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野菜の機能性について


実践女子大学 生活科学部食品学研究室
教授 田 島  眞


 食品の機能性が注目を浴びるようになったのは、1980年代からである。東京大学と京都大学の研究者が中心となって食品の三次機能の解明という文部省特定研究を開始した。三次機能とは、食品の持つ基本要素である栄養と嗜好性をそれぞれ一次機能、二次機能と位置づけ、これに加えて食品の生理機能を三次機能と位置づけたのである。それまでの栄養すなわち一次機能と三次機能である生理機能はどう異なるのだろうか。この研究で三次機能が強調されたとき、それは栄養機能の範疇ではないかという指摘も多かった。

 食品の三次機能の特徴は、必要量が無いと同時に欠乏症も無いことである。例えばビタミンであれば、必要量と欠乏症がはっきりとしている。これがポリフェノールであれば必要量も欠乏症もはっきりしない。摂らなくても済むが、摂れば有用な生理機能があるということである。

 野菜の三次機能で、最初に研究されたのが発がん抑制であった。食品の三次機能が研究される少し前には、化学物質による発がん研究が盛んだった。それまでの発がん研究は動物実験による以外無かったが、米国の研究者のAmesによって微生物を使った変異原性試験が有効であると報告され、この方法により各研究者によって様々な物質の変異原性が調べられた。その過程で、様々な食品成分が変異原性を消去することが明らかにされ、野菜にもその効果があることが分ったのである。

 一方、海外からも野菜の機能性についての報告が飛び込んできた。フランスで発表されたフレンチパラドックスである。フレンチパラドックスとは疫学調査から得られた一つの仮説である。フランスの研究者のRenaudらはヨーロッパ各国の虚血性心疾患による死亡率と、乳脂肪の摂取量との関係を調べた。その結果、両者には相関があり、乳脂肪の摂取が多い国ほど虚血性心疾患による死亡率が高いことを見つけた。ところが、フランスは、乳脂肪の摂取が多いにもかかわらず虚血性心疾患による死亡率が低い。その理由として彼らは、フランスではワインの飲用量が多いことに気づき、ワインの飲用量で乳脂肪の摂取量を補正したところ、虚血性心疾患による死亡率と良い相関を見出した。すなわち、ワインの中には、乳脂肪による虚血性心疾患を予防する何かがあることを示唆した。その後、この現象は次のスキームで説明された。まず、乳脂肪は体内で吸収・代謝されると不飽和脂肪酸を生成する。不飽和脂肪酸は血液中にLDL(低密度リポたん白質)の構成成分として存在する。このLDLが呼吸によって体内で生成する活性酸素によって酸化されると流動性を失う。流動性を失ったLDLは血管壁に沈着し、これが血管を脆弱にする。血管の脆弱が心臓血管で起これば虚血性心疾患となる。

 一方、赤ワインの中にはぶどうの果皮の成分であるレスベラトロールという物質が含まれている。このレスベラトロールは強い抗酸化力を持つ。赤ワインを飲むことで体内にレスベラトロールを取り込むと、血管中でも抗酸化力を発揮する。その結果、LDLの酸化が抑えられる。ひいては虚血性心疾患の発症を抑えることができる。このスキームは、後に、ヒトを使った実験で確かめられた。

 赤ワインで見つかったレスベラトロールは、化学構造がポリフェノールに属する。ところが、ポリフェノールはブドウの果皮にのみ含まれているものではない。植物には普遍的に存在する。化学構造の差によって、ケルセチン、ルチン、クロロゲン酸、コーヒー酸などが知られている。そこで野菜の機能性が一躍注目を浴びるようになったのである。

 その後、様々な野菜のポリフェノールが調べられた。種類によって様々であるが、野菜には平均すると100g当り30mg程度のポリフェノールが含まれる。厚生労働省の勧めでは1日に野菜を350g摂取することとされているので、1日に摂取するポリフェノールは100mg以上となる。同じく厚生労働省の食事摂取基準ではビタミンCの摂取推奨量として1日に100mgが定められている。ビタミンCも体内で抗酸化性を発揮する。奇しくもビタミンCの摂取量とポリフェノールの摂取量が同じレベルなのである。ポリフェノールの役割が決して無視できない量であることが示唆される。

 このように野菜にはポリフェノールが大量に含まれるが、動物には存在しない。それはビタミンCも同じである。植物にポリフェノールやビタミンCが存在するのは、植物が光合成をするために太陽の光を浴びるためといわれる。光の中には植物の体内で活性酸素を作り出す紫外線も含まれている。この紫外線の害から身を守るために抗酸化成分であるポリフェノールやビタミンCを備えているという説である。動物は植物が作ったポリフェノールを利用させてもらっているのである。

 この他、やはり動物には無い食物繊維も豊富である。食物繊維を摂取することでヒトは腸内環境を整え、また有害物質の排泄を助けている。ここでも植物の力に頼っているのである。自然界における動物と植物あるいは微生物といった生物全体の調和を垣間見ることができるのである。

 野菜にはこのような優れた機能性があるのだが厚生労働省の調査によると、最近の若い人は、野菜を充分に摂取していない。将来を担う若者ほどもっと積極的に野菜を摂取して欲しいものである。




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