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研究の現場から
-野菜を変える-



独立行政法人 農業・食品産業技術総合研究機構
野菜茶業研究所長  門馬信二


 野菜は我々の生活に、食する楽しみと潤いを与え、健康で豊かな生活を支える重要な作物ですが、野菜を巡る情勢には相変わらず厳しいものがあります。

 流通や品質面では、輸入の増加、消費者・安全・安心・高品質志向、消費量の減少、加工業務用野菜の増大というような消費構造の変化等があり、生産面では、担い手の不足と高齢化、高コスト生産体質、環境に与える負荷等、様々な問題があります。

 農林水産省傘下の機関である当野菜茶業研究所をはじめとして地域農業研究センター、公立研究機関、大学、民間企業等ではこれらの問題解決に向けて様々な技術開発やこれに有効な基礎研究を行っているところです。ここではそれらの中から育種や栽培技術によって野菜がどのように変わったか、また変えようとしているかをご紹介します。なお、本稿では別途「ブランド・ニッポン」が取り上げられていますので、ここではそれ以外の成果を紹介します。

 現在店頭で目にするきゅうりは濃い緑色でピカピカと光沢があり、大変見た目の良い、綺麗なものになっています。しかし、昭和60年頃までのきゅうりは、表面に白い粉(ブルームと呼ばれ、果皮表面に生じる白いロウ状の物質)があり、ボヤけたような緑色で現在のように綺麗なものではなく、消費者に農薬と勘違いされることもありました。きゅうりは一般に土壌病害の回避や草勢の強化・維持のためにかぼちゃに接ぎ木をして栽培されていますが、昭和58年に‘輝虎’というきゅうりの果皮表面にブルームが発生しない台木が種苗会社により育成されました。この台木にきゅうりを接ぐことで外観の綺麗なブルームレスきゅうりが簡単に生産できることから、瞬く間に普及し、現在では店頭で見かけるもののほとんどがブルームレスとなっています。

 ところが、ブルームレス台木に接ぎ木すると皮が硬くなる反面、果肉が柔らかくなる傾向がありました。きゅうりの品質では食べたときの歯切れの良い食感が大変重要で、皮が軟らかく、果肉が硬いと食感が良い傾向にあります。そこで野菜茶業研究所では、食感の良いきゅうり品種の育種に着手し、果実が硬い中国の‘新昌白皮’と我が国の品種との交配からブルームレス台木を利用しても食感の優れる‘きゅうり中間母本農4号’を育成しました。この中間母本は食感は大変優れるものの味や雌花の着き方に問題があるため今後の品種育種の材料に用いることとしており、将来これを利用した食感・味ともに良い品種の育成が期待されます。

 夏の暑い時期の冷えたすいかは本当に美味しいものですが、多くの方々はすいかの種が無かったら食べやすいのにと感じていると思います。このため種無しすいかが育成されていますが、現在の種無しすいかは3倍体で、その遺伝的性質上種子が出来ません。通常種子が出来ないと果実は肥大しませんが、すいかには種子が出来なくても果実が肥大する単為結果性(たんいけっかせい)という性質があり、3倍体すいかは正常に肥大して種無しになります。しかし、3倍体の種無しすいかは、晩生化する、着果が良くない等の欠点があり、残念ながら余り普及していません。

 そこで旧野菜茶業試験場久留米支場(現九州沖縄農業研究センター野菜花き研究部)では、すいかの花粉に特別なX線を照射して不活性化させ、この花粉を受粉することで種無しすいかを作る技術を開発しました。この場合種無しといっても種の皮、「しいな」が出来ることがありますが、食べてほとんど邪魔になりません。この技術の優れている点は3倍体ではなく、現在の普通の品種を使って「そのまま」種無しすいかが出来ることです。現在、この方法による種無しすいかは九州の一部の産地で生産され、高値で取引されています。現在この技術を開発した研究者は、北海道でこの技術を普及するためのプロジェクトを推進しており、将来は種無しすいかが全国的に普通になっていることが期待されます。

 また、なすの施設栽培では、低温期には花粉が出にくいため受粉がうまくいかず、多くの果実は肥大しません。そこで生産者は受粉しなくても肥大するようになすの花にホルモン剤処理を行うか、または受粉のためにマルハナバチを利用しています。しかし、ホルモン剤処理には多くの労力(なすの総労働時間の2~3割)が必要であり、マルハナバチの利用はコスト高になることから、受粉しなくても肥大する単為結果性品種の育成が望まれていました。

 野菜茶業研究所では、1994年に単為結果性を持っているオランダの品種‘Talina’を入手して特性を調べました。その結果、この品種は受粉しなくとも十分に肥大しますが、へたの色が緑色で果色も我が国で好まれる黒紫色ではなく、直接利用することは出来ないものでした。そこで、‘Talina’と我が国の品種との交配・選抜を繰り返し、2005年に単為結果性の‘あのみのり’を育成しました。‘あのみのり’は低温期でもホルモン処理等が不要で、果色は従来の我が国の品種と遜色が無く、食味も良く今後の普及が期待されるところです。

 ここで紹介した以外の野菜でも様々な面で変化をしていますが、今後も品質、機能性、省力栽培適性等で研究が進み、消費者や生産者に有益な方向に変化し続けるはずであり、また、変えたいと考えています。

※)通常2倍である染色体の数が3倍のものをいう。




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