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もはや避けられない有機農業推進


株式会社 農林中金総合研究所
特別理事 蔦谷 栄一


 専門紙を除いてほとんど報道されていないが、昨年12月8日に有機農業推進法が成立した。超党派の有機農業推進議員連盟161名による議員立法である。

 我が国における有機農業への取り組みの歴史は60年代にまで遡り、現在は量販店・外食等にまで広がる第三次ブームで、有機食品市場規模も、アメリカに次ぎドイツと並ぶ世界第2位にあるといわれている。このように消費・流通面ではそれなりの存在感を有するようになってきた有機食品も、生産面では農政上ホビー農業として位置づけられてきたにすぎなかった。有機農業推進法の成立は、有機農業が日本農業のありかたの一つとして“認知”されたという意味で画期的な出来事であったといえる。

 ここであらかじめ有機農産物として格付けされた数量の国内総生産量に占める割合を確認しておくと、米で0.12%、野菜0.18%、果樹0.06%、大豆0.39%、緑茶(荒茶)1.65%(04年度)となっており、格付・認証なしで流通しているものも含めると全体で0.5%前後とみられている。一方、有機農産物として格付されたもののうち国内で格付されたものは9.5%(04年度)にすぎず、有機ブームは輸入物によって支えられているというのが実態である。01年に有機JAS制度がスタートしたものの、有機農業生産は低迷してきた。その理由として、(1)認証料負担が大きい、(2)増加する作業負担に見合った付加価値実現が容易でない、(3)作業等にかかる記帳事務負担が大きい、(4)そもそも高温多湿の気候につき技術的にハードルが高い、ことなどをあげることができる。

 果たして有機農業推進法の成立によって国内生産の増加を期待することはできるのであろうか。有機農業推進法は全15条からなっており、「有機農業の推進に関し、基本理念を定め、並びに国及び地方公共団体の責務を明らかにするとともに、有機農業の推進に関する施策の基本となる事項を定めることにより、有機農業の推進に関する施策を総合的に講じ、もって有機農業の発展を図ることを目的」(第1条)としており、有機農業を「化学的に合成された肥料及び農薬を使用しないこと、並びに遺伝子組換え技術を利用しないことを基本として、農業生産に由来する環境への負荷をできる限り低減した農業生産の方法を用いて行われる農業」(第2条)と定義している。農林水産大臣は基本方針を定める(第6条)こととされており、これに則して都道府県は推進計画を定めなければならない(第7条)。基本方針では有機農業の推進及び普及の目標その他の推進の目標に関する事項を定めることとされている。

 総じて抽象度が高く理念法的であるだけに、有機農業推進法成立を機に有機農業が進展するかどうかは、これからどのような基本方針なり目標が策定されるのか、そして具体的にいかなる政策が展開されるのかに大きく左右されることになる。

 これに関連して三つのポイントをあげておきたい。第一が07年度から実施される農地・水・環境保全向上対策(以下「環境保全向上対策」)との関係である。環境保全向上対策は、水路の泥上げや施設の点検等の協定により明確化した一定以上の効果の高い保全活動が実施された場合に行われる「基礎支援」を前提に、化学肥料・化学合成農薬を地域の慣行から原則5割以上低減する技術導入等への相当程度のまとまりをもった取組実践に対して「先進的支援」が行われる。そしてより高度な取り組みを実践した場合にステップアップへの支援が行われることになっている。「先進的支援」は「地域で相当程度のまとまり」を条件化しているため、一匹狼的に消費者と提携して安全安心確保と環境負荷低減に先駆的に取り組んできた有機農業者は、農地・水・環境保全向上対策から排除されることが懸念されている。

 ところで環境保全向上対策は、92年に打ち出された「新しい食料・農業・農村政策」の中で登場した環境保全型農業が、食料・農業・農村基本法での「自然循環機能の維持増進」として引き継がれ、今般環境保全向上対策として具体化されてきたとみることができる。また環境保全向上対策は「産業政策」としての品目横断的経営安定対策の「車の両輪」として「地域政策」として位置づけがなされている。一方ではこれまでの消費者に軸足を置いた安全性確保政策を一歩すすめて、EU型の農業環境政策の中に安全性確保をも包み込み、位置づけようとしているように受け止められる。

 こうした流れからすれば有機農業それ自体は大いに調和的であるばかりでなく、これら流れの先頭を行く取り組みであるといえ、環境保全向上対策の中に有機農業をも対象としたボックスを設定し、インセンティブを与えていくことが必要であろう。

 第二に、有機農業は民間技術として発展してきた経緯があり、かつ地域性が強いことから、これを一般化し普及させていくためには技術開発を強力にすすめていくことが前提となってくる。

 第三がマーケットの拡大である。労働集約的な有機農産物の付加価値を実現していくためには、マーケットの確保が必要条件である。環境支払いの導入によって順調な増加を示しているEUと、さほどでもない韓国の事例が示唆しているところでもある。

 いずれにしても有機農業推進を含めた農業環境政策への本格的な取り組みは世界の流れとなってきており、我が国でも有機農業推進法が成立したうえは、意欲ある生産者の有機農業への取り組みが可能となる条件整備を急ぐ必要がある。有機ブームの持続・拡大は期待されるものの、低価格志向の強い消費者も多く、必要十分な条件整備なくしてはこれまでの輸入物に依存した有機ブームを国産もので置き換え、さらに発展させていくことは困難であろう。




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