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農産物直売所の持続可能性をさぐる



東京農工大学大学院 農業市場学研究室
准教授 野見山 敏雄

 農産物直売所(以下、「直売所」)は無人の季節営業を含めると全国に1万2~3000箇所あると推測されます。今や、全国津々浦々に直売所を見かけることができます。そして、直売所は地域ににぎわいと新たな財貨の循環をもたらしています。最近は、学校や病院の給食に食材を供給する直売所が増えており、食育や福祉活動にも大きな役割を果たしています。

 しかし、多くの直売所の農産物の出荷者の担い手は、高齢者や女性農業者が中心です。そして、地域によっては大きな直売所が次々に建設されています。同時に、大きな直売所と競合し、周辺の小さな直売所が廃業に追い込まれるところも出ています。直売所はこれからどのように進み、どうなるのでしょうか。直売所の需要と供給の両面から考えてみましょう。

 まず、需要サイドです。直売所がこのように発展してきた要因の一つには、既存の農産物流通システムでは十分機能しなかった、鮮度と価格の両立を実現できたことがあります。鮮度が高い生鮮農産物が相対的に安い価格で買えることが消費者に支持されたのです。

 それから、中山間地域の直売所では、日ごろ見かけない野菜や山菜、特徴ある農産加工品を買える喜びがあります。また、農家からそれらの野菜の調理方法を習ったりするなど触れ合いもあります。ただし、大型の直売所では農家との交流は限定的です。しかも、野菜はきれいに規格が調製されていますが、値ごろ感は低く、街の量販店と大差ない直売所も増えています。それでも、地元の農家が栽培したものを販売しているという安心感があります。

 懸念もあります。ガソリン価格が急上昇していることです。都市部に立地している直売所は別ですが、大部分の直売所のお客さんは自家用車を利用しています。そして、周辺の観光を兼ねて直売所めぐりを楽しみにしている人も多いようです。これまで直売所を買い支えてきたお客さんが、ガソリンの値上げに遭遇して、購入数量や購入額を減らさないか心配です。

 一方で、財団法人都市農山漁村交流活性化機構(以下、「まちむら交流機構」)による直売所の利用者調査によれば、直売所の商品選択の基準として、「鮮度」、「価格」、「地元産」が高く、都市部の利用者はこれらに加えて「農薬使用」や「栽培方法」をあげています。大手量販店は直売所の特長を積極的に取り入れて、インショップや地場産野菜コーナーを展開しています。のんびり構えていると大手量販店に追いつかれてしまうでしょう。

 次に、供給サイドです。直売所の担い手は、高齢者や女性が圧倒的に多く、経営規模も小さいのが実情です。まちむら交流機構の全国実態調査注)によれば、直売所が直面している課題は、「出荷者の高齢化」が66%と最も多くなっています。もっとも、直売所に限らず日本農業の担い手は高齢化のテンポをさらに速めています。我が国の年齢別農業就業人口(2005年農林業センサス)は、65歳以上が62.6%、70歳以上でも44.7%です。つまり、直売所は、農業衰退過程の徒花なのか、地域農業再建の拠点になるのか、どちらになるのかは、これから多様な担い手を持続的に結集できるか否かが大きなポイントになるように思います。

 ところで、2006年8月、アメリカ西海岸のファーマーズ・マーケット(以下、「FM」)を調査する機会に恵まれました。日本同様、アメリカでもFMが十数年前から大都市を中心に増えており、ウォルマートのような量販店においても地元州産や有機農産物が棚の中心を占めていたのには驚きました。

 この調査で特に印象深かった点は、FMのマネージャーは市役所・市民課の職員やNPOの役員であり、「FMの目標は小規模農家を支援すること」と言い切ったことでした。そして、彼らはFMが次のような便益を市民に与えることができると明言しました。第1に、新鮮で完熟した青果物が入手できること。第2に、量販店にはない多種多様な青果物が購入できること。第3に、どこで、どのような生産がされたのかが明確であること。第4に、農家と交流できることです。そして、FMの中心部にはマネージャーのテントを構えて、そこで野菜や果実を使った料理のレシピを消費者に配布するなど食育にも配慮していました。果たして、日本の直売所にこのような目標や理念を掲げるところがどのくらいあるでしょう。

 直売所は地産地消の基軸ですが、今後、近隣の直売所や量販店との厳しい競争にさらされることは確実です。アメリカのFMのように設立や運営の目標と使命を明確にしなければ、直売所も衰退するでしょう。中国産冷凍ギョーザ事件を契機として、直売所を訪れるお客さんが増えているそうですが、一時的な現象のようにも思います。

 商売では先んずる量販店に直売所が立ち向かうには、「直売所らしさ」と経営理念の併進にかかっていると考えます。売上高のみに執心するのではなく、地域社会への貢献にも心を配ってはどうでしょうか。

注)この調査は有人で周年営業の直売所4,645店(有効回答率30%)を対象としているので,直売所の規模としてはやや大きく,年間売上額5,000万円以上の店が49%を占めている(http://www.kouryu.or.jp/chokubai/index.html)。


プロフィール
のみやま としお

昭和54年 
3月 
佐賀大学農学部卒業
昭和54年 
6月 
福岡県嘉穂農業改良普及所勤務
昭和59年 
5月 
福岡県農業総合試験場勤務
平成4年 
3月 
同上退職
平成4年 
4月 
東京農工大学農学部・助手
平成9年 
10月 
助教授昇格
平成16年 
4月 
東京農工大学大学院共生科学技術研究院,現在に至る




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