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「おいしさ」という視点から野菜を考える




味覚と食嗜好研究所 代表(前東京農業大学教授)
山口 静子

 野菜消費量の低迷を打開するための野菜消費拡大の決め手の一つは「おいしさ」にあるとの考えから、野菜のおいしさ研究が平成18・19年度農林水産省補助事業として、NPO法人 野菜と文化フォーラムにより実施され、私は官能評価を担当しました。官能評価とは大勢の人に試食してもらい、統計的に解析するものです。在職していた東京農業大学の学生の協力を得て、種々の野菜を評価しました。その結果、野菜のあり方に関して考慮すべき幾つかの重要な点が明らかになりました。

〈消費者し好の基本構造〉
  野菜の消費者には、野菜を好きな人と好きでない人がおり、両者は対立した価値観を持っています。にんじん、きゅうり、なすなどいずれにおいても、好きな人はその特徴を示す香り、風味、味の強いものを好み、好きでない人は弱いものを好むのです。そのため、両者を区別して考えないと中途半端なものしか生き残れません。

 野菜嫌いな人を好きにすることのみを重視すれば、野菜は限りなくその特徴や個性を失う方向に流れることになります。栄養価が高いにもかかわらず、昔ながらの風味が濃厚な長にんじんなどはその典型です。

 また、野菜のし好形成には苦味や独特の香りなど、生得的には好まれない特性(抑制因子)を学習や馴れによって克服する必要がありますが、それを回避するため、野菜の甘味の増強、抑制因子の減弱などを一方的に進めることは、し好未形成の人の味覚の発達を幼児段階にとどまらせることばかりか、すでにし好を形成した人を野菜離れさせることになります。

 にんじんの甘味に関しては、成人でにんじんが好きでない人はその甘味も好まないことも分かりました。甘味を強め野菜本来の微妙なほろ苦さやうま味などの味の深みが閑却されれば、和食文化を支えてきた繊細な味覚の崩壊にもつながります。

〈調理法の重要性〉
  調理によって評価が逆転することもあります。生では味成分が溶出せず野菜本来の微妙な味わいを十分に発揮することができない場合があります。一方、加熱料理に適している野菜の品質を生でも食べられるような品質に変えるとすれば、それはそれで問題です。また、生ではかさが多いため量的には摂取できませんので、さらなる消費量低下へとつながることが危惧されます。

 消費量に大きく寄与する漬物も同様のことがいえます。通常、学生は漬物が好きですが、それ以上にサラダを好んでいます。そのため、きゅうりは味よりパリパリ感などに力点を置く傾向があります。

 4種のきゅうりについて、いずれのきゅうりもパリパリ感が強く、きゅうりらしい香りや味は弱いもので6日前と前日に収穫したものを、生とドレッシング和えで評価したところ、3種には差がなく、1種はたまたま前日収穫したものに苦味があり、そのままでは明らかに嫌われましたが、ドレッシング和えでは逆に好まれました。

 ドレッシングやマヨネーズ和えであれば味はどうでもいいと考える方が多いかもしれませんが、漬物では微妙な味や風味が決め手になりますので、それらに力点を置いたきゅうりが求められるところです。味や風味のよいきゅうりがでてくることで、漬物の消費量が増え、きゅうりの消費量の増加が期待されます。

〈だしとうま味の重要性〉
  2種のにんじんA(グルタミン酸含量が0.014%)、Bのにんじん(同0.024%)について「水煮」と「だし煮」で評価をしたところ、「水煮」ではAが、「だし煮」ではBが好まれました。後者の評価に対しては、にんじんのグルタミン酸とかつおだしのイノシン酸との相乗効果によるものと考えられたので、イノシン酸を何と0.0033%(100gに対して0.0033g)まで落としたところ、それでも識別でき、さらにその差はにんじんを好きな人の方がよく識別していました。つまり、野菜は、イノシン酸を含む肉や魚など動物性食品と一緒に調理することで、さらにおいしく食べられることが分かりました。

 野菜の評価には、甘味を簡単に測定できるブリックス計がよく用いられますが、野菜は甘味だけでなく、それとともにうま味が重要であることを再認識する必要があります。食味の評価をするうえでも、生やただゆでるだけでなく、野菜に含まれるグルタミン酸と他のうま味成分との相乗効果でさらにおいしさを引き出す効果があるので、だしで煮た場合での比較なども求められるところです。そして、微妙な味を味わい分けられるための食に関する教育が重要であると考えます。

〈生かし生かされるおいしさ〉
  たんぱく質、脂質、炭水化物の3大栄養素に富む肉、魚、米などの食品を主役とすれば、その消化、吸収、代謝を円滑にするビタミン、ミネラル類を含む野菜は脇役です。従って、その味わいも主役を圧倒するものではなく、控え目で飽きることのない、地味で奥深い滋味でなければなりません。主役が生きるかどうかは脇役にかかっています。動物性食品と野菜のうま味の相乗効果がそれを象徴しています。

 近年、食品は人間の欲望のままに改変可能になり、奇抜さや、特性の一部を強調することによって差別化し、主役にとって代わることに視点が向けられていますが、人間のし好は短期に形成できるものではありません。長い年月を経てわが国の食文化に定着した野菜の価値を深く見直し、おいしい食べ方を研究することが重要と思います。


プロフィール
やまぐち しずこ

日本女子大学卒業後、味の素(株)食品総合研究所で30余年味覚の研究に従事。
平成9年より20年3月まで、東京農業大学栄養科学科教授。
20年4月より味覚と食嗜好研究所代表
主な著書 うま味の文化・Umamiの科学、丸善(1999)



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