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野菜と食育-食育は進む


財団法人 食生活情報サービスセンター
前理事長 渡辺 文雄


 30年程前より、各国の政府が自国民の食生活について、その改善を図るための指導を始める例が増加してきている。

 「世界の食事指針の動向」(平成10年刊)によれば、国が自国民のための食事指針を定めたのは、1968年にスウェーデンに始まったとある。その後ヨーロッパ、北アメリカ、オーストラリア、ニュージーランド等に広がり、現在では恐らく70か国を超える国々で、それぞれの政府の立場で食事指針が作られ、自国民の食生活について各種の改善指導が行われるようになってきた。

 我が国でこのことが人々に関心を持たれ出したのは、昭和55年にアメリカで「栄養とあなたの健康-アメリカ人のための食事指針」(米国農務省・厚生省)という食事についての基準が発表され、国民の食生活改善の指導を始めた頃からと思われる。

 筆者が、このことに強い関心を持つようになったのも、「アメリカ人の食生活改善献立集」(昭和56年刊)を手にした時からであった。当時農林水産省で食品を担当する局長をしていた私をとらえたのは、本来個々の消費者が自由に選択して食べるべき毎日の食事に対し、政府が種々の指導を始めたことへの驚きであった。また、アメリカを始め多くの国々で、栄養の偏りや過剰摂取等日常の食生活の誤りを主因に、心臓病を始めいろいろな疾患が増大し、政府としてこのことが大きな問題となっているという現実であった。

 当時の我が国は、国民の平均寿命が世界のトップとなり、食事と健康の関係は、まあまあ良い状態にあるとされていた故か、政府として国民の食事のあり方について、特に物申す必要は感じていなかった。しかし、問題が無かったわけではなく、たとえば野菜の一人当たりの消費量の減少が昭和50年台に入ってから目立ち出し、一方野菜消費の減少に反比例して大腸ガンが急増してきたことや、米の消費が減り過ぎて、栄養としての炭水化物の減り過ぎが指摘され出していた。また、飽和脂肪の摂取の増加もそろそろ問題視され出した頃であった。

 その後20数年が経って、この間世界の模範といわれていた我が国の食生活も大きく変化し、各種の問題が指摘されるようになってきた。曰くPFCバランスの崩れ、脂肪の摂り過ぎ、カルシウム不足、野菜不足等である。一方昔成人病といわれた心臓病、ガンあるいは糖尿病等が増加し、それらの疾病が食生活や喫煙等の生活習慣にその主因があることが判り、昔、年をとってからなるために成人病といわれていたこれらの病気が、生活習慣病と言われるようにさえなってきた。

 このようなことを背景に、平成11年に制定された「食料・農業・農村基本法」の中で、国民の食生活改善のために食生活指針を作ることが定められ、翌年の、平成12年に当時、文部省、厚生省、農林水産省によって「食生活指針」が作成され、これを普及すべきことが閣議決定された。

 次いで、BSE問題の発生をきっかけに、食の安全と安心を求める国民の要望が強くなり、平成17年6月に「食育基本法」が制定され、さらに食生活指針をより具体的、実践的に利用出来るようにするため同年7月には「食事バランスガイド」が作成され、次いで、食育基本法に基づく「食育推進基本計画」が平成18年3月に決定されるなど、矢つぎ早に一連の施策が実行に移されてきた。

 一方では、平成10年頃から急増してきた輸入野菜に対する対策として、野菜対策が各般に亘り実施に移されてきた。国内の生産対策はもとより、特にその消費改善、拡大のための諸施策が、上述の食育の施策の一環として位置付けられる形で大幅に拡大されてきた。筆者の知っている限りでは、農政の歴史の中で、野菜がこれほど農政の真正面から取り上げられ、各種の施策が実施されるようになったのは、今回が初めてではないかと思われる。

 以上のような流れの中で、筆者が10月まで勤めていた食生活情報サービスセンターでは、最初からこれらの諸問題に取り組み、食生活指針の普及、食育基本法のPR、「食事バランスガイド」の浸透、さらに野菜の消費拡大のための諸対策に農林水産省と緊密な連絡を取りながら鋭意取り組みを進めてきた。

 この間全国各地でのシンポジウムや食育に関するイベント等に数多く参画してきたが、中でも平成13年11月に開催した「がんと野菜~野菜の健康機能を考える~野菜が不足している日本人、がんが増えている日本人」と題して行ったシンポジウムは、関係者に大きな反響を呼び大成功であった。

 これまで、5年余りに亘り前述のような取り組みを進めてきたが、この間感じたことは、食育の範囲の広さである。食育は見ようによっては捕らえどころがないテーマでもある。各地で行われるイベントのテーマも、学校給食における地産地消のあり方であったり、子供向けの栄養問題であったり、あるいは栄養と健康の問題であったり、食事の際の廃棄物の問題であったり、最近ではメタボリックシンドロームがテーマになったりする。

 しかしそういう中でもたとえば野菜に焦点をあてた食生活改善のテーマ等では、参加者の反響も良い。これからの事業を進める際の参考になると思われる。また、これと関連し「食育」とはこういうものだという、いわばマニュアルが欲しいとの声も耳にする。当食生活情報サービスセンターでも食育基本法成立を見込み平成17年に食育マニュアルを作ったが、より洗練されたマニュアルが出来ることが望まれる。

 食育は何年やれば完成するというものではない。毎年何十万人という新しい生活者が増えてくる。その新しい生活者は次々と食育を必要としてくるはずである。学校教育と同様に毎年絶えることなく継続しなければならない。うまず、たゆまず続ける努力が強く望まれる。




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