理事 野川 保晶
国産加工・業務用野菜の生産流通の拡大は、これからのわが国の野菜自給率の動向や野菜生産者の経営安定、野菜の安定供給といった問題にも深くかかわっていると考えられ、昨今、種々の機会に様々な切り口から議論されている。この国産加工・業務用野菜の生産・流通拡大を目指した当機構の取り組みと、日々感じていることを述べてみたい。
国産加工・業務用野菜の生産流通拡大の重要性は、以下のように整理できる。
(1) 単身世帯・共稼ぎ世帯・高齢者世帯の増加や少子化・核家族化に伴い加工原料や外食・中食企業の食材というかたちで消費される野菜(いわゆる加工・業務用野菜)が増大しつつある(加工・業務用需要は全体の54%)。この増大する加工・業務用野菜に対する需要に国産野菜が十分応え切れていないことから野菜の輸入が増加し、野菜の自給率低下の主要な要因となっている(家計消費用野菜の輸入割合が2%であるのに対し、加工・業務用野菜の輸入割合は26%)。
(2) 野菜消費の漸減、加工・業務用野菜に対する需要増加といった傾向が継続し、更なる加工・業務用野菜の輸入増大が続くようなことになれば、野菜自給率の更なる低下を招き、わが国の野菜生産者の経営安定、わが国における野菜の安定供給に悪影響を及ぼすことも懸念される。
(3) このような流れをくいとめ逆転させるためには、野菜の消費そのものを増大させることも重要であり、そのための種々の施策がなされているが、より直接的な手段は国産の加工・業務用野菜の生産流通を増やすことである。
この国産加工・業務用野菜の生産流通拡大問題の重要性を反映し、昨年3月に閣議決定された「食料・農業・農村基本計画」においては、生産者等が積極的に取り組むべき課題の一つとして、消費者や実需者等の視点に立った加工・業務用需要への取り組みの強化があげられている。また基本計画策定と並行する形で農林水産省において開催された「野菜政策に関する研究会」の報告書においても、輸入野菜に奪われている加工・業務用需要におけるシェア奪還等を通じて、担い手を中心とした国産野菜の供給体制を実現していくことが喫緊の課題とされている。
このような基本政策の下、種々の施策が農林水産省により展開されているが、その枠組みの中で、当機構としては、国産加工・業務用野菜の生産流通の拡大に向け、主に次の三つの分野で取り組んでいる。
第一は、関係者の理解と関心を高めるため様々な形で情報提供を行うとともに、それを通じ生産者と実需者との連携を強化することである。
例えば、1月には、国内の産地や流通サイドが実需者ニーズに対応して、国産の加工・業務用野菜の拡大のためにどのようなことを踏まえて対応しなければならないかといったことを示した「加工・業務用野菜需要への対応マニュアル」を作成・配布した。さらに、この一年を通じ、農林水産省や関係団体のイニシアチブで、国産加工・業務用野菜の生産流通拡大についての様々なセミナーやシンポジウムが開催されたが、当機構としてもその一翼を担い、それらのいくつかを主催あるいは共催してきた。
それらセミナーにおいては、外食企業や中食企業あるいは流通関係の取り組みと成功例、この分野に積極的に取り組んでいるJAからの事例紹介、行政サイドからは行政としてのこの問題への取り組み等が報告され、関係者にとって興味深くかつ有意義な機会となっている。
ただ残念に思うことは、このような場では「普通」の生産者の方々の「生の声」がほとんど聞こえてこないことである。パネルディスカッションやその後の質疑応答における発言は、この問題に前向きに取り組んでおられる方ばかりなので、前向きな方向に議論は収束する。
しかしながら、実際には、生産流通はそう簡単に拡大しないわけで、生産流通拡大に大きな影響力を持つ多くの「普通」の生産者がこの問題についてどのような意識や考えを持っているのかを知り、それをふまえて議論することが実際に生産流通拡大の推進を図る上で大切なのではないかと考えている。
このような点も考慮に入れて、平成18年度においては、当機構としては、きめ細かに対応を行うなど、その企画に力をいれてゆきたいと考えている。
第二の分野は実際に生産者と実需者を結び付けるという点で何かできないかということである。
セミナー等を開催する場合、それ自体が情報の提供あるいは共有という点で有意義であることは疑いがないところであるが、主催者側としては、更にこれらのセミナーが、実際に、国産加工・業務用野菜の生産流通拡大につながっていくことを期待せずにはいられない。このセミナーをきっかけとして関係者の出会いがあり、またそれが具体的な商談につながればよいといつも願っているわけで、セミナーは生産者と実需者を結びつける場所にもなりうるものである。さらに、種苗会社にも声をかけ、品種の段階から、消費の段階までの関係づくりにも努めている。
今後は、この点をもう一歩進めて、産地と種苗会社、流通、実需者などの幅広いネットワークづくりやそれぞれの具体的な契約までにいたる接点づくりといった面で何かできないかということも考えている。
例えば、長年にわたる機構の野菜関係業務を通じて、加工・業務用野菜の分野でも幅広い人脈が形成されているので、この人脈を活用して関係者間のネットワークを形成し、さらには然るべき方にコーディネーターのような役割を発揮していただくことも必要ではないかと考えている。
第三の分野は、従来から当機構が行ってきているセーフティネットとしての価格補てん事業を通じての寄与である。
加工・業務用野菜の需要拡大を背景として平成14年に創設された契約野菜安定供給制度は、加工業者、外食産業、量販店等の実需者と野菜生産者(出荷者)の契約取引を対象とし、契約に伴い野菜生産者が負うリスクを軽減しようとするものである。
この制度には、数量確保タイプ、価格低落タイプ、出荷調整タイプの三つのタイプがあり、制度に加入することにより、書面契約による契約取引を対象として、(1)減収時に定量供給契約数量を確保するために要する経費の補てん(2)市場価格連動契約における価格低落時の補てん(3)定量供給契約における生産過剰時の出荷調整経費の補てんがなされることとなる。
当機構としては、加工・業務用野菜への需要拡大を背景とした関係者の新しいニーズに対応しうる制度として、この制度の普及に鋭意努力しているが、当初想定した事業規模には達していないのが実情である。
この制度があまり活用されない背景には、(1)書面契約を対象としていること(商慣習では口頭による取引が多い)(2)代金決済の問題(これまで卸売業者が行ってきた代金決済の役割を市場外取引において誰が担うのか)(3)交付金の原資の一部を負担する県等の財政難(4)事務の煩雑さ、等があるものと考えられ、当機構としては、この制度がより使いやすいものとなるよう、運用改善を行ってきているところである。
しかしながら、この制度の活用の問題のみならず、国産加工・業務用野菜の生産流通拡大を難しくしている一因は、多くの生産者のこれまでの商慣習や加工・業務用野菜に対する意識が実需者のそれとかなり隔たっていることにあると考えられる。従って、制度改善のみならず、そのギャップを少しずつ埋めてゆくために何ができるのかという点も念頭におき取り組んでいく必要がある。
いずれにしても、加工・業務用野菜と一言に言っても、品目や用途(カット用であるか、加工用であるかなど)によっても生産流通の態様は異なっており、品種の選定から、栽培方法、流通の形態ときめ細かな対応が必要である。機構としても、種苗会社から生産農家、農業協同組合等の出荷団体、卸売会社などの流通関係者、様々な実需者などの出会いの場づくりや関係づくり、さらにはこれらの方々への情報提供などといったきめ細かな対応を、農林水産省や関係団体とも連携して積極的に取り組んでいきたいと考えている。
平成17年度は、野菜の価格が春先から大幅な安値で推移し、交付金も多額にのぼり、レタス、キャベツ等は何度も産地廃棄が行われた。平成18年度がどのような年になるのかは未知数であるが、当機構としては、平成18年度においても、従来からの野菜価格安定事業のみならず、上記の三分野を中心として、国産加工・業務用野菜の生産流通拡大の問題に積極的に取り組んでいきたいと考えている。セミナー、シンポジウム等の場でお目にかかる機会があれば、この問題についての忌憚のないご意見をいただければ幸いである。