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日本の野菜を見直す



女子栄養大学 名誉教授
吉田 企世子

 ロンドンに住んで一年半が経ちました。女子栄養大学在職中は野菜、果実などの栄養成分を主なテーマとして研究しており、特に野菜の品質に関しては種々の角度から検討していたので、ロンドンではまず店頭の野菜に関心が向きました。そのため、市場やスーパーマーケットを歩いて野菜を購入し、その味を確認することを続けました。

 野菜の種類は、日本では見かけないものも数種ありますが、多くのものは日本と同じです。しかし、同じ種類の野菜でも品種が異なることは外観から推察されます。きゅうりなどは著しく異なり、日本のきゅうりの2倍以上太く、長く、大型です。野菜の価格は一般的には、日本より多少安いか同程度というところです。食味は日本の野菜とは異なることから、多少の例外を除いては、日本の野菜の味に慣れている私としては、美味しいと感じることはほとんどありません。同じ野菜でも品種、土壌、施肥内容、栽培技術、気候条件などが食味に影響するので、それらの明確な試料を得ることが困難であったため、その原因が何かは残念ながらわかりませんでした。

<組織の硬さと甘味の違い>
 イギリスの野菜は、もっぱら市販品を中心に食味や保存性などを観察してきましたが、日本の野菜と比較して一般に組織が硬く、野菜特有の甘味が少ないのが特徴です。組織が硬いことの一要因としては降水量の違いがあるかと推察されます。イギリスでは年間を通じてよく雨が降るのですが、小ぬか雨が多く、日本と比較して降水量が大変少ないのです。もちろん土壌の保水性などにも違いがあると思います。ほ場を一カ所だけ見学しましたが、日本の野菜畑の土壌とは明らかに異なりました。なお、イギリスでは野菜の自給率が60%ですから、輸入先の国における栽培条件も把握することが必要です。

 組織が硬いにもかかわらず、保存性は日本の野菜より劣ります。にんじんなど根菜類でもかなり早く傷みます。これが何によるのか推察しかねます。

 美味しい野菜の主要因は、個々の野菜がそれぞれ特有の微妙な甘味を有することです。この甘味成分は主にショ糖、ブドウ糖、果糖などで、野菜の種類によりそれらの含有比率は異なります。これら糖の含量には光合成が関係しますが、これには日照量のみでなく、土壌養分の吸収状態なども影響します。

 さらに、収穫後の取り扱い方による影響も大きいのです。野菜の美味しさが何に起因するのかを知るためには、野菜は、収穫後の呼吸作用が活発であり、その際にまず分解するのは糖ですから、収穫から店頭に届くまでの温度、湿度条件、流通時間、その他がどう管理されているかを把握しなければなりません。

<栄養成分の違い>
 イギリスでは、日本と同様に季節に関係なく各種の野菜が店頭にあるので大変便利です。これらの栄養成分が年間通じてどの程度の含量であるか、その平均値は食品成分表で把握できるので、比較してみました。

 野菜から摂取できる代表的な栄養素として、カリウム、カルシウム、鉄、カロテン、ビタミンC、水分、食物繊維の含量について「五訂増補日本食品標準成分表」とイギリスの「THE COMPOSITION OF FOOD」(Sixth Summary Edition)の値を参考にしました。成分の分析方法は両者とも同じです。

 水分は、イギリスの野菜の方が少ない傾向です。カリウムは野菜の種類により日本の方が多いもの、逆に少ないものもあり、一貫していません。カルシウム、鉄はイギリスの方が多く含有しています。水が硬水でカルシウムや鉄の含量が多いこと、土壌の性質などが影響しているのでしょう。

 カロテン、ビタミンCは日本の方が多い傾向ですが、イギリスのキャベツも緑色が濃厚で、硬い品種でビタミンも多く含有します。カロテンとビタミンC含量に相関関係があることは両者で一致しています。食物繊維は日本の方が多い傾向です。

 品種や栽培条件が異なる野菜を単純に比較することはできませんから、以上の結果は実際に流通している野菜という点からの比較です。

<食味の良好な有機栽培野菜>
 イギリスでも有機農産物への関心は高く、スーパーマーケットにもそのコーナーが設けられており、またオーガニック食品のみを扱っているマーケットもあります。毎週、定期的に有機農産物を販売するファーマーズマーケットも各所に立ちます。これらの状況は日本でも同じですが、イギリスでは活用する人がかなり多いように感じます。一般の農産物より多少高価であることは、いずれの国も同じす。

 ファーマーズマーケットで購入する有機栽培の野菜は、味が良好です。有機栽培であると共に新鮮であることも影響していると推察されます。

 イギリスではかなり早くからオーガニック食品に対する意識が高かったようです。もともと自然保護および動物愛護の活動が盛んであること、菜食主義が一般社会に浸透していることなどが背景にあるようです。

<日本の優れた野菜の活用>
 日本を離れて、野菜の味を改めて見直す機会が得られましたが、日本は、野菜の品種改良や栽培技術が非常に優れていること、また流通技術が進んでいることなど、改めて実感しているところです。そして、野菜の微妙な美味しさを楽しむことのできる日本人の味覚を誇りに感じます。同時に、若者や子供たちにその味覚が育まれる環境をつくることの必要性を感じます。それが結果として、身体と心が健全に育まれることにつながるのではないでしょうか。


プロフィール
よしだ きよこ

女子栄養大学 名誉教授 栃木県出身
 2006年9月より イギリスに単身留学、語学研修を受けながら、イギリスをはじめとするヨーロッパの野菜について見聞を広めている。
 野菜をテーマにした著書多数、近著「野菜の成分とその変動」(共著、学文社)など。



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