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今、野菜産地がすべきこと




株式会社 グッドテーブルズ 代表取締役社長 
山本 謙治

■なぜ野菜は売れないのか

 最近、いい話が一つも聞こえてこない。マスコミは食品の偽装や事故について過剰にあおり立て、経済状況は今後を見通せないほどに混迷している。コメは豊作だが、このままいけば価格がどうなるか。そして何より、野菜の価格が上がらない。これだけ自給率向上が叫ばれ、燃料や資材、肥料の高騰が深刻であるにも関わらず、だ。

 テレビでは相変わらず、消費者目線で「庶民は何を食べればいいのだろうか」などと言っているが、偽装事故が起きている食品のほとんどが加工品である。身元が明らかで、加工度の低い食材を買い求めて自宅で調理をすれば、リスクは大きく低減できるはず。みな、野菜をもっと買えばいいのにと思う。

 けれども、その野菜が売れない。これには、日本という国の構造的な要因が影響していると思われる。日本では、2005年から人口の減少が始まっている。つまり、食べ物を迎える胃袋が減る、ということだ。そして本格的な「高齢社会」へと舵を切った。総務省の推計によれば、日本の総人口に占める65歳以上の人口はすでに22%である。高齢者は若い人よりも食べる量が少なくなるから、たくさん食べる人がどんどん減ることになる。そして、世帯の縮小が続いている。1980年代は核家族といっても4人家族が主流だったが、2000年代に入ると単身世帯が最も多くなった。そうなると、一世帯が購入する食品の分量は当然少なくなり、小分けされたものやカット野菜などに手が伸びる。4分の1カットのキャベツやだいこんばかりが売れるようになり、まるごとの野菜が売れなくなっている。消費者は小さく最適化された素材しか買わないから、野菜消費の総量が減るのは当たり前だ。

■野菜を健全な価格で販売するためには

 野菜がきちんとした価格で売れるための前提条件は、当たり前のことだけど、野菜を食べる人がいるということだ。しかし、今の日本の食のスタイルでは厳しい。例えば、料理のできない人たちが増えている。若い女性の習い事のベストテンには必ず料理教室が入るらしいが、一番人気はご飯の研ぎ方・炊き方、味噌汁の作り方などの基本クラスだそうだ。料理ができない人は、総菜や加工品などの調理済み食品か、外食・中食で済ませる食行動が中心となる。総務省の家計調査を追っていくと、家計における食費全体の支出は下がっている中で、調理済み食品は横ばいである。相対的には上がっているということだ。「調理済み食品にも野菜が使われているじゃないか」と言われるかも知れないが、加工に回るのは主としてB級品以下のものが多い。一方、スーパーや百貨店にならぶA級品は、料理をできる人が減れば、買われることがない。価格のリーダーはB級品・C級品になっていく。いや、もうすでにそうなっているのではないか。

 だから、野菜が健全な価格で販売されるためには、自宅できちんと素材を選び、買って、自宅で料理をする世帯を増やしていかなければならないのだ。マヨネーズで圧倒的なシェアを持つ食品企業が、テレビでサラダ野菜などのイメージCMを流しているが、一方で、売り場でレシピカードを並べておくと売れ行きが非常によくなるそうだ。企業にお任せするのではなく、野菜産地でお金を出し合って、地域・野菜のテレビCMやレシピカードなど共同で行った方が、野菜の消費拡大には効果的ではないだろうか。小難しく食育を語る前に、まずは、「これなら私にもできそうだ」と思わせることが必要なのだ。

■産地発の食育が必要だ

 それにしても、各地のJAなどに呼ばれ、話をする中で痛感することがある。みんな共通して危機意識を持っているようだが、自分が対策を実践しよう、というところまでは追い込まれていないな、ということだ。「それは大変重要なことなので、どこそこに委員会を設置してやっているところです」というような話になるが、じゃあどんなことをしているのかと見てみると、誰も読みそうにないパンフレットを作ったり、手の込んだウェブサイトを作ったりしている。うーん、それってどうなんだろう。

 先日、NHKの番組に出演したとき、東京の八百屋さんが、店頭で新顔野菜をすべて試食販売しているシーンを観た。自分がお薦めの素材を毎朝料理して、食べさせながら売る。その際、作り方も教える。ぶっきらぼうな売り方をするセルフサービスのスーパーとは違い、八百屋はコンサルティング型の販売だからそれができる。その八百屋が減少しているから、八百屋を応援しなければならない。そして、農家自身、JA自身もきちんと食育への関与が必要だろうと思う。そう、産地発の食育だ。それも、大上段からやるのではなくて、とにかく生の野菜を買って、家で料理した方が安くてたっぷり食べられて、しかも「美味しいよ!」ということを伝えるだけでいい。実は消費者もそうした情報を非常に欲しているのだから。

■生産者がマーケティングをする時代

 筆者は、年に数回、辻調理師専門学校を中心とする辻調グループと、食の総合出版社の株式会社柴田書店と共に「料理人のための食材研究会」を開催して、一つの品目を10品種程度集めて、食べ比べを行っている。そこで思うのは、料理人も食材を全く識らないな、ということだ。同じ品目であっても、野菜には品種がたくさんあるが、その品種によって味や特性が変わることに驚く参加者が多い。スーパーの店頭では、あいも変わらず限られた品種、例えば、ばれいしょなら男爵芋やメークインしか並ばない。これでは消費者の興味も喚起されるわけがない。

 流通にも販売にも、マスメディアにも、野菜の復権は任せられない。これからは、生産者自身がもっと野菜のマーケティングに積極的に取り組む世界になっていかなければならないのだと思う。



プロフィール
やまもと けんじ

1971年愛媛県生まれ、埼玉育ち。
株式会社野村総合研究所、ワイズシステム株式会社などを経て2004年に株式会社グッドテーブルズを設立し代表取締役社長に就任する。
近著に「日本の『食』は安すぎる」講談社プラスα新書刊や「実践 農産物トレーサビリティⅡ」誠文堂新光社刊などがある。


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