株式会社 イトーヨーカ堂
青果部シニアマーチャンダイザー 戸井 和久
最近の景気は、「いざなぎ景気」を超える長期の好況というような話題がマスコミで取り上げられていますが、輸出産業関連企業が好調なだけで、食品関連企業や小売業は決して好調とはいえません。個人の生活感覚からしても、景気が良くなったとはあまり実感できませんし、個人消費は依然横ばいの状態が続いています。成熟社会の中で「モノ」はあふれ、消費者の「モノ」を見る目は年々レベルアップし、「価値基準」のボーダーラインも上昇しています。消費者から「価値」を認めてもらえない商品は決して売れません。
最近、販売の現場では、トマトやきゅうりなど「モノ」だけを、従来型のセルフ販売(売場に商品を並べてお客様が選ぶ販売方法)をしているだけでは、単に価格競争に巻き込まれるだけで、消費者からは共感を得られなくなってきています。消費者は常に新しさやサプライズ(驚き)や今まで以上のサービス、楽しさや得した気分を求めていて、いわば、「ストーリー性」が重要になってきています。たとえば、「このトマトは近くの農家が、朝一番で持ってきたから新鮮だよ。この農家はこだわりがあり、減農薬栽培で安心だし、熟度を上げて収穫しているから糖度も6度以上あるよ。味見してよ。」と説明しながら販売する対面販売が主流になりつつあります。
過去、スーパーは大量仕入によるコストダウンとセルフ販売による効率経営で伸びてきました。多店舗展開で画一的な商品を大量販売し、金太郎飴的な品揃えで価格重視の販売方法を長年とってきました。しかしながら、最近は店舗ごとの個性を重視し、とくに、地場商材の比率を上げ地域とのコミュニケーションを重視した販売方法に変わってきました。たとえ農家が一店舗分の野菜供給量であっても、きめ細かく対応して、販売するようになってきました。地場商材は、店舗の担当者と農家が話し合いで、数量と価格を決定し、納品容器のコンテナ化、等級・サイズの簡素化、すべてのサイズを買う畑丸ごと買いなど、従来とは違った方法をとることで、農家の手取りを増やすことが可能になり、農家からも支持されています。当社の青果物では約7000名の農家が参加していますが、今後ますます地場取引は増えることが見込まれます。
一方、食の安全性を揺るがす事件が多発したこともあり、青果物でもコンプライアンスの意識を高める必要性が出てきました。そこで各企業では、従来からあった味と鮮度のこだわりを持つ差別化商品に、安全性の基準を加えた新しいプライベートブランド商品の比率を高めることで企業の独自性をだし、また同時に消費者の信頼も得るという取り組みを進めてきました。イオンの「グリーンアイ」や当社の「顔が見える野菜」に代表されるプライベートブランド商品は、それぞれ独自の基準を作り、全国の農家との先進的な取り組み事例として、注目を集めています。当社の「顔が見える野菜」は国内の農協や個人農家、約2,500名が参加しています。一人一人の農家の商品作りに対する情熱と第三者による審査の実施、安全性などへのこだわりが、消費者に支持され、当社の調査では、買い上げ客の7割がリピーターになっているという驚くべき結果も出ています。このような情報付加型商品は、消費者とのコミュニケーション力(ネットビジネスも含む)が増せば、「付加価値商品」として、ますます拡大していくでしょう。
近年の社会の変化を見ても、すでに少子高齢化や人口減少が始まっていますし、今年から団塊世代が大量に定年を迎えます。高齢者や単身世帯の増加に伴って、少量パックや量り売りやバラ売りの需要は、より高まってきます。とくに、これからのシルバー層は、こだわりを持つ新たな消費マーケットとして注目されています。これまでと違う販売方法や販売提案によって、消費者の新しいニーズを掘り起こし、「価値基準」の更なるレベルアップを図れば、販売のチャンスはまだまだたくさんあるのです。
例えば、九州のアスパラガスを朝収穫して、飛行機で羽田まで運び、午後3時から鮮度の良さを強調して、袋に詰めながら対面で販売したところ、ものの1時間で8万円分完売してしまいました。神奈川県三浦の生産者が、自分で朝収穫しただいこん・キャベツ・ブロッコリーを店頭に並べて、料理方法を若い主婦に説明しながら販売したら、いっしょに並んでいた価格の安い市場を経由した商品よりも先に完売しました。また、いちごの生産者に、店頭で詰めながら販売するパフォーマンスを実施してもらったら、人だかりができ、パック済み商品より高い値段で完売するなど、こうした事例はいくらでもあります。お互いに知恵を出し合い販売方法や価値伝達方法を工夫すれば良いのです。
生産も流通も小売も過去のやり方を捨て、今の時代の変化に対応したやり方に変える必要があるのです。昨年のポジティブリスト制度導入は、農家にはたいへんな負担をかけることになりましたが、国産野菜全体にとっては、ある意味追い風になったのかもしれません。輸入野菜が減少したのは、それだけではなく、円安の影響や冬野菜の安値の影響もあるでしょう。中国はすでに穀物輸入国になっており、中国で開催されるオリンピック後の中国経済動向も気になるところです。
今後、青果物を取り巻く環境は大きく変わってくるでしょう。そして小売各社の国産野菜の需要はますます高まり、その中でも国産野菜に対してはこだわり訴求と価格訴求の二極化が進むことでしょう。
今まさに、生産と流通と小売そして消費者、この組み合わせを太く強固にすることが重要な時代になったのです。