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健康のために、もっと野菜のある食生活を



独立行政法人国立健康・栄養研究所
国際産学連携センター
米国登録栄養士 林 芙美

 「2型糖尿病の予防には、肉や高脂肪食品を避け、サラダや調理済みの野菜を中心とした食生活を推奨します」―1990年から94年にかけて3万人以上のオーストラリア人の男女を対象とした追跡研究をもとに、メルボルン大学の研究者らがこんな結果をまとめ、米国の学術誌に発表した(※1)。この研究では、124品目の食品や飲み物を主因分析により4つの食事パターンに分類し、4年間の追跡を経て食習慣と糖尿病の発症との関係について検討した。その結果、高脂肪食品を好む食事パターンでは糖尿病の発症リスクは増加していたが、サラダや調理済みの野菜を好む食事パターンではリスクの低下が認められた。

  国内でも、40~59歳の男女約4万人の44項目にわたる食事摂取頻度調査の結果をもとに、日本人にとって主要な食事パターンの検討が行われ、最終的に野菜や果物などが多い「健康型」、米、味噌汁、漬物、塩蔵食品などが多い「伝統型」、パン、バター、肉類などが多い「欧米型」の3つの食事パターンが導き出された。そして、その3つの食事パターンのそれぞれについて、パターンの度合いの強いグループから弱いグループまで4段階に分けて、胃がんに対するリスクを比べたところ、男女とも「伝統型」の度合いが強いほど胃がんのリスクが高く、また女性では「健康型」の度合いが強いほど、胃がんのリスクが低かったことが示された(※2)。また大腸がんについては、女性にのみ「欧米型」および「伝統型」の度合いが強いほど、リスクが高くなることが示された(※3)

  これまでは個別の食品や栄養素について、生活習慣病の発症やその抑制効果に関する研究が多く行われていたが、個別の食品や栄養素だけを取り上げたときには見落とされがちな、食生活の総合的な作用を、食事パターンを調べることによってとらえることができる。

  私たちは食事として一度に複数の食品や栄養素等を摂取するため、体内では相互作用が生じ、栄養素等の作用は強められたり弱められたりする。また野菜や果物に多く含まれる機能性成分や栄養素に注目が集まっており、ジュースやサプリメントを食事代わりにとる人も少なくないが、それらの多くの成分についてはまだ信頼性の高い研究が行われていない、あるいは研究が行われていても有効性についてはまだ十分な共通の見解が得られていないというのが現状である。



  また、特定の栄養素や機能性成分の摂りすぎによる過剰症も危惧される。そのため、どのように食生活を変化させるとより多くの生活習慣病が予防できるかを検討することは重要であり、またそれに基づいて行われる食育は重要である。

  2005年、厚生労働省と農林水産省が合同で、食事の望ましい組み合わせやおおよその量をイラストで示した「食事バランスガイド」を作成した。健康維持・増進、あるいは欠乏症や過剰症の予防のために摂取が望まれるエネルギーや各栄養素については「日本人の食事摂取基準(2005年版)」があるが、複雑で一般の人にとってはわかりにくい。また野菜については1日350gという摂取目安量が示されているが、普段料理をしない人や外食や中食を利用する際には実際の摂取量をイメージしにくく、目標量が達成されないという現状があった。

  一方で「食事バランスガイド」は、1日に「何を」「どれだけ」食べたらよいのかを栄養素や食品ではなく“料理”として示してあるので、特別な知識を持たない人でも適切な食事を理解することができ、より多くの人が実際に望ましい食生活を送ることができるようになると考えられている。また単独の栄養素や食品ではなく、もっと食べるといいものと、あまり食べなくてもいいものを食事パターンとして示すことで、生活習慣病予防の観点からも有効であると考えられる。

  多くの人にその内容を理解してもらい、日常的に食品や料理を選択する際に活用してもらうためには、実際に食品を購入したり、あるいは料理を食べるといった場において必要な情報を提供することが重要である。例えば総菜売り場などでは、まず各料理区分の適量を示すことで購入者が自分にとって目安となる量がどれくらいなのかを確認することができ、そして実際に販売されている料理に示された「つ(SV)」を基に望ましい量を選択することができる。

  表示を見て食品を選択するといった消費者の意識改革も必要であるが、商品を提供する側には「○○が多い」といった含有成分ばかり強調した表示や看板等(POP)を並べて消費者の気を引くのではなく、実際に消費者の健康づくりに寄与できる情報を提供していただきたい。

  厚生労働省の調査によると、40歳~74歳男性の2人に1人、女性の5人に1人が、動脈硬化のリスクを高める「メタボリックシンドローム(内臓脂肪症候群)」が強く疑われる者又はその予備軍と考えられる者であり、また日本人の死因の約6割は生活習慣に起因するガン、心臓病、脳卒中が占めている。少子・高齢化に伴い医療費が急増する中で、人々の健康の維持・増進、あるいは生活習慣病予防のための対策は急務である。

  世界保健機関(WHO)によると、人々の野菜と果物の摂取量が十分であれば、毎年世界で約270万人の命が救えると試算している。野菜と果物を食べることでその発症を予防する可能性が高い疾患には、ガン、心臓病、脳卒中、糖尿病、高血圧等、多くの生活習慣病があり、WHOでは脳卒中の発症リスクの11%、消化器系(胃や腸等)のガンの19%、また虚血性心疾患の31%は野菜と果物の摂取不足が原因であると統計学的に推定している。

  国民の健康づくり及び生活習慣病の予防のためには、一人ひとりが食生活を振り返り、主食・副菜・主菜等のバランスが整った食生活を実現することが重要である。そして、機能性成分や栄養素のみにとらわれず、十分な量を摂取することに対する意識を高め、もっと野菜のある食生活を送っていただきたい。そして、そのような消費者の食生活を支援するための適切な情報の普及啓発、および食環境整備がより積極的に行われることが望まれる。

(※1)Hodge AM, et al. Dietary patterns and diabetes incidence in the Melbourne Collaborative Cohort Study. Am J Epidemiol 2007 ; 165 : 603-610
(※2)Kim MK, et al. Prospective study of three major dietary patterns and risk of gastric cancer in Japan. Int J Cancer 2004 ; 110 : 435-442.
(※3)Kim MK, et al. Dietary patterns and subsequent colorectal cancer risk by subsite: a prospective cohort study. Int J Cancer 2005 ; 115 : 790-798.


プロフィール
はやし ふみ


米国登録栄養士、栄養教育学(修士)
1999年 
米国デラウェア大学卒業(栄養学)
2001年
コロンビア大学教育大学院修士課程修了(栄養教育学)
2002年
独立行政法人 国立健康・栄養研究所入所。健康栄養・調
査研究部を経て現在に至る。
専門は栄養教育学、公衆栄養学。
主に若い女性の栄養・食に関する問題についての研究を行うほか、
青果物の摂取拡大を狙った食育活動も行う。




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