バランスよくいろいろな種類のものを食べるように心がけていただきたい。その上で、野菜・果物合わせて一日400グラム取ることを心がけていれば、栄養素としても不足にはならない。

 そう説明すると、「あまり細かいことは分かっていないのですね」とがっかりされてしまった。

 個別の栄養素とがん予防や、食物の代謝に関わる遺伝子多型注4)の影響については、まだ十分に解明されていない。分かっていないことに悩むより、分かっていることを堅実に実行するのが賢明であろう。

注1)
厚生労働省研究班により1990年に開始された、全国11保健所管内14万人の地域住民を対象とした、生活習慣とがんなど成人病発症との関連についての長期追跡調査。
注2)
疫学研究の結果に影響を及ぼす要因の1つ。研究目的である原因と結果の実際の関連性が、第三の要因の影響によって過大評価ないし過小評価されてしまうことをさす。
注3)
疫学研究の結果に影響を及ぼす要因の1つ。研究目的である原因と結果の実際の関連を過大評価したり過小評価したりして、誤った研究結果を導いてしまうことをさす。
注4)
遺伝子の変異のうち、その表現形によって病気と結びつかないもので、人口の1%以上の頻度で存在するものをさす。


プロフィール
つがね しょういちろう

東京都港区生まれ。1981年:慶應義塾大学医学部卒業、1985年:同大学大学院修了(医学博士)、1986年:国立がんセンター研究所疫学部研究員、1994年:臨床疫学研究部長、2003年:現職。研究領域:がんの疫学研究(がんの原因究明と予防に関する研究)など。主な著書:「『がんになる人ならない人』科学的根拠に基づくがん予防」(講談社ブルーバックス)、「なぜ、『がん』になるのか?その予防学教えます。」(西村書店)など。


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