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野菜の需給調整対策について



経済エッセイスト 秋岡 榮子

 1月末から2月初旬にかけて、中国産餃子の健康被害の問題が大きく取りざたされ、テレビでの画面では、多くの人々が食の安全の重要性と食料自給率を再認識することの必要性を説いていた。しかしその一方で、2月1日に、国産のだいこんおよびはくさいの緊急需給調整が実施されたことはほとんど報道されなかった。

 今年の年末年始はお天気に恵まれた。そのためだいこんもはくさいもよく育ったという。特に、九州地方が豊作だったそうだ。しかし生産が順調なほどには消費が伸びず、販売不振が続いた。その結果、卸売価格が低迷し、平年価格を大幅に下回り、出荷調整などによる野菜の需給調整が実施されるにいたったのである。

 ところで、一昨年の秋から昨年の冬にかけても暖冬でキャベツの需給調整対策が実施され、出荷調整にとどまらず、産地廃棄を余儀なくされ、キャベツを畑でつぶさなくてはならないという事態が発生した。消費者からは「もったいない」という批判の声が殺到した。

 「どんなに安くても、畑で捨てるよりはましなのでは」と思われがちであるが、生鮮品である野菜は商品としての寿命が短い。在庫がきかないから、出荷量に見合った消費が見込まれなければ、市場での価格は下がる一方だ。そうなると生産にかかった人件費や肥料代などのコストが回収できないばかりか、市場出荷にかかる人件費、梱包代、輸送費などのコストが赤字を拡大させることになる。

 「捨てるくらいなら、無料で配って」という消費者の声も理解できるが、「無料で」ということになれば生産にかかったコストは回収できないし、その上に「配る」ためのガソリン代は生産者負担となる。もしこれが街頭で配られている無料サンプルのように、「使ってみてよかった」ということがその後の購入に結びつくのであれば、消費拡大のための宣伝広告費として割りきることもできるが、普段から食べつけている野菜の場合は難しい。無料で一玉もらえば、スーパーで買う分が一玉減るだけだからだ。それは市場でのキャベツの価格をさらに引き下げる効果しかもたらさない。

 「農家は売れても売れなくても補助金で楽々生活できる」という誤解があるが、補てんされるのはその年にかかった肥料代などの生産コストを何とかカバーできるかどうかの水準であり、来年またキャベツをつくる元手を何とか確保できる程度のものである。

 今回の中国産餃子の問題を機に、国内農業、加工食品産業の大切さを見直す声がでてきたが、かつてキャベツの産地廃棄を契機に湧き上がった「もったいない」の大合唱と今回の国内農業見直しの声をしっかり結びつけることが、2008年の野菜の需給調整対策の課題のひとつである。

 産地廃棄される野菜はたしかにもったいない。ここで消費者が「もったいない」といっているのは、「キャベツ」「だいこん」といったものをさしていっている。しかしここで廃棄されているのは、キャベツだけでなく、農家の生産意欲や日本農業の将来もまた廃棄されているということに気づかなければならない。暑いときも、寒いときも丹精こめて育てた野菜が、天候に恵まれ栄養たっぷりのものがたくさん収穫された時ほど価格が下がり、市場出荷もままならず消費者のもとに自分の作ったものが届かないという状況は作り手にとってやりがいもないし、経済的な先行きも不安だ。「農業は自分の代まで」という農家が増えてもおかしくはない。

 いま私たちの生活雑貨はほとんどが中国製である。その代わり、国内メーカーは海外に生産拠点を移転したり、国内ではもっと付加価値の高い、日本でしか作れないようなものを生産するようになった。国産品が輸入品に代替されるようになった。食料でも同じことが起こりつつある。冷凍食品の中国依存度はかなりのものである。しかし最近の中国の食をめぐる報道等を通じて「工業化と食料は違う」ということをあらためて実感させられる。目の届くところで、日本国内の安全基準に従って生産されているという安心感、「国内自給」という言葉のもつ安定感を「安いから」、「便利だから」ということで安易に輸入品に代替させてはいけないのではないだろうか。

 最後に、ここで考えてみたいことがある。それは「国産野菜は本当に高いのか」ということである。私たちは高級ブランド品を買うときに、「大事に、一生使えば高くない」と考える。逆に、安いと思うとついつい無駄にしてしまうということはよくあること。スーパーで値引き品をたくさん買ったら、結局使い切れなくて賞味期限が過ぎて捨ててしまったという経験は誰にでもあるはずだ。

 国産野菜を手にとって、少し高いかなと思っても、その分無駄が出ないように芯まで使い切る。冷蔵庫の中でしなびさせない。また、旬の野菜の価格が下がっていると思ったら、たくさん買ってまとめて調理して冷凍したり、暖めなおして何日間にわけて食べるということを常日頃から心がけたら、価格が割安な輸入野菜と比べて、1年間トータルでどれほど食費が割高になるのだろうか。もちろん手間ひまはかかるかもしれないが、それは時間のやりくりの問題だ。

 本来の野菜の需給調整は、家庭のキッチンで行われるべきものではないだろうか。生産サイドのからの価格情報、安全情報や料理レシピなどの消費拡大のための情報提供とともに、消費者の「やりくり上手度」向上が豊かで安全、安心な食卓のために求められている。


プロフィール
あきおか えいこ

経済エッセイスト。
身近な暮らしの視点から経済を語り、テレビ・ラジオ出演、講演、シンポジウムのコーディネーターなどを行う。

  農林水産省食料農業農村政策審議会委員、
  水産政策審議会委員、
  指定野菜需給見通し検討会議委員、
  ふるさと料理選定委員会委員などを務める。




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